とあるくだらない話
今回の話、特に主人公の考え方については全て想像で書きました。
「矢羽、一緒に帰ろうぜ」
「ああ、わかった」
こいつは大室、中一の時からずっと同じクラスの俺の友人だ。成績は良くないがバスケが上手く、試合ではいつも活躍しているらしい。
平日はお互いの部活の練習が同じ時間に終わるので、俺達はよく一緒に帰る。たまにバスケ部と弓道部が集まって大所帯になることもあった。
「お前、昨日のアレ見たか?」
大室はバラエティやお笑いをよく見る。今日も、番組がいかに面白かったかを語りだした。バスケとテレビの話をしている時の大室は本当に楽しそうだ。ちなみに俺はその番組を見ていない。
「じゃ、また明日な!」
「じゃあな。あ、そうだ大室。数学の課題、明日ちゃんと提出しろよ?」
「わかってるって!」
学校から十分ほど歩くと大きな十字路がある。俺の家は左、大室の家は右の方だからここで別れることになる。
横断歩道を渡る大室に背を向けて俺は家へまっすぐ帰った。
「矢羽、今日も一緒に帰ろうぜ!」
「あ、すまん。今日はちょっと用事があって残らないといけないんだ」
「ええ~。なんだよ、せっかく今日は奢ってやろうと思ってたのに」
「悪いな」
「いやいや、いいよ。じゃ、また明日な!」
「ああ、また明日」
「ムロッち、飯食おうぜ!」
「わりい、今日俺図書当番なんだ」
「え? 当番って水曜日だけじゃなかったの?」
「今日の当番の一年が学校休んで来れないんだとよ」
「それでムロッちが代理? そんなんサボればよくね?」
「お前な、イカちゃん先生マジ怖いんだぞ?」
翌日の昼休み。大室はバスケ部のクラスメートの誘いを断って図書室へ行った。「イカちゃん先生」とは図書委員会の顧問の教師の愛称だ。
そう、意外なことにあいつは図書委員会に所属している。しかもわざわざ立候補して図書委員になったのだ。ちなみに、俺は大室が活字を読んでいるところなんて見たことがない。
まあ理由はわかっているが、大室に「絶対秘密にしろよ!」と言われたので暴露するつもりはない。
「はあ……」
思わずため息が漏れたのは昨日のことを思い出したからだ。まさか大室が今日臨時で図書当番に入るとは思わなかった。
まあどうせ昨日のことはすぐにわかる。それが遅いか早いかの違いでしかないのだから、諦めるしかないだろう。
「……矢羽、一緒に帰ろうぜ」
「ああ、わかった」
放課後、大室は珍しく真顔で俺に話しかけてきた。
こうなることは昨日の時点でわかっていた。
今から、俺は友人を一人失う。
「千恵ちゃんから聞いたよ。昨日お前に告って振られたんだってさ」
新垣千恵。去年俺達と同じクラスだった女子だ。男子からの人気が高いが、人づきあいが苦手なのか休み時間はいつも本を読んでいた、と思う。
彼女は図書委員会に所属している。大室が図書委員になったのもそういう理由だ。
つまり新垣千恵とは大室が恋している相手。そして俺が昨日振った相手でもある。
「まさか、俺に気を遣って振ったわけじゃねえよな?」
「そんなわけないだろ」
「……だよな」
昨日は確か「別に彼女にしたいと思わない」と言って振ったはずだ。
昨日だけではない。最近された告白は全てそう言って断ってきた。昔は傷つけないように必死に言葉を選んだが、そもそもそんな配慮は必要ないと途中で気付いたからだ。
「なあ、矢羽。お前何がしたいんだよ」
そして大室は思った通りのことを言い出す。
友人が好意を向けている女子に告白され、それを断ったことによりその友人と疎遠になる。十七年の人生で三回経験している。そしてこれで四回目だ。
「お前が恋愛に興味ないのは知ってるよ。別にそれをどうこう言わないけどさ、じゃあなんでモテるようなことするんだよ」
友人たちは全員同じようなことを言った。やはり大室もその例に漏れない。
「お前にはアーチェリーがあるだろ。もう勉強なんてしなくていいんだろ? 企業にスカウトされたって、みんな知ってるよ」
彼らの主張のほとんどは論理的でない。嫉妬に狂ってまともに頭が働いていないからだ。
「モテたくないんなら人に優しくすんなよ。お前みたいなイケメンは、ちょっとしたきっかけで惚れられるんだよ」
その滅茶苦茶な論理を俺が否定することはできない。
なぜか? 俺は恵まれているからだ。容姿に、才能に、機会に。
恵まれている人間は、周囲からの嫉妬に耐えなければならない。これは社会一般の考えだ。
嫉妬から来る言葉に反論すれば非難されるのはこちら側だ。そして嫉妬という感情があればたいていの言葉は許される。嫉妬しない人間はいないからだ。
「モテたくないなら目立つなよ。注目されるようなことすんなよ!」
俺だって本当は言ってやりたい。「何でそんな指図を受けないといけないんだ」「俺の人生にいちいちケチをつけるな」「俺が注目されるんじゃなくてお前らが注目してるだけだろ」
実際に俺は特別なことはあまりしていない。学生なのだから勉強を頑張るのは当然だし、他人に親切にするのも当たり前のことだ。文句を言われる筋合いはない。
だがそれを口に出すことは許されない。恵まれている俺は嫉妬を受け止める義務があるから。
「っ……!」
その時俺がどんな顔をしていたのか自分では覚えていない。ただ一つ確かなことは、今日初めて俺の顔を正面から見た大室が走り去って行ったということだけだ。
一週間後の土曜日、友人たちと遊ぶために大型ショッピングモールに俺は来ていた。
三階のフードコートが集合場所だ。まだ時間があったのでゆっくり歩いていると、前方に一組のカップルがいた。
その二人は俺に気付くと顔をこわばらせて動きを止めた。そして俺が通り過ぎるまで一歩も動かなかった。
あの二人がどんな経緯で恋人同士になったのか、そんなことに興味はない。
そういえば、これは前に聞かされた話だが、異性にアプローチをするタイミングとして「相手が失恋した後」は効果的らしい。
まあ、だからなんだと言われればそれまでだが。




