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一方タートでは 2

クルクマのこと覚えてますか? これからもたま~に出てくるので、「忘れた」という人は二章の最後の方をもう一度読んでください

あと、今回の話の時系列は本編の三章前半くらいです。



 (風が、強い……)


 草原を行くエルフの少女、キクルは外套を両手で押さえた。周りに人目がないとはいえ、自身の耳、エルフの証である長い耳を晒すのは賢い選択とは思えなかったからだ。


 キクルは歩いていた。彼女が住んでいた森を救った男に会うために。

 『転移』を使えば一分もかからず目的を果たせるのは疑いようもない。それでもキクルは自分の足で歩くことを選んだ。

 あの一件以来、キクルは自分がエルフであることを恥じていた。傲慢、高慢。自らこそを至高、すなわち神に選ばれた存在とし、他を劣等と蔑むエルフが嫌になった。

 エルフがそう思う根拠、それは高度な魔法を扱えるという点だ。だからキクルは魔法を使わない。

 いや、使わないと言うと語弊がある。キクルも当然敵に襲われれば魔法で応戦する。ただ、目的を果たす手段として魔法を使わないと心に決めたのだ。


 (疲れた……)


 エルフは基礎体力で他の種族に劣る。体を鍛えてはいるが、エルフの中でも幼い部類に入るキクルにとって長時間歩くという行為は楽なものではないが、疲労の中でも彼女の心は揺らいでいなかった。


 ひとまず目的地と定めた人間の町、タート。敵の侵入を防ぐための外壁が見えてきた。

 鞄から、干した木の実を取り出して食べる。どうやら一度休憩すると決めたようだ。


 (あれがタート。彼がかつて過ごしていた町……)


 一度来たことはあるが、その時キクルは町の中に入らなかった。人間に近づくということが耐え難かったからだ。

 だが今は違う。エルフとしてのくだらない、根拠のない自尊心など捨てた。キクルはそこで情報を集めなければならないのだから。



 「そこでヤバネの矢がズバーン! とウルフのボスを貫いてね、それでねそれでね!」


 「バーバラさん、もうその話五回は聞いたっすよ……」


 「私九回目……」


 「だってマリーもクルクマちゃんも、ヤバネの話が聞きたいって言うから!」


 「期待してるのはそういうんじゃないんすよ。もっとこう、ヤバネさんのことがわかるようなエピソードがいいっす」


 「そうそう。ヤバネ君が強くて格好いいのはわかったから、どういう性格か、とかどこから来たのか、とかそういう話が聞きたいの」


 「わかった、性格だね? ヤバネは優しくて、真面目で、行動力もあって、あ、後は――――」


 「……こりゃダメっすね。完全に主観が混ざってるっす」


 「恋は盲目、なんて言うけど、まさにその通りだよね。バーバラは恋をしたら浮かれるとは思ってたけど、まさかここまでだなんて……」


 「―――ボクとの約束もちゃんと守ってくれたし、……って、二人とも聞いてるの? 二人が聞きたいって言うから、ボクは仕方なく、仕方な~く喋ってるんだからね!」


 「聞いてるっす聞いてるっす。ちゃんと聞いてるっすよ~」


 「大丈夫だよバーバラ。私たちちゃんと聞いてるから。聞き流したりなんてしてないから」


 「ならよかった! あ、あとヤバネはね―――」


 「女三人寄ればかしましい」とは言うが、この三人の中でうるさいのは竜人の少女、バーバラだけである。

 

 しかし、キクルが足を止めた理由はその声の大きさではなく話の内容だ。


 (こんなに早く彼の知り合いに会えるなんて……!)


 この降って湧いた幸運に、珍しくキクルの気分は高揚した。また、予想より早く用を済ませられそうだと安堵した。時間をかけ過ぎては彼、つまり矢羽に追いつけなくなってしまうかもしれないからだ。


 さて、キクルはひとまず物陰に隠れてバーバラ、マリー、クルクマの様子を窺っている。早口でまくし立てるバーバラと、その話を呆れながらもちゃんと聞いている二人。ずいぶん仲がよさそうだ。


 (……あの空間には入れない)


 残念なことに、キクルには友人と呼べる存在はいない。他人を対象とした魔法を使えないキクルは周囲に疎まれていたからだ。ゆえに他人にどう話しかければいいのかがわからない。例えば誰かに命令されて、話さざるを得ない状況になったらキクルは問題なく会話ができる。逆に言えば、そこまでのお膳立てがないと何を話していいかわからないのだ。

 今、話すべきことがあるのにキクルは動けない。自分が関わることで、あの親しい者同士の間に流れる特有の空気が壊れるのが怖かった。


 (違う。私は、変わりたい……!)


 以前のキクルなら諦めていただろう。いや、そもそも人間に話しかけるという発想さえなかったかもしれない。

 大きく息を吸い込み、足の震えを無視して歩きだす。一歩一歩、ゆっくりと三人のもとに近づいていく。

 キクルの接近に最初に気付いたのはバーバラだった。疑いと警戒が混ざった顔をキクルに向ける。

 バーバラが突然黙ったことで、マリーとクルクマもキクルに気付いた。


 「わ、私にも、その男の、ヤバネの話を聞かせてほしい……」


 声は震えていた。敵に立ち向かうのとは全く違う緊張感に耐えられずに顔も伏せてしまっていた。それでもキクルは言った。言えたのだ。


 「え、え……?」


 「バーバラ、この子知り合い?」


 「ううん。はじめまして、だよね?」


 無理もないことだが、バーバラとマリーは突然の乱入者に困惑した。


 「……場所を変えた方がいいっすね」


 ただ一人、キクルの訳ありな雰囲気を感じ取ったクルクマは冷静だった。商人として働きだして日は浅いが、同じような雰囲気の人間に何度も会ってきた。そして、多くの人が出入りする冒険者ギルドで話すべきではないと判断した。

 

 「そうしてもらえると私も助かる」


 クルクマが確かにわかることは、キクルがこちらに一切敵意を抱いていない、ということだけだ。


 (となると、この子の表情は警戒ではなく緊張? そしてほんの少しの高揚が見えるっすね)


 「じゃあバーバラさんマリーさん。私の宿に移動するっすよ! この子と一緒に話の続きを聞きたいっす」


 敵でないとなればクルクマに拒む理由はない。いたずらに敵を作っているようでは立派な商人にはなれないのだ。


 「う、うん、わかった。いいよね、マリー?」


 「まあ、いいけど……」


 そしてバーバラとマリーもあえてキクルを拒むようなことはしなかった。

 キクルは話がうまく進んでほっとしていたが、ただ単にこの三人の人柄に救われただけだということにはまだ気付いていない。


 「じゃあよろしくね! ボクはバーバラ、君は?」


 差し出されたバーバラの右手を恐る恐る握り、キクルは答えた。


 「私はキクル。彼……ヤ、ヤバネに会うために旅をしている」





 「でもさ、話の続きって言っても途中からじゃキクルちゃんはわからないよね」


 「そこはまあ最初から話してほしいっす。バーバラさんさえ嫌じゃなければ、っすけど」


 「いや、ボクはいいんだよ? でも二人はまた同じ話を聞くことになるけど……」


 「大丈夫大丈夫。私たち途中から話聞いてなかったから」


 「ちょっとマリー!? クルクマちゃん!?」



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