第二十三話 告白
前の話でリーンが使った魔法は『再現』というものです。
「過去数分以内の魔法による攻撃」をもう一度行うという壊れ魔法ですね。
「嘘? あなた今嘘と言ったの?」
ラダリアに向ける表情とは違い、リーンは俺に純粋な敵意を向けてくる。それで俺が怯むことはないが、死んでもいいと思っているということは痛いほど伝わって来た。
「そうだ。聞いてなかったのか?」
「聞いていたからこう言っているのよ。私がいつ嘘をついたのかしら」
「俺がはっきり嘘だとわかったのは最後のお前の言葉だ。お前は、自分が死ななきゃ何も解決しないって言ったな」
「……」
「それは嘘だ。お前も神から権限を譲り受けた以上、誰かにまた譲ることはできるはずだ。もしかしたら神に返すこともできるかもしれないな」
自慢ではなく、こんなことは考えれば誰にでも思いつくことだ。ではなぜラダリアは指摘しなかったのか。
「リーン、俺はお前の友達じゃない。だからお前にはまったく愛着がない」
当たり前だと言わんばかりのリーン。何か言われる前に言いたいことを言ってしまおう。
「当然お前の意思を尊重したいとも思わない。たとえお前がどんなに絶望して、生きる希望を失ったとしても、死なせてやるのが優しさだとは思わない」
「……!」
ラダリアが息をのんだのが音でわかる。
俺は二歩前に進み、ラダリアとリーンの間に立った。
「俺はどうしてもお前に共感できない。でも、その想いや恨みが間違っているとも思えない。そんな気持ちになって当然、という気もしてくる」
「……知った風な口を利かないで。あなたも恵まれた人間のくせに!」
……おっと、今のは効いたな。
歪みそうになる表情を抑えながら、俺はリーンを止めるための言葉を必死に続ける。
「怒らせたのなら謝る。俺が言いたいのは、俺もラダリアも、想いが間違っているからお前を止めるわけじゃない、ってことだ」
「なら、どうして……」
「理由は二つある。まず一つ目は、お前のやり方は根本的なところで間違っているからだ」
もっとも、リーンもそんなことは重々わかっているとは思うが。
「迷宮が広くなって、お前の言うような連中がまず思うことは何だ? わかるよな?」
「……『これで儲けが増える』」
「そうだ。俺は知らないけど、目先のことしか考えていない奴らならそう考えて当然だ。もし自分たちの家まで迷宮が広がって来たとしても、少し遠くへ引っ越せばそれで一安心だ。反省するはずもない」
「……ヤバネの言う通り、この町を変えたいなら、君は迷宮を封鎖するべきだった」
「…………」
言い返さないところを見ると、封鎖すること自体は可能だったらしい。
「そして二つ目」
こればかりはラダリアに言わせるわけにはいかない。というかラダリアの性格からすると多分言えないだろう。
「この町の仕組みに絶望して自暴自棄になるのはいい。できるだけ多くの人を巻き込んで自分も死のうとするのも、まあそういうこともあるだろう。せめて自分の友人に殺してほしい、というのも、まあこの際わかることにしておいて」
「お前、ラダリアのことは考えなかったのか? 仮にラダリアがお前を殺したとして、お前はまあ、そこそこ満足して死ねるだろう。でも後に残ったラダリアは何を思うんだ? 友人を殺したという事実を一生背負うことになるんだぞ」
ラダリアは目を伏せている。たたみかけるなら今だ。
「自分だけ満足してラダリアを一生苦しめるか、憎しみを抱えながら一緒に生きるか。どちらを選ぶべきかはわかるよな? それとも、お前はこの町と一緒にラダリアのことも嫌いになったのか?」
少ししか年が離れていない俺にこんなことを言われて心に響くかどうかはわからない。あるいは俺がリーンよりはるかに強ければ、言葉に説得力もあっただろう。
手札は全て使った。できることはすべてやった。これでもリーンを説得できないなら、彼女の心が動かないのなら、もはやリーンを殺すしかない。
だがラダリアにはやらせない。絶対に、だ。どんな手段を使ってでも俺の手で殺す。
「―――」
力なく崩れ落ちたリーン。迷宮の床に涙が落ち、染みになる。
「リーン!」
ラダリアはがそのリーンのもとに駆け寄り、正面から強く抱きしめた。
ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返すリーン。ラダリアは無言で腕の力を強める。
当然、すでにラダリアは剣を鞘に収めている。
きっと、これが答えなのだ。リーンに代わって、その友人が俺に示した答えなのだ。
俺は『自由の弓』と矢を『収納』した。
55
「……やあヤバネ。いい夜だね」
すっかり日が落ちたビリンの町。最初に出会ったあの路地、最初にモンスターが現れた路地にルークは一人で立っていた。
「どうしたのかな? 今の所、モンスターは発生していないよ」
そんなことは知っている。ここに来たのは他でもなく、この騒動に決着を付けるためだ。
「リーンは、諦めたぞ」
「! ……まあ、そうだろうね」
もっと取り乱すかと思ったがルークは冷静だった。一瞬目を見開いた以外に、特に反応はない。
「俺が来た理由はわかるよな? 話してもらわないといけないことがいくつかある」
「やっぱり全部お見通しだったんだね」
苦笑いを浮かべるルーク。剣を抜かないところを見ると、戦う必要はなさそうだ。
「ルーク、お前がリーンに協力した理由はなんだ? まさか何も知らずにモンスターを大量に殺し、ラダリアを襲ったわけじゃないよな?」
「もちろん、僕は全部知っていたんだ。なにせリーン本人から聞いたからね」
続けてルークが語る。
曰く、弱いモンスターを大量に殺したのは迷宮の拡大を少しでも速くするため。
そしてラダリアを襲撃したのは怪我をさせて身動きを封じるためで、殺す気はなかったようだ。
だがこの際それらの目的はどうでもいい。俺はルークがリーンを手助けした理由が知りたい。
「何故、と聞かれると困るね。ヤバネ、聞いても笑わないと約束してくれるかい?」
「聞いてから決める」
「……まあ、話すけどさ」
咳払いを一つし、ルークは照れ笑いを浮かべた。
「ズバリ、恋だよ」
「……恋?」
笑うどころではなく、完全に予想外だ。俺はてっきり、「モンスターと戦う機会を増やすため」みたいな理由だと思っていたのに。
「リーンのことは以前から知っていたよ。最年少、しかも女性でSランクに到達するなんて珍しいからね。おまけに美人とくれば、知らない方がおかしい」
俺が何も言わないのを見て、ルークは話を続ける。
「僕も趣味で迷宮に行くから何度も見かけたよ。最初は美しさに見とれていたけど、だんだんリーンの目の奥で、憎しみとか怒りの炎が激しく燃えているように見えてきたんだ」
「目の奥、ね」
「それを見てしまったらもう居ても立ってもいられないよ。恋に落ちたのはきっとその時だね。僕はとにかく彼女のために何かしたかった。炎はリーン自身も苦しめていたように見えたからね」
「そのせいで多くの人が傷付いてもか」
「わからない、と顔に書いてあるよヤバネ。君は恋をしたことがないのかな? 恋しい一人の女性のためなら、他の人のことはどうでもいいのさ」
リーンといい、人の痛い所を突いて来る奴だ。しかし恋をしたから一体何だというのか。恋があたかも正当な動機であるような言い草はどうしても気に食わない。
だが、ルークも自分を全肯定する気はないらしい。
「……なんて、開き直っていられたのは最初のうちだけだったよ。途中から町の人の顔をまともに見れなくなってきた。僕にも友人はいるさ。その彼らが傷付く未来を考えたら胸が苦しくなった」
「だけどお前達は止まらなかった」
「そう。たとえどんなに間違っていたとしても、リーンが望むならそれでいいと思った。彼女を癒すためにはどんな外道にもなろうと思った」
ルークの笑みは力がないものに変わる。
「ヤバネ、僕は思うんだ。恋をしたなんて言っていたけど、僕はただリーンに好かれたかっただけなんじゃないか、ってね。リーンのためを思うなら僕は彼女を止めるべきだったのに」
「僕はきっと、リーンを愛していなかった。彼女の気を引くためだけに都合のいい言葉を並べて肯定していたんだよ。リーンが僕の気持ちに気付かなくてかえってよかったかもしれない」
雲が出てきた。明かりの無い路地は真っ暗になり、『大地の瞳』の力を使わなければ何も見えない。
大きく溜息を吐いたルークを、俺は正面から見据える
「それで、これからどうするつもりだ?」
「……驚いた、選択の余地をくれるんだね。僕はてっきり君かラダリアに殺されると思ってたんだけど」
「そんなことしねえよ。俺もラダリアもこの騒動で犠牲を出したくない。当然リーンも生きてる」
「それは、よかった。じゃあ、そうだね。真実を洗いざらい話すよ」
「ずいぶんあっさりとしてるな」
「リーンはね、きっとラダリアに止めてほしかったんだよ。その結果が自分の死でも構わない、なんて思ってたんじゃないかな」
雲が動いたのだろうか。路地は淡い星明かりで照らされる。
ルークはやはり笑っていた。
「ヤバネ、あの決闘を覚えているかい? 僕はあの時、必死に粘って絶対に勝とうとする君を見て、リーンの計画は絶対に君に邪魔されると思ったんだよ」
「じゃあ、何で手を打たなかったんだ?」
安らかな笑顔。ルークはまるで、重い荷物を降ろした後のように見える。
「止めてほしいと思っていたのは、リーンだけじゃなかったからね」




