第二十二話 バッドエンドは許さない
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「わからない、と言ったわね、ダリー。それは私も同じよ」
結果など、戦う前からわかっていた。
「私の一番近くにいたあなたが、どうして私に戦いを挑むのかしら?」
「ぐっ……!」
ラダリアが剣を打ち合えたのはほんの数秒。
力で押し切られ、技で翻弄され、ラダリアはリーンの蹴りを受けて地面に倒れた。
すかさず『大空の盾』でラダリアを庇い、リーンめがけて矢を射る。が、あっさりと弾かれた。
「その盾は厄介ね。でも、本気の私から守りきれるかしら? ここはあの時のように狭くはないわよ?」
例の魔法の刃が空中に浮かびあがる。その数は以前と比べ物にならない。戦闘能力の差は少しじゃなかったのか?
「……わかっているとも。私は弱い。私の力だけではどうあがいても君には勝てない」
蹴られた腹を押さえながらラダリアが立ち上がる。
リーンの注意はラダリアに向き、魔法の刃が俺に飛んでくることはなかった。
「そうよダリー。あなたはその年で、しかも女なのにBランク。それは誇るべきことだわ。だけどそこが限界。神器を手に入れても、あなたの成長の限界は見えているの」
「神器、神器か……」
「ねえダリー? 私、あなたのことは好きだわ。だけど一つ許せないことがあるとしたら、その二本の神器を使っていることよ。あなたは私と同じように、迷宮を嫌悪していると思っていた。よりによって迷宮で手に入れた武器を使うなんて思わなかったわ」
ずっと、疑問に思っていたことがある。
どうしてラダリアは本気で戦わないのだろうか。
「当然、迷宮で戦うなら武器は強い方がいいわ。それはわかっているの。それでも私はあなたに、迷宮の産物に頼ってほしくなかった」
本気で、と言うと語弊がありそうだ。正確に言うなら、どうして持てる全ての手段を使って戦わないのか、か?
「そうだ、私は何もできない。ヤバネに助けられなければここに来る気にはなれなかっただろうし―――」
「神器に頼らなくては、友人一人止めることさえできない!!」
「あなた、いったい何を言って……?」
「『刃身不離』!!」
『頑強の剣』が赤く、『熟達の剣』が青く輝く。やがてその光はラダリアの体を包み、混ざり合って紫になった。
「行くぞリーン! ここからは私も全力だ!」
例えば『大地の瞳』。現在と過去を見ることができる神器だが、意識しなければ普通の目と機能は変わらない。
例えば『大空の盾』。自由自在に操作できるが、手で持って普通の盾として使うこともできる。
そう、ラダリアは確かに、今まで神器を使っていた。だが、「神器として」使ってはいなかった。二振りの剣の力、肉体を強化する力も技量を高める力も使っていなかったのだ。
「なんて速さなの……!」
「君が迷宮を嫌っているなら、私もそうに決まっているだろう! 私が望んで迷宮に来ているはずがないだろう!」
弾丸のような勢いで突っ込むラダリア。襲いかかる魔法の刃を全て叩き落とし、リーンに肉迫する。
「両親が死んだ場所を好きになれるはずがない。死んだ両親を、『雑魚』だと罵った連中を許せるはずがないだろう!」
力任せに剣を振るラダリア。その気迫に押されたのか、リーンは防戦一方だ。
「それでも、嫌悪されるべき者はそう多くない。この町の人のほとんどは善良だ。リーン、君も知っているだろう? 私たちに食べ物を恵んでくれた人や、服を与えてくれた人だっているんだ!」
「……忘れたはず、ないじゃない」
「私はそういう人たちが迷宮のせいで不幸になるのが許せない。だからこそ、この町に残り、迷宮と共に生きることを選んだ! 私たちのような思いをする人を少しでも減らすために!」
ラダリアに剣をはね上げられ、リーンの腕が上がり、脇が無防備になる。しかし魔法の刃が上から降り注いだので、ラダリアは後ろに跳んで逃れた。
「リーン、君は『くだらない願いに心を奪われた』と言ったな。答えはわかっている。しかしあえて聞こう!」
「…………」
「君はそんなにも、幸せな人々が憎かったのか? 自分が苦しい思いをしている間、笑顔で過ごしていた人々がそんなに憎かったのか!」
ああ……。そうか。リーンの動機、彼女が無差別に誰かを傷付けようとしたのは、強い被害者意識から来る嫉妬のせいだったのか。
「ええそうよ! 憎い、憎い、憎くてたまらないわ! どうして私がこんな目に遭わないといけなかったの? 私とあの子たちと何が違うの? お父さんとお母さんは何か悪いことをしたの? 憎まずにいられるはずがないでしょう!」
「それを逆恨みと言うんだ、リーン!!」
「……誰もが、誰もがあなたのように強いわけじゃないのよ、ダリー!!」
リーンは大粒の涙を流し、絶叫した。
数え切れないほどの魔法の刃が襲いかかるが、ラダリアは『光刃』でそのほとんどを粉砕。残りの刃は俺が撃ち落とし、ラダリアは『光刃』を伸ばし、リーンに斬りかかった。
「ぐっ……。こんな、神器の力なんかに……!」
「諦めろリーン。君は確かに強い。だが、この町全てを敵に回して勝てるほどではない」
なんとかラダリアの剣を防いでいるリーンだが、その目は何かを狙っているようにも見える。
紫の光の勢いは増すばかりだが、もしやリーンには勝算があるのだろうか。
……ん? 何だあれ。
『大地の瞳』でよく見ると、二人が戦っている場所に何やら白い線が張り巡らされている。俺はその線に見覚えがあるような気がした。
そして、すぐにわかった。
「こっちに来い! 今すぐそこを離れろラダリア!」
あれは、リーンの魔法の刃の軌跡だ。あの刃が通った軌道が線として空中に浮かびあがっている以上、リーンの攻撃の一種であることは疑いようもない。
その線は別の魔法で覆われているので、きっとラダリアには見えていないのだろう。
「邪魔をしないで!」
かなりの数の魔法の刃が俺めがけて飛んでくる。背後から迫るものは『大空の盾』で防ぎ、それ以外のものは両手の矢で叩き落とす。
「ぐっ……。し、『止血』!」
数本腕に刺さったが、貫通していないので許容範囲だ。痛みなんて矢を射る時は忘れられる。
ラダリアも線で囲まれた空間を脱出した。
そして次の瞬間、線をなぞるようにして無数の魔法の刃が同時に放たれた。神器の効果で体が強くなっているとはいえ、もしあれを全て喰らえばラダリアは無事ではいられなかっただろう。
「ヤバネ、あなたは、どうして……」
「続けるのか、リーン」
「当然よ。私の復讐はようやく始まったところなの」
ラダリアは答えず、その剣を振るう。時折放たれる魔法の刃を斬りながら、二本の剣で的確にリーンを追い詰めていく。
ここまで来ると称賛されるべきはリーンの方だ。鎧に傷が目立ってきてはいるが、ラダリアの猛攻を致命傷にならないようにかろうじて防いでいる。
そう、リーンの防御は完璧だった。だが天はラダリアに味方した。
Sランクの彼女のことだ。剣もきっといいものを使っているのだろう。しかし神器とまともに打ち合い続けるには足りない。
ラダリアが二本の剣を交差させて振り下ろす。時間差で襲いかかる剣はまず初撃でリーンの剣を破壊。続く二撃目でリーンの胸を斜めに斬り裂いた。血が出ていないところを見ると、斬られたのは鎧だけのようだ。
「君の負けだ、リーン」
『光刃』をまとった剣を突き付け、ラダリアが告げる。
「ええ、完敗よ」
しかしリーンは笑みを浮かべた。
「けれどそれがどうしたの? 私に勝ったところで迷宮の侵食は止まらない。もし止めたいのなら、私を殺しなさい」
「…………」
来たか。
リーンが最後に自分の命を盾にするだろうということは薄々わかっていた。
そしておそらくラダリアは殺すだろう。俺には想像もできないほど悩み、苦しんだ末に友人を手に掛けるに違いない。
「嘘をつくなよ、リーン」
絶対にそんなことはさせない。
苦しい経験をして、それでもなお他人のために力を尽くした彼女に、友人を殺させるわけにはいかない。
英雄と称えられてもいいラダリアの戦いの結末が、友人との永遠の別離ではあまりにも報われないじゃないか。
それが俺のするべきこと。助手としての、この町にいる間の義務だ。




