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第二十話 2分の1mvの2乗


50


 「ところでラダリア、一つ質問があるんだが。リーンって実は二人いたのか?」


 「……は? いきなり何を……ああ、そういうことか」


 『大地の瞳』で見たところ、この先にリーンが待ち構えている。しかし十層にもリーンがいるのだ。俺は心底不思議なのだが、ラダリアには心当たりがあるらしい。


 「それは『分身』だな。リーンが魔法で作ったもう一人の自分だ。彼女ほどの実力になれば、人間と全く変わらない完成度になっているはずだ。さすがに戦闘能力は少し落ちるだろうが」


 じゃあ俺が戦ったのは弱くなったリーンだったのか。危うく殺されかけたというのに相手は本気じゃなかったとは……。


 「ちなみにリーンの分身はどこにいるんだ?」


 「十層に下りるための階段の前に大きな部屋があるだろ? そこだよ」


 「そうか……。本物のリーンに会うためには必ず通らなければならないな」


 ラダリアの言う通り分身がいる部屋を迂回する道はない。


 「もはや戦闘は避けられないが、本物のリーンと会う前に消耗したくもないな……」


 もう一度分身がいる部屋を『大地の瞳』で確認する。

 ……これは、もしかしたらいけるかもしれない。いや、間違いなくいける!


 「ラダリア、俺に任せてくれないか?」



51


 扉を開け、俺とラダリアはリーンの分身と対峙する。

 分身が口を開こうとした瞬間、打ち合わせ通りにラダリアが剣を構えて駆けだした。


 「ずいぶんなご挨拶ね」


 「行くぞ、リーン!」


 ラダリアの鋭い突き、左手に持つ真っ赤な『頑強の剣』による突きを、リーンは半身になって避けた。


 「甘い!」


 「見えているわよ」


 ラダリアはそのまま左側を切り払ったが、リーンはそれを予知していたのだろうか。後ろに下がってラダリアのリーチからすでに逃れている。

 だが、これでラダリアの進行方向から障害物が消えた。


 「待ちなさい! ……くっ!」


 俺達の目的に気付いたリーンがラダリアを追うが、矢が飛ぶ音を聞いて俺の存在を思い出したらしい。剣で矢をあっさり払い、悔しそうな表情を俺に向けた。

 ラダリアは、入って来た方とは反対の扉を通って部屋から脱出する。

 俺はその扉の前に『大空の盾』を出現させた。扉は内開きだから、俺が盾を動かさない限りは外に出ることはできない。


 「命を賭けて足止め? 泣けるわね」


 「お前、分身なのに話せるんだな」


 「ええ、以前のように正体を隠す必要はなくなったもの」

 

 「まあ、最初から正体はわかってたけどな」


 「でしょうね」



 『なあ、お前がしてることになんの意味があるんだ?』


 『お前らが何をしたのか予想はできてるんだ。だけど目的と理由がわからない』



 「あなたのあの言葉を聞いた時点で、こうなることは薄々わかっていたわ」


 「じゃあどうして止めなかった?」


 「自信があるからよ。あなたやダリーに妨害されようが、絶対に目的を完遂できる自信が」


 俺が何故ここに一人で残ったのか、一度コテンパンに負けた相手にどうしてまた立ち向かうのか。リーンの分身はその理由を理解していない。


 世の中には「やらないといけないこと」、「やらなくてもいいこと」、「できること」、「できないこと」がある。

 以前の分身との戦いに勝つことは、「やらないといけないができないこと」だった。

 だが今は違う。お前に勝つことは、「やらないといけないし、できること」だ!


 「あなたは一度、私に手も足も出ずに負けている。地の利があったにも関わらず、よ? あなたがするべきだったのは、ダリーと協力して全力で私を倒すことだった」


 「そうか」


 「二手に分かれるのは最悪の策ね。あなたは私に無残に殺され、ダリーは二対一の戦いを強いられる。私を、分身を倒してさえいればまだ結果はわからなかったのよ?」


 こいつは気付かないのだろうか。部屋が少し、ほんの少し暗くなったことに。不自然な音が聞こえ、しかもそれがだんだん大きくなっていることに。


 リーンの分身がいる部屋は広い。大型のモンスターが二匹ほど動き回っても支障はないほどに。そしてそれは天井も同じだ。ミノタウロス五頭分くらいありそうである。


 「お前がするべきだったのは、最初から全力で俺達を殺しにかかることだった」


 「何を言って…………!?」


 分身は頭上を見上げて愕然とした表情を浮かべる。


 実は、俺には必殺技がある。しかしそれはおいそれと使えるものではないので封印してきたが、今こそ使うべき時だ。

 必殺技が使える条件は三つ。

 一、高さに十分な余裕があること。

 二、技の範囲に敵以外の何もない、あるいは誰もいないこと。

 三、技を使うところを誰にも見られないこと。

 この迷宮の大部屋はすべての条件をクリアしている。


 「な、何よそれ……!?」


 分身は急いで「それ」から逃れようと走る。だが、


 「ぐうっ!?」


 俺が射った矢が足首に突き刺さり転んだ。

 

 そして「それ」は途方もない大きさの運動エネルギーを得ながら、


 「やるじゃ―――」


 起き上がろうとしたリーンの分身を押しつぶした。

 

 轟音が響き、振動が訪れ、砂塵が舞った。

 それらが去った今、後に残るのはリーンの分身を形成していた魔力の残りかすと、俺が持っている物の中で最大の質量をもつであろう『至高の兵士』だけだった。

 

 『至高の兵士』が暴れ出す前に『収納』、ついでに『大空の盾』も『収納』し、俺はラダリアを追うべく走り出した。

 


52


 「な、何だ今の音は!?」


 先を進むラダリアはやはり心配していた。矢羽があまりにも強く「任せろ」と言うものだからあの場を任せたが、今の轟音のせいで「やはり引き返した方がいいのではないか」という気持ちに襲われる。

 

 「どうする……?」


 打ち合わせ通りならラダリアはここで矢羽を待ち、二人で本物のリーンのもとへ向かうことになっている。しかしもし矢羽が負ければ、まずリーンの分身を倒しに戻らなければならない。

 

 誰かが走っている足音が聞こえてきたのはその時である。ラダリアは剣を構えたが、階段を降りてきたのは男だった。


 「終わったぞ。作戦成功だ」


 無傷どころか息も切らさずにやって来た矢羽を見て、ラダリアは驚きのあまり目を見開く。

 疑っていたわけではなかった。だが完全に信じていたと言うと嘘になる。弱くなったとはいえリーンはSランクの探索者だ、そう易々とは勝てない。

 

 不安は常にあった。だがラダリアは忘れていた。矢羽はいつも、彼女の期待通りの働きをしていたことを。


 「君は、最高の助手だな!」


 ふと、ラダリアは自分が矢羽に協力を求めた理由を考える。


 (あの時は逃げ道を断つためだと言ったが、もしかすると私は助けてほしかったのかもしれない。背中を、押してほしかったのかもしれない)


 「どうしたラダリア、早く行こうぜ?」


 「……そうだな。ああ、行こう」


 ラダリアは歩き出した。その目も足も前を向いている。


 (今までヤバネの助けを借り続けてきた。ならばせめて決着は、決着だけは私の手でつけてみせる)


 リーンの待つ十層の最奥までは、もう間もなくであった。

 


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