第十九話 彼女と彼女の過去
活動報告を更新しました。内容はお知らせと矢羽の紹介です。興味がある方はぜひ読んでください。
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天井や壁に光る球体が付いているが迷宮の中は薄暗い。
『大地の瞳』で視界を確保しながら、俺とラダリアは十層に向かって歩いていた。
辺りには人影はなく、魔物もいない。静かな空間に俺達の足音だけが響いている。
「……少し、リーンの話をしよう」
三層に差し掛かったところでラダリアが口を開いた。
「私が孤児で、施設で育ったという話はしただろう?」
「ああ、それは聞いたぜ」
「リーンと私はそこで知り合ったんだ。……なんて、過去を見ることができる君にわざわざ言うことではないかもしれないが」
「いいや、聞かせてくれ。もし言いたいんなら、でいいけど」
確かに、『大地の瞳』の力でリーンのことを調べた時にラダリアとの出会いも見た。だが見ただけだ。何も聞こえないし、どんなことを考えていたのかもわからない。リーンがこんなことをした理由は、俺が知る必要はないとはいえ気になっていた。
「もちろん、最初から君には聞いてもらうつもりだ。……もう少し、ゆっくり歩こう。長い話になりそうだ」
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八年前、つまり私が七歳の時のことだ。町の西側にある孤児院に新しく一人の女の子がやって来た。わかっていると思うが彼女はリーン。リーンと私が初めて会ったのがその時だ。
透き通るように白い髪と肌。まるで人形のようなリーンは、どこか近寄りがたい雰囲気を纏っていた。
とはいえ私たち、特に男はリーンと仲良くなろうとした。孤児院に仲間が増えるのは久しぶりだったからな。記憶があいまいだが、私が来たのを最後にしばらく顔ぶれは変わっていなかったはずだ。
人形遊びやおままごと。外で追いかけっこやかくれんぼにも誘ったよ。リーンは断りはしなかったが、楽しそうに笑うことはなかった。
一週間ほどたった日だ。諸々の手続きが済んだということで、リーンの歓迎会を開くことになった。
皆気合いが入っていたよ。かくいう私も慣れない手つきで料理を手伝ったものだ。
全員の気持ちは一つだった。誰もが純粋に、リーンの笑顔を見たいと望んでいたんだ。
……いや、すまない。心の準備をしていたんだ。昔のこととはいえ、これはかなり衝撃的な思い出だからな。
全員が飲み物を手にして、孤児院の院長が歓迎の言葉を言い終えた後、リーンはなんて言ったと思う?
『わたしはお父さんとお母さんが死んだからここに来たの。みんなは、わたしがここに来たのがそんなにうれしいの?』
そうだヤバネ。全員がまさしく今の君のような顔になった。怒鳴るならまだしも、感情をこめずに淡々と言うものだから、私より幼かった子などはすっかり怯えてしまってな。その日はもう、歓迎なんて言えるような空気ではなくなってしまった。
それ以降、リーンに話しかけるのは私だけになってしまった。
……ああ、そうだとも。私は、私だけは彼女に近づくのをやめなかった。親を失った子どもの気持ちならよくわかっていたからな。言葉でどんなに強がっていたとしても、リーンを独りで過ごさせるわけにはいかなかった。
何度も何度も、話しかけては拒絶された。それでも諦めなかった。取り繕う必要はないと、寂しいなら寂しい、悲しいなら悲しいと言ってほしいと伝え続けた。不条理な目に遭った時、そうやって周囲にあたっても悲しみは消えないと子どもなりに伝えたよ。
一年近くかかって、ようやくリーンは心を開いてくれた。はじめは私だけにだったが、徐々に周囲とも打ち解け始めた。彼女も元々悪い人間ではないからな。「ダリー」と呼ばれるようになったのもちょうどその頃だ。
もう、六層か。つい余計なことまで話し過ぎてしまうな。ヤバネ、退屈はしていないか?
……そうか、ならいいんだが。
ともかく話を続けよう。
十歳の時、私とリーンは孤児院を出ることにした。
いや、特に早いということはない。私がいた孤児院ではほとんどがそのくらいの年に独り立ちしていたぞ? 遺産もまだ残っていたが一生分には程遠い。どうせ稼がなければならないなら、早い方がいいと思ったわけだ。
話したと思うが、子どもが金を稼ぐ手段は少ない。私たちは探索者になる他になかった。体を売る気などさらさらなかったからな。
これも以前話したが、やはり両親が死んだ場所に行くのは怖かった。リーンもやたらと嫌がっていたが
今思うとあれは恐れていたわけではなく嫌悪していたんだな。
……そうだ。リーンはずっと迷宮を、そして探索者を嫌っていたのだろう。
それでも命には代えらない。私たちは多くのモンスターを倒した。
そしてリーンには才能があった。あっという間に私とのランクの差は開き、二人で迷宮に行くことは少なくなっていった。ちょうど私が地図を作ろうと思い始めたのもその頃だ。
リーンはひたすらに下層を目指し、私は同じ階層にとどまるようになった。
だが親友でなくなったわけではない。暇な時にはよく遊んだし、迷宮にだってたまに一緒に行った。
そんな付き合いが数年間続いた後、確か三週間前だ。
『ダリー、私恋人ができたわ』
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「最初から、おかしいとは思っていたんだ」
ようやく九層にたどり着いたところでラダリアが歩みを止めた。目的地を知っているため先導していた俺も止まり、彼女を振り返る。
ここまでは至って順調だった。モンスターにも出会わずに一切の休憩なしに進んでこれた。
止まったということは、ラダリアは悩んでいるのだろうか。迷っているのだろうか。もしかしたら疲れただけかもしれない。
「リーンと恋の話などしたことはなかったし、彼女がそういうことに興味があるとも思っていなかった」
「それは俺も思ったな」
「だがまあ、親友とはいえ全てを理解し合っているわけではない。そういうこともあるんだろうと思って素直に祝福したよ」
「じゃあ、何がおかしいと思ったんだ?」
「……私は、リーンとルークが迷宮以外で一緒にいるところを見たことがない」
「……なるほど」
「当然、恋人とはこうあるべきなどという意見を押し付ける気はない。十組の男女がいたら十通りの付き合い方があるだろう」
だが、とラダリアが続ける。
「あのリーンが、恋人とのデートの場に、よりによって迷宮を選ぶとは思えなかった。少なくともリーンは、両親が死んだ場所で、恋人と楽しい時間を過ごすような人間ではなかったはずだ」
親友への深い信頼があったからこそ、ラダリアは不信感を抱いたのか。……ずいぶんと皮肉が効いている。
「しかし人は変わる。恋をしたことで、常に冷静なリーンが浮かれることもあるだろうと自分を納得させた。君に会ったのはその時だよ、ヤバネ」
「俺?」
「そう、君だ。私はこの二振りの剣を持つようになってから、神器とそうでないものの区別がつくようになった」
……俺、そんなことできないんだけど。神器四個も持ってるのに。
「眼の神器など聞いたこともない。だからもしかしたら、君の力を借りれば真実がわかるかもしれないと思った。もし私一人で調べていたら、最後の最後に真相を知ることをためらっただろうな」
「つまり俺は人質だったわけか。お前が、お前の心から逃げないための」
「人質、か。言い得て妙だな。確かに私は、君に協力をあおぐことで自分に重圧をかけていたんだ。『他人の手を借りているのだから最後まで逃げるな』と自分に言い聞かせていたんだ」
本当にこいつの意思の強さには驚かされる。別に逃げたとしても誰もラダリアを責めないのに。
「さて、休憩が長くなってしまったな。先に進もう。大丈夫、もう止まったりはしないさ。リーンには言いたいことがいくつもあるからな!」
迷いを断ち切り、ラダリアは大きな決断をしたようだ。そうと決まれば俺も歩こう。リーンの居場所がわかっているのは俺だけだ。進行方向に体を向け歩き出す。
後ろにいるラダリアの歩みは確かだ。親友と真っ向から対立する覚悟を決めた彼女を見て、俺も助手としての役割を果たすことを心に誓った。




