第五話 戦いの終わりと二人の始まり
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当然、バーバラの服の露出の多さに気を取られている場合ではない。俺はすぐに第二射の準備にかかる。弓を構え、矢を番えた時、俺は見た。バーバラの背中から黒い翼が生え、体の一部が黒く変色していく。
だがそれを見ても、矢を射る途中の俺は特に何とも思わない。思えない。それが俺の才能だからだ。弓から放たれた矢は、バーバラに跳びかかろうとしたウルフのうちの一匹の頭部に直撃する。残り十匹。
「バーバラ!」
弓を射る動作をすべて終えた俺は叫んだ。ウルフの牙がバーバラに迫っているが、彼女は立ったまま動かない。そして三匹のウルフがバーバラに跳びつき、噛みついた。
俺は驚きのあまり目を見開いた。
……ウルフの牙は、バーバラの体にまったく傷を付けることができなかったのだ。
「おりゃああああああ!!」
バーバラがそう叫び、体を大きく揺らすと、ウルフたちは彼女の体から振り払われた。そのうちの一匹で、地面に倒れたウルフの頭を俺の矢が貫いた。残り九匹。
「『炎爪』!!」
バーバラの手の甲から、赤く鋭い何かが生える。彼女はそれを、性懲りもなく跳びかかってきたウルフに突き刺す。するとウルフの体が燃えだし、あっという間に黒焦げになった。残り八匹。
あれは炎の魔法か?ずいぶんとえげつない魔法だ。というかバーバラ自身は熱くないのか? おおっと、俺も気を抜いてはいられない。
バーバラに勝てないと見るや否や、ウルフが二匹、バーバラの左右を抜けて俺に向かっている。左から来たウルフの目を射抜く。そのウルフは前方に転がり、二度と起き上がらなかった。矢が脳まで届いたようだ。残り八匹。右から来たウルフに対して弓は間に合わないのでいったん『収納』し、盾で受け止めることにする。
「『身体強化』」
ウルフを受け止め、本気の力で突き飛ばす。距離ができたところで盾を使って飛んで弓を取り出し、先ほどよりも弓を短くして上からウルフを射殺す。残り七匹。すると、すさまじい大声が響く。
「『身体強化』!!」
その大声の発生源であるバーバラに目をやると、彼女の周りの黒焦げのウルフは六つに増えていた。今は逃げる二匹のウルフを追いかけている最中のようだ。俺は盾の上に立ち、再び長くした弓で、バーバラから遠い方のウルフを狙って矢を射る。矢はウルフの脳天に当たり、黒焦げになった分を合わせると残りは一匹だ。
「逃がさないよ!」
そう言ってバーバラは『エンソウ』とやらをウルフに突き刺し、消し炭にした。これで残りゼロ匹。ずいぶんとあっけないが、あまりにもバーバラが強すぎるせいだろう。ウルフの牙を通さない体の硬さ、魔法の攻撃力、ウルフを振りほどいたのは『身体強化』を使う前だったことも忘れてはならない。
この戦いから得られたものは大きい。まず、バーバラの強さを知ることができた。
そして、『神器製作』で作られる矢の、神器としての特性も分かった。この矢は弓の長さに応じて自由に、自動で長さが調節されるのだ。『自由の弓』にぴったりな矢と言える。
さらにもう一つ。俺が最初に戦ったあの犬と、ウルフは全くの別物だということもわかった。今のウルフからは黒い煙は出ていなかったし、目も赤くなかった。
まあ、これはそんなに重要じゃないだろう。今するべきことは、大活躍したバーバラをねぎらい、お礼を言うことだ。
「バーバラ、お前すご――――」
「ヤバネ! ヤバネってすごいね! 正直、ボクが十一匹位倒すと思ってたよ。ヤバネの矢が全部当たってたよ! しかも急所に! ウルフは動き回ってたのに! ウルフ五匹を五本の矢で仕留めるなんて、もしかしてヤバネって天才!?」
俺の言葉は、大興奮のバーバラに遮られた。こいつに話を遮られるのは何回目だろうか。服が少し破れているのは気にしなくていいのか?
「まあ、練習したからな。バーバラもすごかったじゃないか。あの『エンソウ』とか言う魔法はかなり強そうだし、走ってウルフに追いつくなんて思ってなかったぜ」
「い、いや~ それほどでも~」
褒められて嬉しそうにはにかみ、頭を掻くバーバラに、俺は気になっていることを聞くことにした。
「なあ、お前の背中にある翼は一体何なんだ? 戦う前まではそんなものなかっただろ?」
俺がそう聞くと、バーバラは笑顔のまま固まり、すぐに表情が引き締められた。もしかして聞かない方がよかったか?
「……うん、その事なんだけどね、ヤバネには言わないといけないことがあるんだ」
どうやら聞いてもいいことだったらしい。もし怒らせてしまったら消し炭にされるかもしれないから、言葉は慎重に選ぼう。
「実はね、ボクは…… ボクは『竜人』なんだ」
「そうか、じゃあ次は俺の番だな」
「……え?」
俺は、急いでいたために後回しにしていたバーバラの質問への回答をする。
「何で俺にウルフの居場所がわかったのかっていうとな、この目は『大地の瞳』っていう神器なんだよ。この神器は未来以外のすべてのものが見られるらしくてな、だから俺は周りをこの目で見て、ウルフの群れを見つけられたってわけだ」
「え、神器? いやいや、ちょっと待ってよ」
バーバラは何やら混乱しているようだ。ちょっと待ってと言われたので、俺はウルフの死体から矢を引き抜きながら待つことにする。
「ねえ、ヤバネ。ボクが竜人だっていうことに、なにか言いたいことはないの?」
「……なら、一つだけいいか?」
「! ……うん、いいよ」
バーバラが不安そうな顔をしている理由がわからないが、言いたいことは一つだけあったので、お言葉に甘えて聞くことにする。
「…………リュウジンって、何だ?」
「そこから!?」
バーバラの絶叫が、草原と青空に吸い込まれていった。
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―――――――――ああ、よかった。ボクは何も気にする必要がなかったんだ。
次からようやく本筋に入れそうです。