第十八話 覚悟完了
またヒロインの容姿の描写を抜かすという大ポカをやらかしてしまった……。
ち、違うんです。主人公が他人の容姿にあまりこだわらないのが悪いんです。
44
俺とラダリアがそれぞれ襲撃された翌日の朝。宿屋の食事をとるスペースは沈黙に支配されていた。ラダリアが真剣な顔で黙りこんでいるので話しかけづらいのだ。
だがそれも無理もないことだと思う。このビリンに起きている異変、町が迷宮に侵食されるという異変と、ラダリアの友人であるリーンが迷宮の一部を手に入れたという事実は無関係だとは思えない。というか俺はリーンこそが黒幕だと思っている。
「ヤバネ」
リーンを止めるべきだ。という話をどう切りだそうかと悩んでいた最中、俺の思考はラダリアが話しかけてきたために中断された。
「昨日の、迷宮の壁や床には呪文が刻まれていると言う話を覚えているか?」
「ああ、覚えてるぞ。壁を強くしたり、壊れたところを直したりするための魔法なんだろ?」
「昨日言った通り、それらは普段は隠されている。だが君のその目なら、私がしたような手間をかけずに呪文が刻まれているかどうかわかるはずだ」
ラダリアはテーブルの上に一枚の紙を置いた。
「これは?」
「その呪文を図で簡単に描き表したものだ。いわゆる魔法陣というやつだな。本当はもっと細かく字や模様が刻まれているが、まあある程度の形が分かれば問題ない」
「ふーん……」
その紙には、いくつもの円や三角形やらが組み合わされた図形が描かれていた。こういうのを幾何学模様と呼ぶんだったっけ。高級な絨毯の模様にこんな感じのものがあった気がする。
「ヤバネ。君の『大地の瞳』で、この魔法陣が刻まれている場所を探してくれ」
「……まさか、迷宮になったのはあの路地だけじゃないのか?」
「ここ最近の迷宮が拡大する速さを考えると、一か所だけとは考えられない。この前は重症者は出なかったそうだが、次もそうだとは限らないからな」
そんな考えはすっかり頭から抜けていた。黒幕がわかって安心していたのかもしれないが、事態はまだ全く解決していないのだ。
「わかった。任せてくれ」
紙を手に取り、そこに書かれている模様を見ながら『大地の瞳』で町を見渡す。人通りの多い所から優先的に確認していくが見つからない。グー○ルマップのような検索機能が欲しい所だが、贅沢は言っていられない。
「見つけた」
宿屋から西、それなりの規模の一角に住宅地にその模様はあった。遊んでいる二人の子どもを一人の男性が見守っているということは、あそこは公園のような場所なのだろう。つまり……。
「急ぐぞラダリア。この状況は非常にまずい」
まだどこに魔法陣があるかは言っていないが、ラダリアも事の重要性をわかってくれたようだ。
「わかった。一応戦闘の準備をするから、終わり次第出発する。君も準備をしておいてくれ」
準備を終えた俺とラダリアが出かけたのはその数分後だった。
45
こんなことになるとは思ってなかった。
確かに、町中にモンスターが現れたという噂は聞いた。でもそれはここからかなり離れた路地での出来事だったし、そもそもここは迷宮からも遠い。
「オオオオオ!!」
それなのに、何故「こいつ」がここにいるのだろうか。
ミノタウロス。高ランクを目指す探索者すべてに立ちはだかる巨大な壁。
その眼は目の前の獲物、つまり私と私の息子と娘を捉えて離さなかった。
「逃げろ! 早く逃げるんだ!」
幸いにも、ミノタウロスは子どもたちから遠い位置に発生した(発生という言葉の意味は探索者である弟から聞いている)。何とか遠くまで逃げられるかもしれない。
だが、子どもたちは二人とも腰を抜かしてしまっている。あまりの恐怖に声さえ出ないようだ。
今すぐ駆け寄りたい。抱きしめて安心させてあげたいが、三人固まったところでこの怪物にまとめて潰されるだけだ。
「早く、早く逃げろ! 遠くへ、早く!!」
「お父さん!」
息子の叫び声を聞いてミノタウロスを見ると、まさに私を殺そうと巨大な石斧を振り上げているところだった。
抵抗する術など、私にも子どもたちにもない。
ああ、すまない……。自分の子どもさえ守れない、情けないお父さんを許してくれ。そして妻よ、ずっと一緒にいようという約束も守れない夫を許してくれ。
そして、「死」が振り下ろされる。
すさまじい音量の金属音が響き、私の視界は真っ暗になった。
即死すると、案外痛くないものなのだな。
……いいや違う。視界が暗くなったのは私の意識が途切れたからではなく、目の前に何かが現れたからだ。
その証拠に、私は今生きている。尻もちはついたがどこにも怪我は負っていない。
「た、盾……?」
ミノタウロスの攻撃を防いだそれは、飾り気のない盾だった。しかし盾がいきなり現れ、そのうえ空中にとどまったりするだろうか。
「ぐああっ!」
「お父さん!!」
強烈な痛みと衝撃に襲われて意識が途切れかける。どうやら私はあの丸太のような足で蹴られたらしい。
本気の蹴りではないだろうに、私は子どもたちがいるところまで吹き飛ばされた。
全身が痛いうえにどうやら顔から血が出ているらしい。転がっているときにどこかにぶつけたか?
いや、それよりも重要な問題がある。少し遠くから誰かが走ってくる音が聞こえる。こちらに近付いているようだ。
「だ、駄目だ。ここは……危ない」
「お父さん、しっかりして!!」
「死なないでよぉ……。お父さぁん……」
「大丈夫だ。絶対に死なせはしない。殺させはしないとも」
足音が止まる。いつの間にか誰かが私たちを庇うようにミノタウロスと対峙していた。
「お、女の子……?」
そこには十代半ば辺りの少女が立っていた。
体の一部分だけを鎧で守り、腰に二本の剣を下げている黒髪の少女だ。
腕は剣を振るうにはあまりにも細い。背は高いが、あくまで少女にしては、だ。とても戦えるとは思えない。
だがそれを伝える気力も残っていない。
「ヤバネ、よくミノタウロスの攻撃を防いでくれた。あいつは私が倒す。その間この人たちを守ってくれ」
「ああ、任せろ」
端正な顔立ちの少年が遅れて現れた。彼に至っては胸当てと手袋しか身に着けていない。
「血が出てるな、『止血』。あとは……、左足が折れてるのか?」
「あ、あの。お父さんは……?」
「大丈夫だ。怪我はしてるけど死んだりはしない。さ、早くここを離れよう。あのお姉ちゃんは強いから、ミノタウロスにも負けないよ」
少年は私を空飛ぶ盾の上に乗せ、息子と娘を抱きかかえてミノタウロスから離れ始めた。少年の歩みに合わせて私が乗っている盾もゆっくり動いている。
「オオオオオオ!!」
ミノタウロスが叫び、何かが砕ける音が何度も聞こえてくる。
その音が遠ざかっていくことに私はこれ以上ないほどの安堵をおぼえた。
46
間に合ってよかった。
向かっている途中でミノタウロスが発生した時はかなり焦った。『大空の盾』に乗って飛ばしてきたが間に合いそうになく、盾を取り出してなんとかあの男の人の命を守ることができた。
というかラダリアが速すぎる。俺は途中から『大空の盾』に乗るのをやめたからスピードが落ちるのは当然だが、まさか追い抜かれるとは思ってなかった。
子どもたちのお父さんらしい男性の左足に板をあてがい、布切れでその板を固定する。うろ覚えだが、保健の教科書に書いてあった骨折の応急処置だ。
板は薪を買ったときにおまけで貰ったもの。布はリーンのせいでぼろぼろ&血まみれになった服の綺麗な部分を切り取ったものだ。
替えの服を買っておいて本当によかった。まあ宝石をくれた森の王に感謝はしたくないけど。
さて、父子三人を家まで送り届けたのでラダリアのところへ戻ろう。彼女はとっくにミノタウロスを倒している。
「ラダリア、怪我はないか?」
「……ああ、問題ない。そちらはどうだ?」
俺はきちんと彼らを家まで送って行ったことを伝えた。
それにしても、ラダリアはどうやら怒っているようだで、うつむいて拳を固く握りしめている。
「ヤバネ、私は今とても怒っている」
知ってる。とは言えない雰囲気だ。茶化すべきではない。ラダリアは今、激怒している。
「……こんなやり方を選んだなら、彼らのような目に遭う者がいるとわからないのか?」
だがその怒りの矛先は俺ではない。ミノタウロスでもないし、言ってしまえばこの場にはいない。
「ヤバネ、リーンは今、どこにいる?」
「……迷宮の中だ。十層にいるぞ」
「そうか……」
ラダリアは目を閉じ、大きく息を吐いた。
「ヤバネ、今から迷宮に向かうぞ」
その言葉からはゆるぎない覚悟が感じられる。
「私の手で、全てを終わらせる」




