第四話 戦いに至る
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「ねえ、ヤバネは何か好きな食べ物はある? ボクはね、鶏肉が好きなんだ! でも辛いのは苦手かな」
「ねえ、ヤバネは他にどんな魔法が使えるの? ボクは炎の魔法が得意だよ! 炎の魔法には自信があってね、上級魔法まで使えるんだよ!」
「ねえ、ヤバネはいつから弓を使ってるの? ボクも昔弓の練習したんだけど全然上達しなくてね――」
自己紹介を済ませた俺たちは、ウルフの群れが出るという草原の南部を目指していた。それにしても、こいつ、バーバラはよく喋るやつだ。人に話を振るのが苦手な俺としては向こうから話しかけて来てくれるのはありがたいのだが、バーバラが、俺が質問に答える前に彼女自身の話を始めるものだから、俺は先ほどからフェイントをかけられている気分だった。とはいえバーバラの話は興味深い。まだカーケル大陸のことをほとんど知らない俺にとって貴重な情報源だ。バーバラに気持ち良く話してもらうために、気合いを入れて相槌を打つとしよう。
でも、もう少し話題の転換の回数を抑えてくれないだろうか。
バーバラの話が一段落ついた時、今度は俺からバーバラに質問した。
「なあ、ウルフの群れはどのくらいの規模なんだ?」
俺の質問を聞き、バーバラはたいそう嬉しそうな笑顔になった。
ウルフの生態について聞かれるのはそんなに嬉しいことなのか?
「場合によってまちまちなんだけど、普通は十匹くらいだね。今回の群れは少なくとも十二匹いるらしいよ。そうそう、ウルフといえばね───」
ふーん、十二匹か。なら矢を十二回射ればいいだけだな。
バーバラは他にもウルフのフンの話や足跡の話、オスとメスの見分け方を教えてくれた。
なんとか魔物の話題に変えさせることができた。バーバラの話はほとんど彼女の家族の話に行き着く。尻尾と角が生えている彼女の家族は一体どんな人たちなんだろうかと少し気にはなっているが、お父さんの下着が破れた話をされても反応に困るのだ
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「ヤバネ、そろそろウルフが出てくるかもしれないよ」
「ああ、わかった」
そうこうしているうちに、ウルフの縄張りに来たようだ。胸当てと手袋は出発の直前に既に着けている。
弓もずっと出してはいたが、矢を取り出して右手に持っておくとしよう。
それにしても、いつ襲われるかわからないという状況は緊張するな。ん? 待てよ、『大地の瞳』の力を使って、ウルフを探せばいいじゃないか。何でこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。
俺は立ち止まり、目の能力を使った。
「ヤバネ?」
バーバラが怪訝な表情を向けてくるが、今はそんなことは気にしない。
…………よし、見つけた!
「バーバラ、ここから東に少し行ったところにウルフがいるぞ。こっちに向かって歩いてる。数はちょうど十二匹だ」
太陽の動きから、方位はもう把握している。そしてバーバラは迷わず東を向いたので、カーケル大陸でも方位は東西南北だということがわかった。
「え? なんでわかるの? もしかして『探知』? それとも『遠視』? でも、ヤバネ今魔力使ってなかったよね?」
「それは後で話す。それよりどうする? 待ち伏せするか?」
「うーん……。そうだね、そうしよう!」
「よし、やつらが近づいてきたら俺は矢を、お前は魔法を撃つんだな?」
「うん、そのあとボクは前に出るから、援護よろしくね!」
「は? 前に出るってお前―――」
武器持って無いじゃん。素手で戦うつもりか? そう言おうとしたが、バーバラに遮られた。
「できるだけ取りこぼさないようにするけど、もし後ろに行っちゃったら逃げていいからね」
そういうバーバラの眼はひどく真剣で、ウルフが近づいていることもあり、俺は疑問を飲み込んだ。だが何も言わないわけにはいかない。
「わかった、無理はするなよ。怪我をしたらすぐ言えよ。俺は『止血』の魔法が使えるんだ」
「ありがとう。その時はよろしくね!」
表情が朗らかなものに戻ったバーバラは、そう言うと東を向いた。かなり遠くに見える、俺たちに向かって走っているウルフの群れを見ていたのだろう。その瞳は何やら決意に燃えている。
「ヤバネ、ボクにも見えたよ。あと二十秒後に仕掛けよう」
「よし、任せろ」
俺は弓を構えて矢を番え、弦を引いた。狙いは奥にいる大きなウルフだ。絶対に外さない。
「五、四、三、二、一、『火球』!!」
バーバラのカウントに合わせて矢を射る。バーバラの放った火の玉は先頭のウルフの前に着弾し、俺の矢は狙い通りの所へ行った。残り十一匹。
「じゃあヤバネ、さっきの通りに行くよ!」
そう言って駆け出したバーバラの後姿を見て、俺は驚愕した。
バーバラ、お前何でそんなに背中の開いた服着てるんだよ!!
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ああ、怖い。ウルフはもう怖くもなんともない。ボクはもう駆け出しの冒険者じゃないんだ。ウルフの群れくらい一人で倒せる。
ボクの恐怖は、拒絶される恐怖だ。ヤバネとは、ここまで本当に上手くいっている。会話をボクからしか振っていないことに気付いた時は不安になったが、ヤバネからも質問してくれたのは本当に嬉しかった。実は今回は様子を見るつもりだった。本気で戦うのはもう少し後にするつもりだった。でも我慢できない。ボクのことを知った上で受け入れてくれないと意味がない。
ヤバネは、ボクがこのことを明かしても仲良くしてくれるかな?