第七話 宿での会話
クリスマスということで、この小説とはまったく関係のない短編を投稿しました。ぜひ読んでください。
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「どうだヤバネ。ここの料理もなかなか美味しいだろう?」
「ああ、そうだな」
迷宮から出るとすっかり夕方だった。俺達はラダリアが泊まっている宿に戻り、そこで少し早めの夕食をとることにした。
料理はやはり美味しくもまずくもないが、あえて彼女の気分を害するようなことを言う必要はない。しかしこの味の違いはどこから来るのだろうか。調味料の差か? それとも食材か?
「ごちそうさまでした。じゃあラダリア、また明日な」
「何を言っているんだ。今夜の宿を教えなければ君は今日野宿をすることになるんだぞ?」
おっとすっかり忘れていた。そういえば俺はラダリアに宿の手配をお願いしていたんだった。
「じゃあ場所だけ教えてくれよ。目の力を使えば迷わないしな」
「なあに、わざわざ神器の力を使うまでもなくたどり着けるさ」
「え、俺この町の土地勘ないけど」
「それでも問題ない。なにせその宿というのはここなのだからな」
「ここ?」
「そう、ここだ」
それはなんとまあ。同じ宿に得体の知れない男を泊めるとは、ラダリアは一体どういう神経をしているのだろうか。
「私の部屋は隣だから、何かあっても大丈夫だぞ」
しかも隣の部屋だった。無頓着というか、無防備というか……。まあ俺も何かするつもりはないが。
「というわけで時間には余裕がある。しばらく話でもしようじゃないか」
「話ねえ……」
何か話のネタになるようなことを探していると一つ思いついた物があった。
「じゃあ一つ。さっき使ってた魔法はどういう魔法なんだ?」
「ああ、『光刃』か。あれは魔力で刃を作る魔法だ。切れ味は自分が持っている剣に依存する。中距離から近距離を完全に制圧できる便利な魔法だぞ。長さもある程度は融通が利くしな」
確かに便利そうな魔法だ。リーチの長さは戦う時にかなり大事な要素になる。弓という武器が強いのも遠くまで届くのが理由の一つだ。
「しかし腕とか首を簡単に斬り落とせるなんて、お前の剣の切れ味はすごいな」
「そうだろう! 何と言ってもこの剣は神器だからな!」
ラダリアは誇らしげに胸を張ると、腰に下げていた二振りの剣をテーブルの上に載せた。
「そういえばまだ話していなかったな。この赤い剣が『頑強の剣』、青い方が『熟達の剣』だ」
「ガンキョウ? ジュクタツ?」
初めて聞いた言葉だ。いったいどういう字を書くのだろうか。
「『頑強の剣』は持ち主の肉体を強化し、『熟達の剣』は持ち主の技量を高めてくれるという効果がある」
「それはすごいな」
だが何と言うか、今まで出会ってきた神器に比べるとこう、地味だ。優秀な力であることは疑いようもないのだが、『聖剣』とか『至高の兵士』と比べてしまうと……。
「私がBランクになれたのもこの神器のおかげだな」
ラダリアの二振りの剣が優れものなのはわかったが、その言葉は明らかに間違っている。
「ん? いや、それは違うだろ。だってお前」
「さあ、私は自分の神器について話したぞ。次は君の番だ。その弓と矢について話してもらうぞ。特に矢だ。一本一本が全て神器というのはいったいどういう理屈なんだ?」
「あ、ああ」
かなり強引に話を変えられた。俺は過去を見ることができる、ということは知っているのに嘘を吐いたのには何か理由があるのだろうか。そうだとしたら詮索はしないけど。
しかし矢について、『神器製作』について正直に話すのはよくない気がする。
「悪いけど矢については秘密だ。それよりこの弓はすごいぞ? なんたって自由に大きさを変えられるんだからな」
「……なんというかこう、地味だな。ああいや、別に馬鹿にしているわけではないのだ!」
ラダリアお前……。俺はお前に気を遣って言わなかったのに!
「ん? それだとその弓には威力を強化する効果はないのか?」
「ああ、ないぞ」
「そうか……。少し引かせてもらってもいいか? ああいや、持ったままで弦だけこちらに向けてくれ」
言われた通りにし、ラダリアが弦を引くのを見守るが、彼女がどれだけ力を込めようと弦が動く気配はなかった。
「びくともしないぞこの弓。通りでミノタウロスにああも容易く刺さるわけだ」
感心したように呟くと、ラダリアは弓から手を放した。
「しかし君もよくこんな弓をまともに使えるな。一応体は鍛えているようだが……、この弓を使うには君は少し華奢すぎないか?」
「ああ……」
やっぱり『自由の弓』はかなり強く張られていたのか。妙に威力があるから薄々そうじゃないかとは思っていたけど。
ラダリアの疑問は当然のものだろう。説明するのは難しくないが、正直恥ずかしい。
「それは多分、俺の才能のおかげだな」
「才能?」
ああ、真顔で聞き返すのは止めてくれ。
「その、な。俺はあんまり力はないけど、弓を引く時は別なんだ。子どものころにはもう大人が使うような弓も使えてた」
「子どものときにはすでに……!?」
これでは俺は自分の武勇伝を語る痛い奴ではないか。自分で自分のことを説明するのはこんなに恥ずかしいのか。
「それはもしや『スキル』かもしれないな」
「スキル?」
痛い俺をあざ笑うでもなく、気を遣って褒めるでもなく、ラダリアの反応は予想外のものだった。
「聞いたことはないか? ほら、『勇者指令』とか、結構有名だと思うんだが」
「……ああ、聞いたことあるな」
思い出した。確かに勇者がスキルがどうとか言っていた気がする。
「スキルとは神の加護だ。弓に関係するスキルだとしたら、君も武の神あたりに愛されているのかもしれないな」
「武の神ねえ……」
そういえば俺をカーケル大陸に連れてきたのはどういう神様なんだろうか。名前を聞く暇もなかったからなあ……。
「ううむ、神器を三つ持つ上にスキル持ちかもしれないとは、君を助手に選んで正解だったな! 明日からも頼りにしているぞ!」
ラダリアは満面の笑みを浮かべている。神器は神から貰ったものだし、俺の才能も努力して手に入れたものではないから褒められても嬉しくはないが、役に立てるのは悪い気がしない。
「ああ、できる限り頑張るぜ」
ラダリアと別れて部屋のベッドに座る。
今日は色々なことがあって疲れたが、なかなか楽しかった。明日ももっと新しいことを経験できるだろう。そもそも俺が行く先々で問題が起こり過ぎなのだ。
だが『大地の瞳』で見たところ、この町には特に異常事態が起きているということもなさそうだ。迷宮に行くのは危険を伴うが、少なくとも町の存亡をかけた戦いは起こりそうにない。緊張感をあまり持たずに済みそうだと安心しながら、俺の意識は闇へと溶けて行った。




