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一方タートでは



 昼下がり、タートは一時混乱に包まれた。いまだあの戦いからの復興の途中であるこの町に、衝撃的な噂が流れ始めたのだ。


 曰く、『虚構の鏡』が盗まれたとか。


 あの戦いつまり「タート迎撃戦」を知る者なら、これがどれほど重大なことか容易にわかるだろう。

 その鏡は神器で、生き物を自由に変身させることができる。かつてタートは人間に化けた魔物によって疲弊し、かの英雄が悪しき企みを見破らなければ壊滅は免れない瀬戸際まで来ていた。

 そんな恐るべき神器が盗まれたとあっては、人々も冷静ではいられないだろう。噂は噂を呼び、タートの誰もがその話をしていた。



 その噂が出回る前、タートの「門番騎士隊」の隊長は急きょ招集を受けた。呼び出された場所はタートの図書館。魔法によってこの町で最も不法侵入が難しい建物になった場所だ。そして、『虚構の鏡』が保管されていた建物である。


 「あの鏡が盗まれたというのは本当ですか?」


 着いて早々、隊長は図書館の受付にそう問いかけた。


 「はい。……すみません。もっと注意を配っていれば」


 「いえ、どうか気になさらずに。私もまさかここから盗まれるとは思っていませんでした」


 「来たか。突然呼び出してすまないな」


 「騎士長! ここにおられるということは、間違いなく『虚構の鏡』は……」


 「ああ、盗まれた。とりあえず現場まで来てくれ。お前の意見も聞きたい」


 奥から現れた老騎士、このタートの騎士の代表である騎士長は隊長を『虚構の鏡』があった場所まで連れて行った。

 その部屋には窓がなく、普通入るには必ず扉を通らなければならないのだが、今は明らかにおかしな点があった。


 「この壁の穴は?」


 「犯人が開けたものだ」


 そう、外に面した壁に、人一人なら簡単に通れそうな大きな穴が空いていたのだ。


 「さあ、この穴を見てお前はどう思う?」


 騎士長に言われて隊長は少し考える。


 (どう思うと言われても、扉の番は交代で騎士が行っていたのだから、犯人に扉以外の場所から入られたのは当たり前のはず。いったい騎士長は何を言いたいのだ?)


 もう一度その穴を見ると、隊長はやっと騎士長の真意を掴んだ。


 「そうか、この穴は綺麗すぎる。破壊されたわけではないのですね」


 騎士長は我が意を得たりとばかりに大きくうなずいた。


 「その通り。おそらく一つ一つ壁の石材を『収納』し、中へ入ったのだろう。注意すれば物音もたたないから、見張りの騎士が気付かなかったのも納得がいく」


 「なるほど」


 さすがは四十年近く騎士を続けている騎士長だ、と隊長は改めて感心していた。

 だが、そこで一つ疑問に思い当たる。どうして自分が呼ばれたのか、という疑問だ。


 「それなら魔法を使った痕跡が残っているはずです。『収納』を使える者を集めて魔力を照合すればよいのでは?」


 そう、手段がわかっているなら犯人を見つけるのは簡単だ。少し時間と手間はかかるが必ず犯人にたどり着く。

 しかし、そうはいかない事情があるのだという。


 「痕跡がな、一切残っていないのだ」


 「……! 騎士長、それは本当ですか?」


 魔法の痕跡が残っていない。その意味がわからないような隊長ではなかった。


 「本当だ。つまり犯人は相当の魔法の使い手。技術だけなら国王お抱えの魔法使いと同等かもしれぬ」


 「……それほどの腕前の魔法使いは、しばらくこの町に……。……!」


 「ん? どうかしたか?」


 「い、いえ」


 「そうか、お前にはその魔法使いの心当たりを聞きたかったんだが、やはりないか……」


 「はい、申し訳ありません」


 「なに、お前が謝ることではない。しかしそうなるとこれは中々の緊急事態だ。王都に使いを出すべきかもしれない」


 騎士長の用件は終わったらしいので、隊長は再び門番の勤務に戻った。

 彼が途中言葉に詰まったのには理由がある。痕跡が残らない『収納』の魔法の使い手に心当たりがあったからだ。しかし証拠がない以上、騎士長にそれを伝えるわけにはいかなかった。それにもし犯人が思った通りの人物なら、自体はすぐに鎮静化すると彼は考えていた。



 そして隊長の考えた通り、『虚構の鏡』は数日後無事に帰って来た。しかも「ご迷惑をおかけしました」と綺麗な字でお詫びが書かれている上質な紙が添えられていた。関係者一同(隊長を除く)は首をかしげたが、ともかくこれでタートを襲った神器窃盗事件は一応の解決を迎えたのである。

 

 



 朝に家の郵便受けを見て、ボクはため息をついた。中身は空。ヤバネが行ってしまってからしばらく経つけど、約束してくれた手紙はまだ一通も来ていなかった。


 「やっぱり着いていけばよかったのかなあ?」


 そんなことを考えてしまうくらいにボクの寂しさは限界まできていた。当然家族と友達を置いていくのは嫌なんだけど。

 

 「はあ……」


 またため息が出てしまう。だけど郵便受けを見続けても意味がないので、とりあえず朝ごはんの準備を手伝おう。その後はどうしようか。


 「バーバラさん、おはようございます!」


 「え、え? お、おはようございます……?」


 今日の予定に思いを馳せていたボクは、後ろから近づいてきたその少女に気がつかなかった。

 はじめて見る子だけど、どうしてボクの名前を知ってるんだろう?


 「こんな朝早くから郵便受けを見て、いったい何を待っていたんすか?」


 「あ、いや。ちょっと手紙をね」


 「手紙ですか! いいですね! その様子から察するにお相手は恋人っすか?」


 「こ、恋人!? 違うよ! 友達だよ! ……うん、本当に友達」


 よく考えると、ヤバネはあまりボクを異性として意識していなかった気がする。何だろうか、こう、ボクはやっぱり大事なチャンスを逃したのではないだろうか。ああ、この気持ちにもっと早く気づいていれば……!


「おや、何やら私が想像していたのと違う関係なんすか? まあいいっす。バーバラさん、そんな悲しそうな顔しなくてもいいっすよ!」


 そう言うと少女はボクに何か紙を差し出した。


 「じゃじゃーん! お待たせいたしました! ヤバネさんに頼まれてこのクルクマ、バーバラさんに手紙を届けに参ったっす!」


 「え」


 この子はクルクマという名前らしいけど、今はもっと大事なことがある。


 「その手紙、ヤバネからのなの……?」


 「はい、間違いないっす!」


 「え、え」


 

 「やったあああああああああああああああ!!」


 ボクはクルクマちゃんにお礼を言うのも忘れて、その手から手紙をひったくり急いで読み始めた。




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