第二十五話 出会いと旅立ち
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「ギャオオオオオオオオ!!」
「やれやれ、またか」
もう何匹目かわからない魔物の登場にため息をつきながら、僕はその四足歩行の魔物を観察する。
大きいな。それにあの牙に噛まれたらひとたまりもなさそうだ。
「キョウヤ様、あれはSSランクの魔物レジェンドウルフです。上級を超える『超級』の魔法しか通じません」
「へー。それなら……」
僕は『虚無への回帰』を発動した。
対象を問答無用で消滅させる魔法で、レジェンド何とかもその例外ではなかった。
「さすがキョウヤ様です。あの魔物は神祖にさえ匹敵すると言われているのに、まさか一撃で倒してしまうとは……」
アリアに褒められるけど、あまり実感がわかない。
本当にあれがSSランクなのか? 今のところ、どの魔物も一撃で死んでるんだけど……。
まあそれはいいんだけど。
でも本当に魔物と頻繁に会うな。
別に急ぎの用事があるわけではないけど、こうも足止めされるといい加減にうっとうしい。
かれこれ丸一日は動けていない気がする。
次の魔物が出てくる前にここをはなれたいなあ。
「…………あああああ!!」
「ん?」
そんなことを考えていると遠くから声が聞こえた。
「…………さまあああああ!!」
「アリア、聞こえる?」
「はい、少女の声のようにも聞こえます」
どうやら僕の気のせいではないらしい。言われてみれば、確かに女の叫び声のようだ。
「………………ヤ様あああああ!!」
「……近くなっていますね」
そう、アリアの言う通りに声はだんだん大きくなっている。
どうやら声の主はこっちに向かっているらしい。
「キョウヤ様あああああ!!」
そして、声の主はその姿を現した。
髪は水色。背は低く、中学生くらいにしか見えない。しかし顔はかなりいい。アイドルとして日本で通用しそうだ。
そんな美少女が、いきなり僕の体にしがみついてきた。
「ああ、キョウヤ様! やっと会えました! レットがこの時をどれほど待っていたことか!」
「い、いや。ちょっと待って」
僕に抱きつきながら大声でしゃべる少女はレットというらしい。
僕に用があるようだが、少し離れてほしい。なんだかいいにおいがして落ち着かないし、身長の割に大きい胸が当たっているのだ。
「……今すぐキョウヤ様から離れなさい」
嬉しそうなレットとは逆に、アリアは怒髪天を衝く勢いだった。なんだかどす黒いオーラのようなものが見える。
「さあキョウヤ様! これからはずーっと一緒ですよ!」
「離れろと言っているでしょう!!」
「な、何ですかあなた! 止めてください!!」
アリアはレットを僕から引きはがそうと必死になっている。
そしてレットも僕を抱きしめる力を強めた。
こうなるともう抱きつかれて嬉しいとか柔らかいとか言ってる場合じゃない。
「苦しいから離れてくれ!」
やれやれ。また、厄介なことになりそうだ。
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はいはい、いかにも私は商人で、これからタートへ向かうところっすよ。きれいなお顔のお兄さん、何が御入り用っすか? 食べ物、武器? きっとお力になれるっす! この杖なんかおすすめっすよ!
え、物を買いたいわけじゃない? タートへ行くついでに物を届けてほしい?
はあ、いやまあいいっすけど。ちなみに、差し支えなければそのお届け物が何か教えてもらっても?
へえ、手紙。なるほどなるほど。……ズバリ、故郷に残してきた家族への便りでしょう? あ、違う?友人に向けた手紙っすか。
まあ、それはともかくとして。私も商人の端くれっすから、タダでというわけにはいかないっすよ? 普通なら手紙を送るのにはお金がかかるんすから。
……え!? この大きな宝石をくれるんすか!? いやはや、お兄さん相場って物をご存じでない? え、余計な手間をかけさせるんだからこれくらいは当然?
お兄さん、泣かせてくれますねえ! この混沌の世にお兄さんのようなカモ、いや気前のいいお客さんがいるなんて! いいっすよ。こんな立派なものをいただいては断れないっす。何があってもこの手紙、お兄さんのご友人に届けてみせるっす!
ちなみに、そのご友人のお名前は? なるほど、バーバラですか。……もしかしなくても女性っすよね?
いやあ、何だお兄さん。友人だなんて言って、うふふ。照れ隠しっすか? ああいや、言わなくていいっす。それぐらいはわかるっすよ!
それにしても、どうして私にこれを? タートへ向かう商人なんてたくさんいると思うんすけど。
……。なるほど、私が一番弱そうだったから、ねえ。
お兄さん、侮らない方がいいっすよ。私のようなか弱い若い女が少ない護衛で旅をしてるのは、奥の手があるからっすよ。
……へえ、それをわかった上で私に頼んだんすか。万が一何かあっても私なら力でねじ伏せられると。あ、そこまでは言ってないっすね。
いやいや、気分を害したなんてとんでもない! お兄さんのことを見直したんすよ。ただの世間知らずではないようっすね。
そうだお兄さん、最後に名前を教えてほしいっす。
……はい、確かに覚えたっすよ!
それでは、今度はぜひ我が自慢の商品たちをお買い求めくださいね! また会いましょう、ヤバネさん!
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靴ひもを締めて外套を深くかぶる。背中に背負っている鞄にはちゃんと食糧も入れた。足りなくなったら魔物を倒した素材でも売ろう。
森の外へ一歩踏み出す。無断で森を出た者には厳罰が下されるが、もう森へは戻らないのだから関係がない。森を離れたエルフを人間は何と言うのだったか。……そうだ、「はぐれエルフ」だ。
あの森は狭い。たとえ面積が広くても、周りにあるのは木と草ばかりだ。そんな場所にいては皆同じ考え方になるのも仕方がないのかもしれない。
私が森を出る理由は二つある。一つ目は、私がいわゆる普通のエルフになりたくなかったからだ。あの森は「自分さえよければいい」という傲慢さに満ちている。恥ずかしいことに、外から来た彼に出会わなければ私にはそれがわからなかった。
そして二つ目は、彼に会いたいからだ。会ってもう一度謝ろう。今度は森を代表して。彼は許してくれないかもしれないけれど、まずは謝らなければならない。
そしてお礼を言おう。思えば、謝るより先にこう言うべきだった。
「助けてくれてありがとう」
「戦ってくれてありがとう」
彼は今度こそ振り向いてくれるだろうか。
いや、振り向いてもらう必要はない。今度は正面から、彼の目を見て言えばいいのだから。




