第二十一話 神祖と矢羽
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このままだと今にも襲われそうなので、神祖にはひとまず落ち着いてもらうことにした。
「まあそう怒るなよ。勇者を探してるんだろ? 俺は勇者の居場所を知ってるんだ。それを教えるから、少し質問に答えてくれ」
俺の物言いに神祖は気分を害されたようだ。爆発寸前の激情を抑えているようで、額に青筋を浮かべながら神祖はあくまで冷静に俺の問いに答える。
「わらわに指図するつもりか? 貴様の助けなど借りなくても、わらわ一人で十分ヨシミツは見つけられる。質問など許さぬ。お主はすぐに八つ裂きになるのじゃ」
「いやあ、勇者は今結構見つけづらい所にいるんだよ。いくら『神祖』といえどそう簡単に見つけられないと思うぞ。それに」
怪訝そうな顔をする神祖に向かって俺は続ける。
「俺みたいな雑魚ぐらい、いつでも八つ裂きにできるだろ?」
「……それもそうじゃな」
渋々といった感じで神祖はうなずいた。俺への怒りより勇者を心配する気持ちが勝ったようだ。
俺の提案を受け入れてくれるようでなによりだ。こいつには聞きたいことがいくつかある。
「まず一つ目。ゴブリン達森の種族と人間が同盟を結んでいることは知ってるよな?」
勇者と話してから、俺はずっと「どうして周りの女は勇者を止めなかったのか」という疑問を抱いていた。異世界から来た勇者はともかく女たちはこの世界に住んでいるはずだ。それなら勇者に何か言ってくれても良かったのではないだろうか。
「何を言うておる。昔から人間とこの森の者どもは仲が悪かったのじゃぞ?」
その返答を聞いた俺は絶句してしまった。永遠に生きるらしい神祖なら、昔のことくらい知っていて当然だと思っていたのに。
いや、冷静になって考えると知らないと言われた方がよかったのかもしれない。少なくともこいつは同盟のことをわかっていて森で暴れたわけではなさそうだ。一応念のためにそのことを聞いておこう。
「『神祖』は長生きするって聞いたけど、お前は同盟の話を聞いたこともないのか?」
「そうじゃ。わらわはしばらく封印されておったのでな」
ふ、封印ですか。それはなんとまあ。
いや、呆けている場合ではない。こいつが勇者につき従っている理由はこれだろうか。聞いてみよう。
「もしかしてあれか。勇者に助けられたのか?」
「そうじゃ。ヨシミツには感謝してもしきれぬ」
そう言う神祖は心から勇者に酔っているようだ。「恋する少女」のものとは少し違うように見えるがきっと本質は変わらない。あえて言葉にするなら「盲信」だろうか。
「なるほど。だから勇者のやったことを止めなかったんだな?」
「当然じゃ。そもそも人間の敵じゃったからな」
「自分が封印されている間に関係が変わったとか、そういうことは考えなかったんだな?」
「あの戦争の激しさをわらわは直接見たからのう。それに、ヨシミツの言うことが間違っているはずがないのじゃ」
「……他の仲間も、勇者を止めようとはしなかったんだな?」
「当たり前じゃ」
「……そうか」
処置なし。どうやら勇者の仲間にまともなやつはいなかったらしい。異世界に来た時に下調べとかそういうことをしなかったのだろうか。自分の知らないことを誰かに聞いたりしなかったのだろうか、と思ったが、もしかすると勇者のいた世界は中途半端にこのカーケル大陸に似ていたのかもしれない。
だが、そんな事情があっても勇者のしたことは許されない。その仲間たちは勇者の被害者と言えなくもないが、勇者を痛い目に遭わせておいて仲間はお咎めなしというのは筋が通らないだろう。神祖から事情を聞いてよかった。おかげで決意が揺るがずに済む。
「さて、質問は終わりか?」
俺が言葉を発さなくなったのを見て神祖がそう問いかける。
「ああ。忙しいのに悪かったな」
「何、気にするでない。死ぬ前に『神祖』と言葉を交わした幸運に感謝するんじゃな」
にやり、と獰猛な笑みを浮かべた神祖に、俺は言わなければいけないことがある。
「そうそう。死ぬ前に勇者の居場所を言っておかないとな」
俺の言葉を聞き、神祖の顔から笑みが消えた。無言だが、早く言えと促しているのが表情でわかる。
「勇者は死んだよ。人間に殺された。死体はその人間がもう焼いたぞ」
俺が『大地の瞳』で見たありのままの現実を伝えると、予想通り神祖は固まってしまった。やっぱりもっと婉曲な言い回しをした方が良かっただろうか。「勇者はお星様になって空からお前を見守ってるんだよ」的な。
だがもう何もかもが遅い。どちらかが無事で済むということはもはやあり得ないだろう。
「……はは、そうか。やはり一刻も早くお主を殺しておくべきじゃった」
神祖の声は驚くほど冷たかった。この状況で「勇者を殺したのは俺ではない」と言って誤解を解くことに意味はない。
いつの間にかキクルは少し遠くに逃げていて、俺達の様子を真剣に見ていた。本音を言えばさっさと逃げてほしいが、キクルに注意する余裕は俺にはない。
手の平を上に向けて、『収納』していた「それ」を取り出す。
以前キクルには言ったが、神祖を退けるために戦うのは俺ではないのだ。




