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第十八話 迫る結末

43


 昨日泊まった王の屋敷の一室にお世話になる気はなかった。神祖に室内で暴れられると困るし、あの屋敷には勇者が殺したオークとゴブリンの血痕が残っているからだ。

 というわけで俺はいま野宿の場所を探している最中である。場所の条件は二つ。見通しが良いことと森の出口に近いことだ。

 結論から言うと、うっそうと木々が生い茂るこの森にそんな場所はなかった。いや、あるにはあるのだが、そこはゴブリンとオークの死体がいくつも転がっていたのだ。いくらなんでもそんな場所で眠りたくない。臭いとかきつそうだし。

 

 その後少し考えたが、別に森の中で眠らないといけないというわけではない。結局俺は森の出口で寝ることにした。


 「ガブリは、あなたを泊めてもいいと言っていた」


 「ガブリ? ……ああ、あのゴブリンか」


 いつの間にか後ろにいたキクルは、野宿するつもりの俺を見かねてそう言った。だが、俺にはもうゴブリンとなれあうつもりはない。キクルの言葉を完全に無視して、屋敷を出てからずっと聞きたかったことを聞くことにした。


 「キクル、お前は『収納』を使えるか?」


 「……完全に肯定することはできない」


 「完全に?」


 「あの時見た限り、あなたの『収納』は空気中の魔力を使っているようだった。私の『収納』とは根本的に違う、たとえ結果が同じだとしても。だから『完全に』という言葉を使った」


 「つまりお前は『収納』を使えるんだな?」


 「……そう、その通り」


 使えるんなら使えるってさっさと言えばいいのに。

 

 「それは、他のエルフも同じだな?」


 「……その通り。エルフで『収納』を使えない者はいない。そして、オークとゴブリンにも使える者がいる」


 「そうか」


 やっぱり思った通りだった。

 この事実があらわすのは、勇者に立ち向かうのが俺である必要がなかった、ということだ。勇者と『聖剣』のことについては俺よりもこの世界の住人の方が詳しいはずだ。それなのにこの森の連中が『聖剣』を奪うという誰でも思いつきそうな、さらに言えば真っ先に思いつきそうなことをしなかったのはなぜだろうか。


 決まっている。『聖剣』を奪うには俺がやったように痛い思いをしなければならない。エルフと一部のオーク、ゴブリンはそれを嫌ったのだろう。

 つくづく面白い連中だと思う。自分たちの仲間が殺されていても尚、事態の解決ではなく自分たちの身の安全を考えているのだから。勇者が殺さなかったエルフなどはきっと、この騒動をどこか他人事だと思っていたに違いない。森の王もまさか、勇者が自分の屋敷を襲撃するとは思ってもみなかっただろう。だからこそ王は屋敷にいたのだ。あの時キクルが勇者と同じ部屋にいたのも、「自分は殺されない」と高をくくっていたからに違いない。


 「キクル、エルフは勇者を恐れていたのか?」


 沈黙が、何よりも真実を雄弁に物語っている。


 「お前はエルフでよかったな」


 俺の言葉に答えることなくキクルは『転移』でどこかへ行った。俺の嫌味は少々きつすぎただろうか。それでも、一度たりとも勇者との戦いに直接参加しなかったこいつを、俺はどうしても好意的に見ることはできなかった。



44


 「サーシャ、もう少しの辛抱じゃ」


 毛布に包まれ、頬を上気させ苦しそうにあえぐ少女、サーシャに紫の髪の少女(というよりは幼女)マーズが優しく語りかける。

 マーズの絶え間ない『解毒』の魔法のおかげで、本来ならすでに死んでいるはずのサーシャもいまだに生き永らえている。時間が過ぎるごとに全身を毒に蝕まれる中でも生きていられるのは、ひとえにマーズが『神祖』と名乗る最高位の吸血鬼であるからだろう。


 「もうじきヨシミツが帰ってくるはずじゃ。お主をこんな目にあわせた者を連れて帰ってくる。それまでは耐えるのじゃ」


 「うん、わかった……」


 

 そして、異変は突然にやってくる。


 マーズは何か物が倒れる音を聞いた。それは焚き火の方、もう一人の仲間であるレットが食事を作っている方向から聞こえてきた。


 「少し、待っているのじゃ」


 サーシャの周りに『防壁』の魔法を展開して、マーズはレットのもとへ向かった。


 

 「レット!!」


 普段は冷静なマーズが叫んだのも無理はない。レットは焚き火のそばにうつ伏せで倒れていたのだ。もしもう少し右に倒れていたら、レットはひどいやけどを負ったに違いない。

 そして何よりも、レットが倒れたという事実がマーズの心を揺らした。もしやレットもあの毒矢を受けていたのだろうか?


 幸いにもマーズの心配は杞憂に終わった。レットはすぐに立ち上がり、しっかりとした足取りで歩き始めた。


 「まったく、驚かせるでない。もしやあれか? お主また何もない所で転んだのか?」


 

 対するレットは無言だった。無言でただひたすらに歩みを進めて、ついにはマーズの横をも素通りしよう

とした。そんなレットの前に立ち、マーズは問いかける。


 「おいレット、返事くらいせぬか。大体どこへ行くのじゃ? まだ料理の途中であろう?」


 

 

 しかし、レットはその質問には答えない。代わりにうわごとのように何かをつぶやくだけだ。マーズはそのつぶやきをようやく聞きとることができた。


 「行かないと」


 「ん?」


 「早く行かないと。あの人がレットを待っている」


 「レット、どうしたのじゃ。一体何が起こっておるのじゃ」


 「行かないと、早く行かないと。『適合者』がレットを待っている」


 「『適合者』? ヨシミツがお主を呼んでおるのか?」


 「行かないと、早く行かないと」


 


 「キョウヤ様がレットを待っている」


 その瞬間、レットを黄金の光が包み始めた。あまりの眩しさにマーズは思わず目を閉じてしまう。

 そして再び目を開けた時、レットはその場から消えていた。


 「レット、どこへ行ったのじゃ! キョウヤとは一体誰じゃ!」


 マーズの声に答える者はいない。

 心中穏やかではないが、慌てていても時間はただ過ぎて行くだけだ。マーズはひとまず状況を整理することにした。


 そしてふと、あることを思い出す。


 「レットは確か、『聖剣の適合者』の守護妖精だったはずじゃ」


 知らない名を呟き消えたレット。あまりに唐突な異常だが、マーズが答えにたどり着くのは早かった。 


 「まさか……」


 ヨシミツの身に何か起きたのでは。

 まさか。そう笑い飛ばしたかったができなかったのは、あまりにもヨシミツの帰りが遅いからだ。


 

 一度浮かんだ疑念をそう簡単に払うことはできない。仲間二人のうち一人は毒に侵され、もう一人は失踪した。深い精神的なダメージを受けたマーズは、これ以上ヨシミツを待つ気にはなれなかった。


 「答えは、あの森にあるはずじゃ」


 もう一度サーシャのもとに行くと、彼女は眠っていた。熱も少し下がったようでマーズはほっと自分の胸をなでおろす。


 「すまぬ、どうしても行かなければならぬのじゃ」


 マーズは『召喚』の魔法を使い彼女の眷属、黒い鎧を着た魔物を二体呼び出した。


 「わらわとレット、そしてヨシミツ以外は決して近付けるな。サーシャに何かあればすぐ報告するのじゃ」


 鎧を着た魔物はうなずき、その手に真っ黒な剣を出現させた。


 「すぐに戻る」


 聞こえてはいないだろうが、マーズはサーシャに声をかけ、森へと急いだ。


 




 「行かないで……」


 そのか細い声がマーズに届いていれば、果たしてどうなっていただろうか。

 

 

 

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