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第二話 救いの女神降臨


 目が覚めた。辺りがぼんやりと明るいから、もうすぐ日の出なのだろう。とはいっても、今の俺に時刻なんて関係ない。タートの門の前に来てからの三日を、俺は水を飲むか矢を作るか、あるいは寝るかして過ごしていた。

 今の俺は空腹ではない。だってそうだろう。空腹というのは満腹と比べて腹が減っている、特別な状態を指す言葉だ。今までずっと空腹で、おそらくこれからもそうなら、今の俺の状態は空腹ではなく普通なのだ。空腹でないのだから、俺の腹は減っていない。つまりまったく問題なしということだ。


 と、明らかに思考がおかしくなるほど俺は衰弱していた。今はまだ自分の異常さに気付けるからいいが、もし本当に狂ってしまったら…… いやいや、気を強く持て俺! 俺の未来は俺にかかっているんだぞ!

 冗談はさておき、この状況は本当にまずい。打開する方法はいくつか考えたが、全部諦めた。

まずは盾に乗り、壁を越えて町の中に入るという方法だ。だがこれは論外だ。門番はずーーーっと門の前にいるし、壁の上にも常に誰かがいるのだ。

 二つ目は物々交換で二万ユピトを手に入れるという方法だ。だが、三着合わせても、俺の服に二万ユピトを払う人などいなかった。矢の方は欲しいという人がいたのだが、なんとこの矢は俺にしか扱えないようで、手に取った瞬間にその人は倒れた。矢がものすごく重かったらしいが、抱えている荷物の量をみると、俺と比べてその人の力が弱いなんてはずがない。恐らく他の神器も俺以外が持つと急に重くなるのではないだろうか。

 ああ、手詰まり! くそう、腹が減ってきた。もう我慢できない、水を飲もう。

 俺の命をつないでいる、タートへ流れ込む水路は人の手によって整備されているようでかなり大きい。だんだんと、しかし確実にここを訪れる間隔が短くなっていることに恐怖を覚えていると、ふと思いついた。


 ……この水路を泳いで行けば、タートの中に入れるのでは?

 いやいやいやいや、待てよ俺。監視されているのを忘れたのか? 止められるに決まってんだろ。それに例え監視がなくても、どこにつながっているかわからないんだぞ? 冷静になれって。この先が下水道とかだったらどうすんだよ。

 いやでも、ちょうどいい広さだぞ? しかもそんなに深くないし。これはイケるんじゃないかなあ。絶対これ人が通るために作られてるって。

 

 あの水路にいるともう一人の自分の誘惑を振り払えそうにないので、俺は門の少し近くに行き、門を恨めしげに睨みつけた。目の能力を使い、門番の一人一人を順番に、かなりズームしてしっかりと睨みつけた。なんとなく町に入る人の列に目をやると、明らかに人間ではない姿の奴らも混ざっている。ふーん、カーケル大陸にはいろんな人(?)がいるんだなあ。

 門を見ながらしばらくぼーっとしていると、また腹が減ってきた。このまま飢えを水でしのぎ続けていれば際限がない。まだ日の出からそう時間は経っていないが、もう寝ることにしよう。どうせ空腹で動けないんだし。

 目を閉じると、さまざまな思いがこみ上げてくる。俺はここで終わりなのだろうか。一度失った命を拾われて来たのに、まだこの世界のことをほとんど見ていないのに、魔王を倒すという使命があるのに、ここで死ぬのだろうか。これは魔王退治を人任せにしようとした罰なのだろうか。

 ごめんなさい、これからは観光のついでに魔王退治じゃなくて、魔王退治と観光を同じくらいの割合でしますから。

 いつの間にか、俺の意識は闇へと落ちて行った。



 「ね、ねえ、生きてる……よね? ま、まさか間に合わなかった!? ああ……ボクは一体なんてことを」


 その声で俺は目を覚ました。誰かが近くにいるようだ。声を聞く限りでは女のようだが、自分のことを僕と言うなら男か?


 「ああ、やっぱり昨日声をかければよかったんだ。もっと早く勇気を出してればこんなことには……」


 その人物の声が泣きそうなものに変わった。俺が死んでいると勘違いしたようだ。このままだと埋葬されそうなので俺は起き上がり、その人物の方を向いて無事を伝えた。


 「俺は死んでいないぞ、大丈夫だ。いや、大丈夫ではないんだけど」


 俺の返答を聞いて、その人物は安心したらしい。ほっとしたように胸をなでおろした。ちなみに、胸がかなり膨らんでいるからこの人は女だった。


 「ああよかった! 寝てただけなんだね。あまりにも顔色が悪かったからつい声をかけちゃった。起こしちゃってごめんね?」


 棒読みだ。最初の「ああよかった」以外はお手本のような棒読みだ。

 ていうかこの髪の毛が赤い女は一体何なんだ?

 俺がそう思うのも無理はないだろう。何せこいつの頭の、耳より少し上の所に立派な角が一対生えているのだ。それだけではない。こいつには尻尾も生えている。空腹が見せる幻覚だろうか。それはともかく、こいつが俺に声をかけた理由が「つい」でないことは確かだろう。何が目的なのだろうか。


 「なあ、一体なんで俺に声を――――」


 「そ、その様子だとお腹空いてるよね! 今日は偶然、ホントにたまたま食べ物をたくさん持ってるから、これあげるよ!」


 そう言って彼女は、肩から下げたかばんから袋を出して俺に差し出した。その袋を受け取り、開けると中には丸いパンのようなものが五、六個入っていた。

 食べ物だ!

 俺の目がそれをとらえた瞬間、脳内で爆発が起こったように感じた。欲望がとめどなく溢れてくる。

 食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい


 「ありがとうございます!」


 彼女への疑念など捨て去り、俺は夢中でパンをむさぼった。


 


 

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