第十三話 勇者進撃
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森の見回りは、ゴブリンとエルフと比べて身体能力が高い傾向にあるオークの任務だ。そういうわけで、ある若いオークは森の西側を見回っていた。
しかしその若いオークは、右手に持った棍棒を見て思わずため息を漏らしてしまう。理由は当然、最近この森に現れるようになった勇者だ。若いオークは自分の腕に自信があったが、以前自身の兄と父親を勇者に殺された時、自分では勇者に一撃当てることさえ困難だと気付かされた。
本当は見回りなんてやりたくはなかった。若いオークはそう考えているが、優秀なオークの戦士がほとんど殺された以上は仕方のないことだった。
ぱきり、と枝が折れる音が聞こえた。若いオークは自らの不幸を嘆いた。その音は明らかに自分が出した音ではなく、獣にしては軽すぎる。その音を聞けば、人間に近い大きさの生き物が近くにいると予想できるだろう。
そしてまた、ぱきりと音がした。
(さっきよりも近い……!)
それは、足音の主がこちらに近づいている証拠だった。自分の体が、恐怖によって震えているのがわかる。それでも誇り高きオークの端くれとして、ただ怯えているわけにはいかなかった。
「何者だ! そこにいるのはわかっているぞ!」
答える声はないが、葉や枝を踏む音は止まらない。あと数秒でお互いに視界に入るだろう。もしかしたら、相手はもうすでに若いオークを捕捉しているかもしれない。
若いオークは棍棒を地面に置く。自分がするべきことは戦うことではないとわかっているからだ。首に紐でぶら下げた小さい笛を口にくわえ、足音の主が姿を見せるのをじっと待つ。
そして輝く剣を持つ人間の男が正面から姿を現した瞬間、若いオークは肺の中の空気を全て使い笛を吹いた。
甲高い笛の音を聞き、男が剣を振り上げている光景を見ながら、若いオークは集落に残してきた母親と妹のことを思い出していた。
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「これ以上は進ませないぞ!」
さっきからやたらと襲われるのは、やっぱりあのオークの笛が合図になってたんだろうか。いや、そんなことはどうでもいいか。万が一のことを考えて『第二解放』までしているおかげで、襲いかかってくるオークとゴブリンは一撃で殺されていく。エルフにはあまり手を出したくなかったけど、魔法がうっとうしいから気絶させることにした。
俺が目指しているのは森の中心部の大きい集落だ。『探知』の魔法で確認したところ、そこにはたくさんのエルフ、オーク、ゴブリンがいることが分かった。きっとここに、俺達を攻撃するように指示を出した「何か」がいる。俺はそこに行って、サーシャに毒矢を喰らわせた張本人を見つけ出す。
俺が決意を新たにしていると、突然一帯の空気が変わった。
「勇者よ、同胞が世話になったな」
まさしく巨漢と呼ぶにふさわしいそのオークが、この空気をもたらしたということは明らかだった。
「お前は誰だ?」
「私はオークの長、名はガイアという。貴様の罪、数多のオークとゴブリンを殺した罪をその命で償ってもらうぞ」
ガイアと名乗ったそのオークは、左手に持った大きな斧を正面に構えた。
その自信ありげな態度の通り、こいつの魔力量はすさまじく多い。しかし、俺の目はオークが持っている斧に奪われていた。間違いない。あれこそが、俺が探していた神器『軍神の斧』だ。魔王を倒すためには『聖剣』がありさえすればいいのだが、「自分たちも役に立ちたい」とレットとサーシャが言ったため、二人が使える神器を探している最中なのだ。
思わぬ幸運に、俺は思わず笑ってしまった。サーシャにいいお土産ができた。こいつを殺して、毒を持った奴を見つけて、それで万事解決だ。
「死ぬのはお前の方だ。薄汚いオークなんて、この剣の錆にしてやる」
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ガイアは強かった。具体的に言えば、『第三解放』の状態の俺と互角だった。それはつまり、『第四解放』した俺には手も足も出ないということだ。
「『第四解放』」
俺の宣言によって、ステータスが四倍に跳ね上がる。そうなればもう、後はこいつを圧倒するだけだ。
「がはっ……!」
焦ったガイアの大振りの一撃を避け、俺は『聖剣』をその無防備な腹に深々と突き刺した。
しかし、追撃を加えようと剣を引き抜いて横に振ろうとすると、突然現れた盾に阻まれてしまった。
「何!?」
こいつ、こんなものを隠してやがったのか! 俺は警戒して後ずさる。『第四解放』で斬れないとなれば、あれは間違いなく神器だ。きっと『収納』を使って取り出したのだろう。それにしてはこいつが魔法を使った形跡が見られないのだが、重要なのはそこじゃない。
こいつが他にも神器を隠し持っている可能性を考えると、殺すのには想像以上に時間がかかりそうだ。となると、神器の回収は後にした方がいい。サーシャは今も毒で苦しんでいるのだから。念のため、ガイアには『拘束』の魔法をかけておいて、俺は急ぎ足で森の中心の集落へ向かった。
「う、ぐう……。あの盾は一体どこから?」
後ろで何かうめき声が聞こえた気がしたが、はっきりとは聞き取れなかった。




