第十二話 再びタートへ
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「森を出るためには許可が必要。少し時間が欲しい」
何やら言っているキクルに対して俺が言うべきことは一つ。
「いや、ついてくんなよ」
謁見という名の王への挑発を終えて王の住む屋敷の外に出ると、門のそばでキクルが待っていた。
王と何を話したのかと聞かれたので、依頼を受けてこれから準備のために出かけるということを伝えた。それを聞いてなぜかキクルはついて来る気になったらしいが、別にこいつに来てもらう理由はないのだ。許可が出るまで待っている時間が無駄になってしまう。
「ていうか、本当について来るつもりなのか?」
キクルがついてきたがる理由が思い当たらなかった俺は、素直に尋ねることにした。
「あなたに逃げられれば、責任を問われるのは私」
「なるほど」
ごもっともな理由だ。よく考えると、キクルはやりたくもない俺のお世話係をやらされていることになる。俺にとって四六時中キクルが側にいるのは苦痛でしかなかったが、こいつも同じだったのかもしれない。
何故こいつが俺の世話をやらされているのか、その理由は知らないが特に気にもならない。どうせ後数日の付き合いなのだからどうでもいい。
「どうしても来たいなら瞬間移動でもすればいいだろ」
俺はそう言って、『収納』していた『大空の盾』に乗り、森の外へ向けて出発した。
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出発して数時間経ち、ようやくタートが見えてきた。強い日差しが照りつけているから疲れてしまったしもう水は残っていないので、少し迂回して川の近くで休憩することにしよう。
「本当に来たのか、キクル」
休憩できたのも短い時間だけだった。突然背後にキクルが現れたからだ。
「予想より遅れた」
「あっそ」
キクルが来たからには、あまりのんびりしているわけにもいかないだろう。俺が急がないといけない義理はないのだが、それでも不信感を抱かれるのはよくない。俺は立ち上がり、再びタートへ向かって歩き始めた。
「あの盾を使わない理由を教えてほしい」
「……」
歩き始めて数十分、キクルはそんなことを俺に聞いてきたのだが、俺は思わず唖然としてしまった。
「あれ? お前にこの盾を見せたことってあったっけ?」
「!」
お前、俺の記憶が消えてる(ことになっている)ことを忘れてただろ!
「まあ、俺が忘れてるだけか」
仕方がないので俺からフォローを入れておくことにする。これ以降、キクルが盾の話題を出すことはなかった。
ここで会話は打ち切られるはずだったが、一つだけ気になることがあったので、キクルに聞くことにした。
「何で勇者は『収納』を使わないんだろうな」
「『収納』?」
「ああ。あいつはな、持ってる剣をずっと腰に下げてるんだ。あいつくらい大量に魔力があったら『収納』が使えると思うけど、わざわざ持ち歩くなんて面倒なことしてるのは何か理由があるのか?」
俺は剣を持ち歩いたことがないから、腰に下げた剣がどれくらい邪魔なのかを知らない。もしかしたら気にならない程度なのかもしれないが、『収納』しておけば盗まれる心配もなくなるのにそうしない理由なんてあるのだろうか。当然、「勇者は『収納』の魔法を使えない」と言われればそれまでなのだが。
「それは、恐らく勇者の持つ『聖剣』が原因」
「へえ……」
返答を期待していない、ほとんど独り言に近い質問だったが、どうやらキクルには理由がわかるらしい。対勇者の作戦は思いついているのだが、情報は一つでも多い方がいいに違いない。俺は少し歩くペースを落として、キクルの話に耳を傾けた。
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「やっと着いたな」
早朝に森を出てからかなりの時間が経った。太陽の位置からすると今は昼だろうか。タートから森へ行くのに一日以上はかかったことを考えると、今回はかなりのハイペースだったと言える。やはり途中でキクルの瞬間移動を使ったことが大きな要因の一つだろう。
俺は『収納』していたタートの住人の証である腕輪を取り出し、右腕に着けた。門を見る限りでは俺が知っている騎士はいないようなので一安心だ。万が一にも、俺がこの町に来たことを知られてはならない。当然だ。
俺がこれからすることは犯罪なのだから。
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「勇者の力は、全て『聖剣』によって与えられたもの。神の加護と言い換えることもできる。『収納』によって異空間に移動させてしまえば、その力は失われる。だから、勇者が『聖剣』を『収納』するようなことはない」
俺の質問に対するキクルの答えは非常に簡潔だった。理屈はいまいちわからないが、要するに地下にいると電波が届きづらくなるのと同じことだろうか。
「じゃあ、作戦変更だな」
キクルが言うことが本当ならば、別にタートに来なくても勇者をどうにかできた。今から引き返してもいいのだが、勇者以外にも厄介な奴がいたことを思い出す。『神祖』のことを考えると、やはりタートには行かないといけないだろう。
「……一つ、質問がある」
「質問?」
「あなたの話を聞く限りでは、あなたが勇者と戦うつもりだと感じられた。それは……」
「お前が思った通りだ。最初は説得しようと思ってるけど、多分戦わないといけなくなる」
「……勇者と神祖は強い。そして残りの二人に対しても、あなた一人ではきっと何もできない」
「ああ、知ってる」
「……なら、一体どうやって」
「何だお前、心配してるのか? いいよ、気にすんな。だって」
「勇者はともかく、神祖と戦うのは俺じゃないからな」




