第十話 誰かのための、あるいは自分のための決意
23
「さあさあ、森で採れた新鮮な果実です。おっしゃってくださればいくらでも用意いたしますよ」
王との謁見を終えた俺は、豪華な部屋に招かれていた。かなりきわどい衣装を身にまとったエルフの女が大勢周囲に控えているが、食事をしている俺にとっては正直邪魔である。
こいつらの魂胆はわかっている。要するに俺にいい思いをさせて、王の依頼を受けさせようということだろう。
さて、その依頼についてだが、俺はかなり迷っている。まず勇者がルール違反をしていることは疑いようのない事実だ。魔王という大きな脅威が近づいている中、同盟の結束を乱すような行為は当然咎められるべきだ。人間と森の種族との不和は魔王との戦いの上で損にしかならない。だが、個人的にこの森の連中のことが気に食わないという思いが、王の依頼をひとまず保留にした理由だ。自分たちにとって都合が悪いことは隠そうとする隠蔽体質を、俺はどうしても受け入れることができない。しかし、気に食わないという点では勇者とその仲間たちも同じだ。依頼を断れば、勇者たちはまた好き放題に暴れまわるだろう。その光景を想像するだけで腹が立って――――
……あれ、腹が立たない。なんでだろう。
ああ、そうか。俺、この森がどうなろうがどうでもいいって思ってるのか。
24
すっかり日も暮れ、俺は大きなベッドがある寝室に案内された。そこには謁見している間姿が見えなかったキクルがいたのだが、彼女も先ほどの女たちと同じようなあまり肌を隠せていない衣装を着ていたので驚いた。
「今晩も同じ部屋で寝ないといけないのか?」
「その通り」
出かかった舌打ちを何とかこらえる。王はキクルを使って俺にハニートラップを仕掛けたいようだが、どう考えてもキクルでは力不足だ。十年早い。ハニートラップとはもっと色気のある女がやるものではないだろうか。まあ、仮にもっと女性らしい体つきの女がいても俺は手を出すつもりはない。一時の快楽のために人生を棒に振った男を俺は何人か知っているからだ。
「お前、そんな恰好で恥ずかしくないのか?」
「……」
少し気になってそう聞いてみたら、キクルはうつむいて黙ってしまった。
「ねえ、本当にさっきの人間が『神の使者』なの?」
「王様の話だとそうらしいわよ」
「え~、絶対嘘だよ。あんなの私でも勝てそうだもん。もしかして王様騙されてるんじゃない?」
「ちょっと、誰かに聞かれてたらどうするの?」
「いいよ別に。それよりさあ、どうして私たちがあの人間をもてなさないといけないの?」
「それも王様の指示で……」
「あーあ。『神の使者』と話せるって言うから張りきって来たのに、なんだかがっかり。あの程度の魔力しかないなら、どうせ勇者に勝てないよ」
「……」
「ていうかさ、こっちは怪我したあの人間を助けてあげたんだから、頼みごと位すぐに引き受ければいいのに。保留にするなんて何様なんだろうね」
「ねえ、ちょっと」
「きっと大して役に立たないんだから、せめてさっさと引き受けるくらいすればいいのに」
「ちょっと待って!!」
「……何? 急に大声出して」
「もしかしたら、今までの話全部聞かれてたかもしれない」
「……嘘でしょ?」
「……本当かもしれないよ。さっきまで近くに二人いたから」
というようなやり取りを聞きながら、俺はその部屋、さっきまで夕食をとっていた部屋から寝室へ向かって歩き始めた。ちなみに会話をしていたのは、俺をもてなしていたエルフのうちの二匹だった。この大きな屋敷を探検していたら、とんでもない場面に遭遇してしまった。
「……エルフ全員が、あなたのことをああいう風に思っているわけではない」
キクルが取り繕うようにそう言ったが、実際は違うだろう。エルフたちにとって、いきなり現れた俺は不愉快な存在でしかないはずだ。それに、森の種族で真実を知らされているのはごく限られているだろうから、あの言い分も納得できる。
「同族の無礼を謝罪させてほしい。あなたが乗り気ではないことはわかっている。けれど、私たちはあなたを頼るしかない」
本当にそうだろうか。王の口ぶりからすると、「上手く行ったら儲けもの」くらいにしか思っていないようだった。
だが、俺はもう王の依頼を引き受けると決めていた。正確に言えばたった今決めた。
「キクル」
「……?」
「俺、やるぞ」
「え……?」
「勇者をどうにかしてみるぜ。正直断ろうと思ってたけど、気が変わった。やっぱり同盟相手を見捨てるのはよくないからな」
「そ、そう」
キクルは困惑しているようだが、それも当然だろう。他人は俺の決意のことを突拍子もないと思うに違いない。
森の種族に協力するのは嫌だが、勇者を放置すれば魔王が得をするだけだ。だから俺は勇者を止める。だが、森の種族をいい気にさせるのも気に食わない。
そして今、勇者にお灸をすえつつ、エルフたちに怪我をさせられた仕返しができる素晴らしい作戦を思いついた。準備に手間はかかるだろうが問題ない。そもそも俺が急がないといけない理由なんてないのだ。勇者による被害が広がろうと、俺には関係のないことだ。
明日、早速王に依頼を引き受けることを伝えよう。
「よし、じゃあ寝るか」
いきなり上機嫌になった俺を怪訝な目で見ながら、キクルが後ろをついてくる。そんなことは気にもしないで、俺は寝室に着くとすぐにベッドに入るのだった。
真実を知らないあの二匹のエルフたちの言い分は納得できる。納得はできるが、だからといって許せるかどうかは別問題だ。
25
「みんな、ごめん。私、迷惑掛けてばっかりだね」
「そんなことはありません!」
「そうじゃ。わらわたちは、迷惑だなんてこれっぽっちも思っておらぬぞ」
サーシャが毒矢を射られた後、俺達はすぐに森の近くのキャンプ地に戻った。俺とマーズが急いで『解毒』の魔法をかけたが、サーシャの元気はまだ戻らない。
「やはり本人の『解毒』でなければ時間がかかるの」
サーシャが寝た後、マーズがそう話を切り出した。
「本人?」
「そうじゃ。矢も毒も、何者かの魔法で作られたものじゃ。わらわとヨシミツの魔法をかけ続ければいずれ治るが、こ奴はかなりの使い手じゃからな。完全に治すにはなかなかに手間がかかる」
「こ奴」とは、毒を作った者のことを言っているのだろう。
「じゃあ、そいつを連れてくればいいんだな?」
「まあ、そういうことになるのう」
マーズの返答を聞いて、俺は柱に立てかけてあった『聖剣』を腰に下げ、テントを出ようとした。
「ヨシミツ様、まさかお一人で行くつもりですか?」
不安そうにレットがそう尋ねてくる。
「ああ、そうだけど」
「そんな、駄目です! サーシャさんだけでなく、ヨシミツ様にまでもし何かあったら、レットは一体どうすれば……」
「レット、そんなこと言わないでくれ。大体、俺の強さはレットもよくわかってるだろ?」
「そ、そうですけど」
「行かせてやるのじゃ、レット」
レットをどう説得しようかと悩んでいると、マーズが助け船を出してくれた。
「ヨシミツ、サーシャのことはわらわに任せるがよい」
「……ありがとう。マーズ」
「なあに、気にするでない。帰って来たときに血を吸わせてさえくれれば、わらわは何だってできる」
「……まあ、血くらいならいいけど」
マーズの、隙あらば血をねだってくる性格はどうにかしてくれないだろうか。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「ヨシミツ様、絶対に無理はしないでくださいね」
「ああ、わかってる」
今にも泣きそうなレットの頭をなでると、少し安心してくれたようだ。
腰に下げた聖剣の感触を確かめる。
ヒロインに手を出した悪役がどんな目に会うのか、その身に思い知らせてやる。
嫌なやつばっかり出てくるから筆が進みません。いい人ばっかりのタートに帰りたい……




