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第九話 森の王

21


 「人間よ、突然呼び出してすまないな」


 「い、いえ、お気になさらずに……」


 「そうか。怪我の具合はどうだ? かなりの重症だと聞いていたが」


 「ええ、怪我は完治しました。キクルさんの治療のおかげです」


 「そうか、それは何よりだ。貴様ら人間は、我々森の種族の大切な仲間だからな」


 「ははは……」


 歩くこと数十分、たどり着いた集落は、ガブリが住んでいる集落とは比べ物にならないほどに規模が大きかった。

 到着するとすぐに、集落の中心にある木造の巨大な建物に招かれた。ここに王様が住んでいるらしい。確かに、他の建物と違ってかなり豪華に作られている。

 そして、俺は今その王様に謁見している。王様と話すなんてことは初めてなので、何か失礼を働いていないかどうか不安だ。


 「人間よ、いつまで頭を下げているのだ。そうもかしこまられると話がしにくい。森の王である我が許す、面を上げよ」


 「は、はい。それでは失礼します」


 俺がずっと下を向いていたのには理由がある。森の王を直視したくなかったからだ。だってそうだろう。人間の言葉を話す狼なんて見たら、びっくりして何も考えられなくなってしまう。声を上げるのをなんとか我慢できてよかった。


 


 「人間、貴様をここに呼んだのには理由がある」


 喋る狼、森の王は重々しい声でそう言った。


 「そのエルフから話は聞いているかもしれないが、我々は今『勇者』と名乗る人間に手を焼いている」


 「ええ、存じ上げております」


 敬語の使い方はこれであっていただろうか。いやそれよりも、やはり王の頼み事は勇者に関することのようだ。


 「かつて魔王を倒した偉大な勇者の名を騙る愚か者はいくらでもいたが、あやつの力はまさしく勇者カケルに匹敵するものだ」


 勇者カケルの実力がどれほどのものか俺には分からないが、あの勇者がとんでもなく強いことはわかる。あの大群を前にして実力を隠すだけの余裕があるのだから、ただ者ではない。


 「その上に、あやつが従えている四人の女もなかなかに厄介でな。そのうちの一人に『神祖』がいるのだ」


 神祖という単語がまた出た。俺はさっぱり思い当たらないのだが、この世界では常識だったりするのだろうか。だが、そこを曖昧にしたままで話を聞くのはまずい。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。


 「大変申し訳ありません、王様。その『神祖』というものについて教えていただけないでしょうか」


 「……ほう。『神祖』を知らないとは、貴様一体どこの田舎の出身なのだ? まあよい」


 意外にも、王は快く神祖について教えてくれた。もっとも、その内容はあまり受け入れがたいものであったのだが。


 『その肉体は永遠。並みの攻撃では傷一つ負わず、肌の一片でも残っていれば即座に蘇る』

 『その知識は無限。あらゆる魔法を使い、世界の理さえも捻じ曲げてしまう』

 『その性質は残虐。己以外の全てを認めず、世界全てを敵に回すことさえ厭わない』


 これは王が吟じた、神祖に関する詩だ。古くから伝わる詩らしいが、もしこの詩の内容が真実なら、神祖というのはとんでもない化け物だということになる。



 「さて、話を戻そうか。勇者の行いによって数多くの森の民が殺された。勇者が同盟に違反している以上、これ以上放置するわけにはいかないが、我々はかつて人間と戦争をしていた。もし勇者をいたずらに傷付けるようなことがあっては、せっかく築きあげてきた人間との信頼が崩れ去ってしまう」


 実に利にかなっているように聞こえるが、王は間違いなく本音を話していない。『大地の瞳』で見た限りでは、俺への行いを隠蔽するように指示を出したのはこいつだ。よくもまあ、そんなに真剣な顔で嘘を言えるものだと俺は感心した。それはやはり王に必要な技術なのだろうか、と思ったが、そもそも狼が嘘をついた時の表情なんて俺にわかるはずがなかった。


 「そこでだ人間。貴様には、勇者をどうにかしてもらいたい」


 「……どうにか、とは?」


 「言葉通りの意味だ。ありとあらゆる手段を用いて、勇者の行いを止めて欲しいのだ」


 ああ、やっぱり。キクルが言ったことは王の指示だったようだ。

 ここに来るべきではなかった、と俺は思った。どんなに非常識な頼みでも、面と向かって頼まれるとやはり断りづらい。それでも簡単に引き受けるのは癪なので、俺は一つ質問をすることにした。


 「一つ、質問をしてもよろしいでしょうか」


 「許す。言ってみるがいい」


 「どうして、私のような弱い人間にそのようなことを依頼するのですか?」


 自分のことを「私」というのは一体何年振りだろうか。

 俺の質問を受けて、これまで流暢に話していた王の言葉が一瞬止まった。言ってもいいことと悪いことが何かを考えているのだろうか。


 「そうだな、貴様には不自然に思えるだろうが、我々が貴様が適任だと判断した理由は二つある」


 一瞬答えに詰まったことなどなかったかのように王はそう言った。


 「一つ目は、貴様が人間だからだ。勇者は何か我々に対して大きな誤解をしているようでな、同じ人間の言葉なら聞くかもしれないという意見があった」


 勇者は俺に対しても大きな誤解をしているのだが、そのことを話すのは後でもいいだろう。今は二つ目の理由が気になって仕方がない。


 「二つ目は、貴様が勇者と同じ『神の使者』だからだ」


 「カミノシシャ?」


 「そうだ。勇者も貴様も、ここではない別の世界からやって来たのだろう? そうであれば、貴様も神からの恩恵を受けているということになる。ならば、たとえ見かけが弱く見えたとしても、勇者に対抗できるはずだ」


 カミノシトという言葉の意味はよくわからなかったが、それどころではない。開いた口がふさがらないとはこのことだ。どうして俺が別の世界から来たことを知っているのだろうか。別に隠していたわけではないが、誰かに伝えたこともないはずだ。


 「ちょ、ちょっと待ってください! どうして、俺がその『カミノシシャ』だと思ったんですか!?」


 「なあに、簡単なことだ」


 慌てて尋ねた俺に対して、王は冷静だった。


 「貴様の靴に使われているのは、この世界にはない技術と素材だからな」


 「……あ」


 

22

 

 「王よ、あの人間は我々の頼みを聞くでしょうか」


 「ああ、間違いなくあいつは引き受ける」


 「何故、そうお考えになるのですか?」


 「決まっている」




 「あの人間は、我々に恩を感じているに違いない。何せ森に倒れていたところを助けられたということになっているのだ。とすれば、断るわけにはいかないだろう。人間というのは、『不義理』を極端に嫌うからな」


 「それでは、あの人間が答えをいったん保留としたのは?」


 「すぐに引き受けたとなると、周囲に『自分は安い人間だ』と宣言しているようなものだからな。不義理を嫌うのが人間なら、侮られることを嫌うのもまた人間だ」


 「なるほど。実に愚かな生き物ですな、人間とは」


 「ああ、まったくだ」



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