第四話 監視少女
これからも更新は不定期になります。
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「もう痛みはない?」
「あ、ああ」
俺の前に座るや否や、少女は俺にそう尋ねた。ずいぶんと無感情な声で、表情にも変化が見られない。
「そう、よかった」
「よかった」って、お前たちが俺を怪我させたんだろうが! なんて言えるはずがない。
「治療してくれたんだろう? いやあどうもありがとう」
俺は適当に愛想笑いをしながら考えた。この少女は何をしにここに来たのだろうか?
すぐに思いつく理由としては俺の監視、あるいは記憶があるかどうかの確認が挙げられる。しかし、こんなに若い少女にそんな仕事を任せるだろうか。
「……私が治療したことを覚えている?」
少女の不安そうな声を聞いて、俺は彼女が来た目的を察した。間違いなくこの少女は俺の記憶の有無の確認に来たのだ。
当然、俺が過去のことを知っていることは言ってはいけない。
「いや、覚えてないけどゴブリンから聞いたんだ」
「そう……。お礼は必要ない。私は当たり前のことをしただけ」
「はあ、そう?」
子どものくせにまるで機械のような話し方をする奴だ。瞳からは生気が感じられない。体調でも悪いのだろうか。
「それで、お前は何でここに来たんだ?」
理由はもうわかってはいるが、聞かないと不自然に思われるかもしれない。向こうの話に合わせるためにも、この質問は必要不可欠だ。
「……それを言う前に、あなたの名前を教えて欲しい」
「名前? 俺は矢羽だ」
「わかった。私はキクル。見ての通りのエルフ。今からあなたの身の回りの世話をすることになった」
「……は?」
こいつは今なんて言った? 俺の世話だと? 冗談じゃない。何でこんな小さい少女に世話されないといけないんだ。
「いや、いらない。自分のことくらい自分でできるぞ、俺は」
「……これはもう決まったこと。王様直々の命令だから、私に抗議しても無駄」
「ええ……」
王様とやらの意図がまったく見えてこない。一体何がしたいのだろうか。
だが、どうせ泉を見たらすぐにこの森から出ていく予定だったのだから、そんなに気にする必要はないのだ。そう考えると少し気持ちが前向きになった。
「まあいいか、これからよろしく。ええと……」
「キクル」
「そう、キクルだ」
平坦な声と変化に乏しい表情を見て、やっぱり嫌だなと思ったのは秘密だ。
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「はあ……」
ため息が出るのも無理はないと思う。俺に挨拶をした後、キクルはずっと俺につきっきりなのだ。今も、ゴブリンの集落の散策に出かけた俺の後ろを歩いている。
「今のでため息は五回目。何か不満があるなら言ってほしい」
「いや、不満はないよ。ただ空気が美味しいなあと」
「……そう」
しいて言えば彼女の存在自体が不満だが、それを言ったところでどうにもならない。後ろから聞こえる足音は無視して、この散歩を楽しもう。
それにしても、どうして俺はこんなにも注目を集めているのだろうか。集落にいるゴブリンは俺を指さしてはお互いにひそひそと話していて、非常に感じが悪い。話を聞こうと近付くと、そそくさとどこかへ行ってしまうので理由を聞くこともできない。そんなに人間が珍しいのだろうか。まさかエルフを珍しいとは思わないだろうし。
かなりゆっくり歩いても、集落を一通り回るのにあまり時間はかからなかった。ゴブリンの体はかなり小さいから集落の家々も小さいが、家を建てる技術は人間と大差ないようだ。
今日のところはこれくらいにして、ガブリの家に戻ろう。太陽が高く昇っているのでおそらく今は昼だ。今から泉に行くと、どんなに急いでもこの森を出るのが夜になってしまう。ガブリに挨拶をしたら家を出て、今日は集落の近くで野宿をしよう。泉へは明日の早朝に出発すればいいのだ。
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「おかえり、二人とも。ちょうどご飯ができたところだ」
家に戻るとガブリが俺達を出迎えた。どうやら昼食の時間のようで、家の奥からは元気な声が聞こえてきた。ガブリ夫妻の子どもが帰って来たのだろうか。
俺は空腹だが、これ以上お世話になるわけにはいかない。というか一刻も早くゴブリンやエルフから距離を取りたいので、俺はせっかくのお誘いを断ることにした。
「いや、ご飯はもらわないよ。俺は挨拶に来たんだ。もうこの森を出るからな。今までありがとう」
俺がそう言うと、その場にいたキクルとガブリは激しく動揺した。
「な、なぜだ!? 何か俺達に不満でもあったか!?」
「……まだあなたが森に来てから少ししか経っていない。もう少しゆっくりするべき」
俺はどうしてこいつらがこんなに必死に俺を引きとめるのかが理解できないが、二人はそんな俺をよそに続けた。
「大体、ヤバネがこの森に来たのには目的があるんだろう? この森のことなら俺達にも手伝えることがあるはずだ。どうだ、何か協力して欲しいことはないか?」
「まずはこの森に来た目的を説明してほしい」
二人(?)が俺に詰め寄るので、この森に来た理由、泉を見るという目的を二人に話した。
「野宿なんてしないで、俺の家に泊まればいいじゃないか!」
「いやあ、そこまでお世話になるのも悪いと思って」
「そんなことを気にする必要はない。夜の森は危険。野宿は絶対にやめた方がいい」
両者からの強い薦めもあり、俺は今夜ガブリの家に泊めてもらえることになった。子どももいるのに、得体のしれない男を家に入れることに抵抗はないのだろうか。俺だったら絶対に無理だ。
「いやいや、何でお前がここにいるんだよ」
「私の役目はあなたの世話をすること。夜の間に何かあった時のために、私はあなたの近くにいる必要がある」
「だからって同じ部屋で寝なくてもいいだろ!」
昼食、続いて夕食もお世話になった俺は、濡れた布で体を拭いた後に借りている部屋に戻った。そこには寝間着姿のキクルがいて、すでに二組の布団が敷いてあったのだ。
俺の抗議も聞き流され、結局同じ部屋で寝る羽目になった。なんということだ。こんなに憂鬱な気分になったのは久しぶりだ。何が悲しくて、人の顔面に平気で蹴りを入れるような少女の近くで眠らないといけないのだろうか。
「お前に頼むことなんてないから、自分の家に帰っていいぞ」
「それはできない」
つくづく融通が利かない女だ。できるだけ布団を離して、キクルに背を向けるようにして眠ろう。




