第二十五話 戦いは終わり
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「なあ、君は名前を何というんだ? 素晴らしい弓の腕前だった。大陸中に名前が知れ渡っていてもおかしくはないと思うんだが、君のような若い男の射手のことは聞いたことがない」
「そうか? ありがとう。俺は矢羽というんだ」
「ほう、ヤバネ、ね。まさしく凄腕の射手にふさわしい名前じゃないか!」
「はあ、そうかな」
戦いが終わりしばらく経つと、勝利を祝う宴会が町の広場で始まった。疲れているはずの冒険者たちも、満身創痍の騎士たちも、先ほどまで家にこもって怯えていた住人たちも、皆一様に笑顔を浮かべて酒を飲んだり食事をしたり、会話を楽しんだりしている。
水路から入ってきた魔物に対処していた騎士の一人にからまれたおかげで、俺は宴会の会場に釘付けになっていた。
喜ぶのは当然だけど、頼むから寝かせてくれ!
幸いにも騎士たちはあの老人の騎士のもとに集まったので、俺は解放された。
どうにかゴーレムを『収納』できたおかげで、タートに出された避難命令は取り消された。宴会が始まるまではずっとバーバラと今回の戦いの話をしていて、宴会が始まったらすぐにここに連れてこられたので、俺の眠気は限界に近付いている。ちなみにそのバーバラはあちこちから声をかけられ、食べ物や飲み物を貰っている。人の輪の中心にいるバーバラは、困惑しながらもそれはそれは嬉しそうに笑っていて、俺は少し救われた気持ちになった。
さて、俺は宿屋にさっさと戻って寝よう。いい加減に、肉体的にも精神的にも疲れた。
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「おっ、バーバラじゃないか。これを食べないか?うまいぞ!」
「バーバラちゃん、こっちで一緒に話さない?」
「ああ、バーバラ様……。あなたこそこの町の英雄です……」
す、すごい……。さっきからボクはあちらこちらから引っ張りだこだ。これが英雄の力なのか……。もはや、ボクが竜人だから、ボクが冒険者だからという理由で避けられることがない。
だけどボクは先ほどから家族と友達を探しているのだ。せっかく話しかけてくれた人たちには悪いけど、丁重に断ってその場を離れる。とにかく無事が気になって気になって仕方がない。
「バーバラ! よかった、無事だったんだ!」
ボクはその声がした方向に振り返る。その声の主は間違いなくボクの最初の友達、同い年の女の子のマリーだった。
「マリー!? ああよかった! 大丈夫? 怪我はない?」
「大丈夫だよ、見ればわかるでしょ?」
困ったように笑いながらそう言ったマリーはボクに近づいて、両手を広げてボクをそっと抱きしめた。
「本当に、バーバラが無事でよかった。『領主様は魔物だ』ってバーバラが言ったときは本当にびっくりしたんだから」
マリーもあの場にいたようだ。ボクの演技が見破られていないかどうか不安だったけど、どうやら心配なかったらしい。
そのあと、ボクたちはお互いに会っていなかった間のことを話した。マリーは激しく親と喧嘩したらしい。
「私、友達失格だよ。親の言うことなんて無視すればよかったんだ。でももう大丈夫。今回の件で親も冒険者のことを見直したらしいから、明日からは毎日会えるよ」
「ホントに!? やったあ!!」
「わ、ちょっと。私はバーバラより力弱いんだから、もう少し手加減してよ」
「あ、ご、ごめん」
「あ、いや、別に嫌だってわけじゃないからね」
照れくさそうにそう言ったマリーに、ボクは彼女に借りていたものがあったことを思い出した。
「そうだ、マリー、これありがとう」
そう、会えなくなる直前にマリーに渡された「友達を作る方法」だ。マリーが、ボクが独りにならないようにと考えてくれたらしい。
「あ、それ役に立ったの?」
「うん、ヤバネと仲良くなれたのもマリーのおかげだよ!」
「へえ……」
マリーはどこか探るような視線でボクを見て言う。
「ねえ、そのヤバネっていう人のこと、教えてよ」
「うん、いいよ!! ヤバネはマリーのお兄さんくらい顔がかっこよくて、弓がすっごく上手でね―――」
そこからしばらくボクはヤバネの話をした。なんだか話が飛び飛びになっちゃったような気がするけど、わかりにくくなかったかな?
「ねえ、バーバラ」
「え? 何?」
「私もそのヤバネ君に会ってみたいかな」
「! わかった! まだ近くにいると思うから、一緒に探そうよ!」
ボクとマリーは一緒に、楽しそうに騒ぐ人々の中を歩いた。
「ヤバネ君がバーバラにふさわしいかどうか私がちゃんと見極めないと……」
マリーが何か小声で言ったけど、ボクは上手く聞き取れなかった。
「いないね……」
「うん、どこにもいないね……」
広場中を探してみたけど、結局ヤバネの姿は見当たらなかった。
「仕方ないか、『遠視』。バーバラ、ヤバネ君が行きそうな所に心当たりってある?」
マリーは魔法を使ったらしい。『遠視』は遠くの景色を見ることができる魔法で、冒険者なら斥候に役立つ便利な魔法だけど、冒険者じゃないマリーはこの魔法を、少し先の天気を知るために使っている。
「えーっと、今の時間ならギルドのすぐそばの宿屋かなあ? でも帰るかな、普通?」
「まあ、とにかく見てみるね。覗きなんてしてごめんなさい、ヤバネ君」
「いたよ、ヤバネ君。気持ち良さそうに寝てた」
「へ、へえ……」
宴会から帰っていた上に寝てたの!? あんなに頑張ったのに、本物の英雄はヤバネなのに、それを誇ろうとしないの!? はあ……。もう少し話したいこともあったし、マリーに紹介したかったのに……。
「……大物だね、ヤバネ君」
落胆したボクは、マリーの的を射た発言に力なくうなずくことしかできなかった。




