第十八話 決戦前夜
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領主の正体が魔物だったという衝撃の事実が判明してからわずか一日だが、人々は落ち着きを取り戻していた。
あの事件の起こった日の夕方に、騎士団がバーバラへの全面的な協力を約束すると発表し、タートで魔物を迎え撃つための準備と、町の外に住む人々の避難が始まった。宿屋は無料あるいは格安の値段で避難してきた人々を宿泊させ、特例措置として町へ入る際の二万ユピトが免除された。
魔物の襲撃に備えて人々が大忙しの中、俺はどこかに潜んでいる魔物の群れを探していた。まあ、『大地の瞳』を使ったおかげですぐに見つかったのだが。奴らは地面に穴を掘ってそこに潜み、入口を魔法で隠していた。
奴らの拠点を発見したのはいいのだが、これからどうしようか。人間たちの動きに魔物が気付くのは時間の問題だろう。その際魔物たちはどう動くだろうか。やけくそになって突撃してくれればいいのだが、撤退されたら困る。俺の「バーバラ英雄大作戦」は順調に進んでいるが、魔物に攻めて来てもらわないことには失敗に終わってしまうからだ。とはいえタートでの迎撃の準備が整うまでに攻められると困るし、負けも十分ありえるだろう。魔物の数はおよそ五百匹で、その中に百匹近くの狂魔をいるのを俺は見た。 どうにか全部が上手くいく都合のいい展開にならないだろうか。
ああ、例えば俺が魔物を全滅させられるだけの戦闘能力を有していたら、バーバラの部下だと名乗った上で堂々とその力を振るうのになあ。
まあ、無い物ねだりをしても仕方がない。とりあえず、タートの準備が整うまでは魔物の足止めに集中しよう。
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一体どうなっているのだ。
タートからの定期連絡が急に途絶えてから二週間が経った。ギーサ様の作戦が実行されているのなら、人間どもが町を去り始めてもおかしくないだろう。だが、一向にタートへの突撃許可が出ないのだ。このままでは、ジャイアントの狂魔やウルフの狂魔のように脱走する者が現れるかもしれない。タートの偵察に向かわせた魔物もすべて消息を絶っている。
おかしい、絶対におかしい。もしかすると、ギーサ様に何かあったのではないだろうか。そうだとすると状況はかなり危機的だ。魔王様から直々に下された命令だ。極力犠牲を出さないようにとおっしゃったが、最悪の場合は犠牲をいとわずタートに攻め入るしかないだろう。もしタートを支配できなくても、魔王様からいただいたあの鏡だけは魔王国に持って帰らなければならない。
私が、魔物共の副隊長である私がそう考えていると、基地の入り口に施した『隠蔽』の魔法の魔力の乱れを感じた。誰かが基地に入ってきたようだ。私は近くにいた数匹の部下を連れて、基地の入口へ向かった。
そこにいたのは人間だった。私と部下たちはすぐに臨戦態勢に入る。あの魔法は魔王様にいただいた、魔力を流せば誰でも使えるようにと魔法陣に刻まれた魔法だ。大量の魔力を消費する分効果は強力だから、それを見破ったこいつは只者ではないということになる。
この人間を注意深く観察してみる。黒い髪の男のようだ。背はなかなかに高く、顔立ちも人間にとっては魅力的だと思われる整ったものだった。保有している魔力は多くない。いや、少なすぎる。魔力の量はすなわちその者が使える魔法の程度を表す。この程度の量では、下級の魔法も数回しか使えないのではないのだろうか。こんな人間がどうして魔王様の魔法を見破れたのだろうか。男から目を離さずにそう考えていると、男は突然ひざまずいてこう言った。
「報告が遅れて大変申し訳ございません。最後まで万全を期すために期を窺っていたのです。タートでの準備はすべて整いました。いつ攻め入っても問題ありません」
その言葉を聞いて、私たちは警戒を解いた。こいつはどうやら町に送った、神器を使って人間に化けた魔物だったようだ。そして、その報告は私の士気を大いに高まらせるものだった。
「準備は万全ということは、ギーサ様は無事なのだな?」
「はい、首を長くしてタートへの攻撃をお待ちになっています」
「そうか、そうか」
ああ、何も心配はいらなかった。我々は当初の計画の通りにすればいいのだ。私はその男に伝える。
「ならば明日の夜にタートへ侵攻する。ギーサ様にもそう伝えるように」
「はい、かしこまりました」
男は笑顔でそう言うと、基地から去って行った。それを見送るのもほどほどに、私は基地の中心の広い空間に魔物たちを集めさせた。
「皆の者! たった今、タートへ潜り込んだ者から報告があった。作戦は順調に進んでいる! 後は我々が人間どもを蹂躙するだけだ! 明日、我ら全てでタートを攻撃する! さあ、潰せ! 壊せ! 殺せ! 愚かな人間どもに、魔王様の力を思い知らせてやるのだ!」
地下の空間に魔物どもの咆哮が響き渡った。どいつもこいつも人間を殺す感触を想像して歓喜に打ち震えているのだろう。無理もない。十年、本当に長かった。その苦労がようやく報われるのだ。
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魔物というのあまり頭がよくないようだ。神器を使って敵の中に味方を潜り込ませるのはいいが、敵と味方の区別がついていないようでは話にならない。まあいい。敵が弱いのはいいことだ。俺が拠点から出てきた魔物を何匹も殺しているうちに二週間経った。避難は完了して、迎撃の準備もおおよそ整った。勝負は明日だ。バーバラにそのことを伝えたら、今日はもう寝るとしよう。
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「バーバラ、魔物は明日の夜に来るから今日は早く寝たほうがいいぞ」
久しぶりに会ったヤバネは、開口一番にそんなことを言った。今まで一体どこに行っていたのか。どうして魔物が明日来るとわかったのか。久しぶりに会ったボクに何か他に言うべきことがあるのではないのか。色々なことが頭の中に浮かんだが、ボクが口に出したのはその中のどれでもなかった。
「会いたかったよヤバネ!!!!!」
結局、ヤバネに会えた嬉しさが一番大きい。領主の演説の日から、ボクは騎士団と一緒にあっちこっちを回ってすっかり疲れていた。忙しいからマリーとも会えないし、騎士には必要以上に敬われている気がして、ボクは最近人と触れ合っていなかった。ヤバネは会いに来てくれると信じていたのに、全然来なくてボクは精神的にすっかり参っていたのだ。ボクはヤバネに抱きつこうとして、抵抗されて正面から組み合う形になりながら、ヤバネにこの気持ちを伝えた。
「ああ、悪かった。俺もいろいろやることがあったんだ。許してくれ」
ヤバネは本当に申し訳そうにしながらそう言った。ヤバネがこの町の、いやボクのために頑張ってくれていることは知っているので、言われた通りに許そうと思う。
「でも、何で明日だってわかったの?」
ボクは渋々ヤバネから離れて尋ねた。気になるのはそこだ。ヤバネがどうやってその機密情報を知ったのかが気になって仕方がなかった。
「ああ、それか。人間に化けた魔物の振りしたら、向こうが勝手に教えてくれた」
「ええ……」
ボクは脱力せずにはいられなかった。魔物の間抜けさにではない。目の前の男、ボクの大切な大切な友人であるヤバネの無鉄砲さにである。何でその命がけの潜入を、なんでもないことみたいに話すの!?
「じゃあバーバラ、おやすみ」
「う、うん。おやすみ、ヤバネ」
もっと話したいことはあったのだが仕方がない。休みはしっかりとっておかないといけないよね。明日が最も大事で、最も大変な日になるだろうから。
でも大丈夫。久しぶりにヤバネと話せてボクは今非常に調子がいい。この調子なら明日も大丈夫そうだ。
例え何匹魔物がいたとしても全く問題はないだろう。ボクには頼れる町のみんなと、何よりヤバネがいるんだから!
魔物が攻めてくる時間を「明日の早朝」から「明日の夜」に変更しました。
魔物の総数を「二百超」から「およそ五百」に変更しました。また、それに伴い狂魔の数も「三十匹近く」から「百匹近く」に変更しました。




