第十五話 作戦の大詰め
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「……またお前か」
「ええ、こんにちは門番さん」
スライム退治の後、俺はタートの門に来ていた。いつもの門番に用があったからだ。
「なぜちょうど私が休憩している時に来るのだ……」
「そりゃあ、門番さんの休憩時間を狙って来ましたから」
「……まあいい、あの冒険者殺しの女を捕まえることができたのはお前のおかげだ。その恩に免じて、話ぐらいなら聞こう」
「ありがとうございます。いやあ、お忙しいところをどうもすみません」
俺は苦手な愛想笑いをしながら門番に謝り、お礼を言った。話を聞いてもらえるそうなので、俺はさっさと本題に入ろうとしたが、一つ確認することを忘れていた。
「あの、動物の死体とか見ても騒いだりしないですよね?」
「……その程度で騒ぐようなら騎士になどなっていない。というかお前、この人目のあるところで一体何を見せるつもりだ?」
尤もである。俺の質問で少し不愉快になったらしい門番に適当に謝り、門から少し離れたところの路地に入って、『収納』してあるマーマンとやらの死体を取り出した。
この『収納』の魔法はしまった物をそのままの状態に保ってくれるらしく、マーマンから腐臭はあまりしなかった。
「この死体がどうしたというのだ?」
死体のことは本当に何とも思っていないようだ。眉一つ動かさずにそう尋ねた門番に対して、俺は少し間を開けて言った。
「こいつは俺が殺しました。……この町の中で」
俺は困惑している門番に、バーバラにしたのと同じ話をした。
「なるほど、お前があの女の『透明化』を見破ることができたのはそういう理由だったのか」
俺の話を聞いて、門番はそう言った。俺の目は神器であるという話をしたから、そのことを言っているのだろう。俺は門番に向かって深く頭を下げて言った。
「俺はこの町の問題を解決したいと思っています。だから、俺に力を貸してください」
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一人でどうにかできると思っていた俺が、何故騎士である門番に協力を求めているのか。理由はただ一つ。俺は領主を殺せばどうにかなると思い込んでいたからだ。タートの近くに現れた赤目の黒い煙を出している魔物(狂魔というらしい。バーバラが教えてくれた)のことをすっかり忘れていたのだ。それに、この町に既に潜り込んでいる人間に化けた魔物のことも考えていなかった。領主を殺した時、自暴自棄になったそいつらに暴れられては大変なことになる。それに対応するためには、騎士団と冒険者の力が必要なのだ。
「力を貸せだと? 真実かどうかわからないお前の話のためにか?」
門番は俺をあざ笑うように言う。まあ、こう言われるのはわかっていた。責任がある騎士という立場ならなおさらだ。バーバラは特に疑わずに信じてくれたが、それはバーバラが異常、というか特別なだけだ。マーマンの死体の件も実際は他にどうとでも説明ができる。ここから門番を説得するのは難しいだろう。
「そうですね、おっしゃる通りです。じゃあ、この話は忘れてください」
「……は?」
だから説得しない。する必要はない。俺の目的は騎士団の協力を得ることではなく、ただこの話を知らせることだった。真実だと証明する必要はない。この門番に「もしかしたら」と思わせるだけでいい。どうせ、数日後には信じざるを得なくなるのだから。
「お、おい待て! お前の言う通りなら、事態はかなり切迫しているのではないのか!? 私たちの協力が不可欠だからその話をしたんだろう!? そんなに簡単に諦めていいのか!?」
「いやあ、だって証明できないですし」
これでいい。門番にモヤモヤとした気持ちを抱いてもらいさえすればいいのだ。というかやっぱりこの人は優しいな。もう一押しすれば納得してくれそうだが、今は時間が惜しい。まだ食い下がってくる門番をさっさとあしらい、俺はその場を後にした。
バーバラが言うには、三日後に領主が自分の屋敷から演説をするらしい。作戦はその日に実行することになっているので、それまでにできることはやっておきたいのだ。
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ああ、あとほんの少しだ。もう少しの我慢でこの町は我々の、いや魔王様の物となる。この苦しかった十年の日々もようやく終わる。人間如きの顔色を窺いながら過ごす屈辱の毎日も、すべては魔王様のためだ。
二代目魔王様が即位してすぐに私たちに下した命令は、魔王国のはるか南の町であるこのタートを支配せよ、というものだった。神器を用いて町に潜り込み、内側から疲弊させる。町に入る際に金を払わせてこの町を訪れる者を減らし(あまり減らなかったが)、手下を潜り込ませ人々の不和を煽る。回りくどすぎる、狂魔を使えば町は簡単に支配できると何度も考えたが、魔王様は何よりも失敗を恐れている。人間を侮っていた初代様が忌まわしき勇者に討たれたのだから、慎重になるのも当然だろう。ああ、我らが魔王様のなんと聡明なことか! 魔王様の予想した通り、人間どもは勝手に争い合っているし、この町を去る者も増えてきている。
さあ、あと一押しだ。三日後に、私は人間どもの前で演説をする。その際に、冒険者に特別な税を課すという宣言をする。近頃増えている乱暴な冒険者への制裁という名目だ。この宣言は受け入れられるだろう。冒険者よりそうでない者の方が多いのだから。そうすれば、この町の普通の冒険者はどうするだろうか。当然、この町を去るだろう。余計な金を払いたがる人間などいない。つまり魔物に対抗できる力を持った人間が減るということだ。そこで、通常の魔物より強い力を持った狂魔を含む大量の魔物が攻めてきたらこの町はどうなるだろうか? ああ、魔物から逃げ惑う人間の姿を見るのが楽しみだ。
人間というのは愚かな生き物だ。自分より強いものには媚びへつらっていればいいのに、どうして敵に回すようなことをするのだろうか。




