第十話 人と冒険者
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「やっぱりおかしい……」
顔が真っ黒に焼け焦げたジャイアントを見て、バーバラはつぶやいた。そういえば戦っている時も同じようなことを言っていたな。
「何がおかしいんだ?」
「ジャイアントはね、魔力をまったく持ってない魔物なんだ。自分の魔力と他人の魔力は反発するから、少しでも魔力があれば魔法で攻撃されてもダメージは小さくなるの。だからジャイアントは下級の攻撃魔法でも倒せることがあるんだけど……」
「実際にはお前の『火球』でも『大火球』でも一撃では倒せなかった、と」
「うん。そもそも外見からおかしいんだ。目が赤いジャイアントはいるけど、あんなふうに黒い煙を出してるジャイアントなんて初めて見たよ。まるで初代魔王がいた時の魔物みたい」
目が赤く、体から黒い煙を出している魔物、俺はそれを知っている。バーバラにあの犬のことを話そうとしたが、俺はバーバラが今言ったことに衝撃を受けた。
「ま、魔王? 魔王が現れると、魔物はみんなあんなふうになるのか?」
「うん。全部ってわけではないけど、歴史書には半分くらいがそうだったって書いてあるよ」
正直、ここ数日の忙しさのせいで俺は魔王のことをすっかり忘れていた。まさか向こうから近付いてくるなんて……。
「じゃあ、魔王の仕業で間違いないんじゃないのか?」
「うーん。でもさ、タートはカーケル大陸のほぼ最南端で、魔王のいる魔王国は大陸の最北端だよ? 今は王国軍と睨み合ってるから、こんなところまで来る余裕はないと思うけどなあ」
バーバラの言うことは間違ってはいない。戦争中でしかも戦況が膠着しているのに、他の場所に戦力を割いたりはしないだろう。俺は、その思い込みが危険なのではないかと思ったが、証拠がない今バーバラと議論をしていても意味がない。
「とりあえずタートに帰って、ギルドにこのことを報告しようよ。ボクたちにできるのはそれぐらいだからね」
俺はバーバラの意見に従い、タートへひとまず引き返すことにした。
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「おいてめえ! こんなはした金じゃ腹の足しにもなんねえだろうが!」
「ご、ごめんなさい……」
「ごめんなさいじゃねえだろ!? 俺は金をよこせって言ってんだよ!」
ギルドでの報告を終え、昼食を食べようと話しながらギルドを出た俺たちは、とんでもないものを見た。
金髪で大柄な冒険者と思わしき男が、露店の店主の胸倉を掴み大声でわめき散らしている。周りの冒険者が止めようとするが、そのたびに金髪の男は店主に向かって魔法を撃とうとするので、迂闊に近づけないようだ。
なるほど、門番が言っていたのはこういうことか。
こういうやつの悪事が巡り巡ったおかげで俺は殺されそうになったのだと思うと、無性に腹が立ってきた。
「バーバラ、突っ込んであいつを取り押さえてくれ」
「え? う、うん、いいけど……お店の人が危ないんじゃないの?」
「あの男は俺が止めるから、できるだけ急いでくれ」
「うん、わかった! 任せて!」
バーバラが駆け出したのを見て、俺は金髪の男の頭上に『大空の盾』を出現させ、急降下させた。
「ぎゃんっ!?」
ゴチンと鈍い音が響く。男が店主を放し、頭を抱えて蹲ったところにバーバラの蹴りが炸裂した。男は何回か転がり、うめき声をあげている。周囲にいた冒険者がその男を取り押さえ、誰かが持っていた縄で拘束してどこかへ運んで行った。あの方向には騎士団の詰所があるから、そこに連れていかれるのだろう。
俺はお礼を言う店主を適当にあしらい、バーバラに案内されて少し遠くの食堂へと向かった。
「バーバラ、冒険者っていうのは一体何なんだ?」
注文を終えた後、店員が去ってすぐに俺は聞いた。
「ええとね、ギルドが仲介する依頼をこなして生活している人、だよ」
違う、俺はそういうことを聞きたいんじゃない。バーバラも分かっているのだろう。俺と数秒目を合わせた後、気まずそうに下に目をそらした。
「……冒険者が全員あんなふうな訳じゃないよ?」
「それはお前を見てればわかる。あの男を取り押さえたのも冒険者なんだろう?」
「あ、ありがとう……。でもね、ああいうことが急に増えたんだ。騎士に捕まる冒険者は増えたのに、ああいう乱暴な冒険者は減らないの。そんな冒険者への復讐に巻き込まれて、何人も冒険者が殺されたんだ。そうなるとね、今まで普通だった、殺された人の仲間だった冒険者も変わっちゃうの。最近はね、冒険者とそうじゃない人は極力接しないようにするのが暗黙の了解なんだ。……ボクにはね、ヤバネの他にももう一人友達がいるんだけど、その子とも最近は会えてないんだ。親に『冒険者に近付いちゃダメ』って言われてるんだって」
バーバラは目を伏せたまま、消え入りそうな声で続ける。
「ボクはね、あんまり友達がいないんだ。竜人だからちょっと周りに距離を置かれてるんだよね。でもボクは一人が嫌いなんだ。みんなと仲良くしたい、みんなと友達になりたい。だけど、みんながいがみ合ってる姿を見るのはもっと嫌いだよ。ほんのちょっと前まではね、みんな仲が良かったんだ。本当だよ? 冒険者ギルドにも冒険者じゃない人がたくさんいたし、依頼を受けてない冒険者がギルドに入り浸るなんてこともなかったの」
ギルドがやけに混んでいたのはそういう理由だったのか。バーバラは顔を上げ、俺を正面から見ている。……悲しそうな目だ。
「もう、あの頃には戻れないのかなあ……」
……タートがこうなってしまった原因については一つの仮説がある。俺の仮説が正しいとなると、解決させるのはそんなに困難ではない。しかし証拠がない以上、希望を持たせるようなことは言えない。
「……悪いな、そんな話をさせて」
「ううん。気にしなくていいよ!」
バーバラ、お前……。もしかしてそれで笑っているつもりなのか?
「なあ、話は変わるけど、俺って冒険者に見えるのか?」
暗くなってしまった空気を変えるために、俺はバーバラに尋ねた。俺が何故例の少女に襲われたのか。その理由がいまだにわからなかったからだ。
「え? うん、見えるよ」
「は? え、何でだ?」
意外にもバーバラは即答した。何故だ? この服装は普通の服装なんじゃないのか!? 戸惑う俺に、バーバラはこんなことを言った。
「だって、ヤバネってその胸当てずっと着けてるじゃん。冒険者じゃなかったらそんなもの着けないよ」
「あ」
穴があったら入りたい気分だった。




