第七話 全員集合
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もう乾杯が何回目かも覚えていない。流石に酒こそ飲んでいないが、周りの人間の息だけで酔えそうなほどその場の全員が浮かれていた。
「うひゃひゃひゃひゃひゃ! 酒だ酒! 全部持ってこーい!」
「今日は飲むわよ! 王都の酒全部飲み干してやるわ!」
あれは浮かれている人代表のイチローとシーナ。
まあ、浮かれるのも当然か。人間、ゴブリン、オーク、エルフで構成された『カーケル連合軍』は見事に魔王軍に大勝利。『神の使者』、特にキョウヤとイチローの活躍も華々しく、キョウヤには第一王女を妻として迎える権利が、イチローには大きな領地と貴族としての特権が与えられた。
俺? まあそこそこの額のお金をもらいました。
とはいえこれも仕方のないことだ。二人に比べれば、俺がやったことなんて大したことはない。魔物を殺した数でいえば俺より多い人なんていくらでもいるだろう。事実俺に対して侮蔑や失望の目を向けてくる奴は多かった。
でもそんなことはどうでもいいんだ。見返りが欲しくて戦ったわけじゃない。俺はこの結果に満足している。少なからず勝利に貢献できたし、多くの人を窮地から救うこともできた。英雄への第一歩を踏み出せたと言って間違いないだろう。今だけは、この場の雰囲気に酔ってもいいのかもしれない。
いや、その前にやらないといけないことがあるみたいだ。
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時刻は数日巻き戻って、王が『神の使者』を伴って演説をした頃になる。バーバラたちは泊まっている宿屋からそれを見ていた。
合流したラダリアともすっかり馴染み、目的を同じとする同士としての絆が深まった時のことだった。
「ねえ! あれ、ヤバネじゃない!?」
「あれとは……どれだ?」
「ほら! お城のバルコニーに、王様の後ろに立ってるじゃん!」
「ここから城までどんだけ離れてると思ってるんすか……?」
「流石は『竜人』。でも、私にも見えた」
「『遠視』か。私は斥候系の魔法は全くだめでな……」
「やっと見つけた! みんな、早く行こう!」
「行くって、どこにっすか?」
「ヤバネのところに決まってるじゃん! 『身体強化』! さあ、ボクの背中に乗って!」
「待てバーバラ! まさか直接飛んで行く気か!? そんなことをしたら、死刑にされても文句は言えないぞ!」
「ええっ!?」
「まあ、あそこに王族以外が立つなんてホントに珍しいっすからね」
「知り合いだと説明すれば、きっと問題はない」
「いや、大アリっすから」
「ともかく今は待とう。ひとまずヤバネの無事が確認できてよかったじゃないか」
「それは、そうだけど……」
「あの分ならヤバネが戦場に出るのは間違いない。行き先は同じなのだから必ず会えるさ。今は話したいことでも整理しておくべきだな」
「ラダリアさんの言う通りっすよ。ささ、バーバラさんは魔法を解除して、羽をしまってくださいっす。キクルさんも、『転移』を準備するのはやめるっすよ。魔法で城に侵入とか冗談抜きで即処刑レベルっすからね」
「はーい……」
「……無念」
さて、翌日である。イチローの先制攻撃の後、連合軍は夜明けとともに進軍を始め、大規模な戦闘があちこちで起きた。
戦場に出た四人も最早矢羽を探すどころの騒ぎではない。自分が死なないように、そして周囲の救助をするので精いっぱいだった。
だが、盾に乗ってあちこち飛び回り、巨大な魔物を殺したりけが人を救助したりする矢羽の活躍はしっかりと見ていた。それによって彼女たちは誇らしげな気持ちを抱いたものだ。傍から見れば、「お前らヤバネの何なんだ」とでも言われたかもしれない。
戦闘面でいえばクルクマが若干足を引っ張ったが、それも誤差の範囲。彼女たちは死力を尽くして戦い、一人として欠けることなく王都に戻ってきた。
当然、探し人から目を離したりはしない。矢羽は城に戻ったが、宴のどさくさにまぎれて侵入する計画をラダリアが立案。戦場で知り合った人々と交流しながらじわじわと城に近付き、警備の目を盗んで忍び込もうとしたその時、
「きゃあっ!?」
「あ、ごめん! 大丈夫!?」
城の中から飛び出してきた、黒猫を連れた少女とバーバラが衝突した。
「いえ、私こそ前も見ずに……。ごめんなさい。けど、すみません!」
「ちょ、ちょっと待って! どうしてそんなに急いでるの?」
その場を去ろうとした少女をバーバラが引き止める。矢羽に会うことを忘れたわけではない。だが困っている年下の少女を無視できるような人間はここにはいなかった。エルフは正直無視してもいいと思っていたが、あえて輪を乱すようなことは言わなかった。
「人を、人を探しているんです!」
その時、彼女たちの頭に閃くものがあった。なぜ、と問われても理由は特にない。強いて言えば女の勘、あるいは彼女たちが人生で培ってきた第六感だ。冒険者の、森に暮らすエルフの、商人の、探索者の勘だ。
「もしかして、ヤバネ?」
この時、少女と黒猫が感じたのは「危機」だった。この四人の少女によって何かが脅かされるという、根拠のない上に曖昧な考えではあったが。