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手紙を読んだ彼女たち



 「これ、どう思う?」

 

 「どう、って言われても……」


 「衝撃の事実過ぎてもうよくわかんないっすね」


 「私は、知っていた」

 

 ドヤ顔で放たれたキクルの自慢は無視された。彼女は先日も「私はヤバネと同じ部屋で寝たことがある」と発言し、場を混沌の渦に叩きこんだことがある。

 丸テーブルを囲んで話し合う少女たち。バーバラ、マリー、クルクマ、キクル。彼女たちの中心にあるものは一通の手紙だ。噂の男、矢羽からの手紙である。


 「どどどど、どうしよう!? 王都になんて行って、ヤバネにもしものことがあったら……!」 


 「いや、まず『神の使者』だってところからでしょ」


 「私は、知っていた」


 「それはもういいから!」


 冷静で無感情なあの頃のキクルはどこへ行ってしまったのだろうか。いや、もしかすると彼女は本来こういう気質なのかもしれない。普段は静かだが、仲間内ではやけにテンションの高い奴というのはどこにでもいるものだ。


 「うーん……。やっぱり欲しいっすね」


 慌てるバーバラ。自慢するキクル。二人を落ち着かせようとするマリー。にわかに盛り上がった中で、クルクマはあくまで冷静だった。

 『神の使者』。異世界から来た、強大な力を持つ人々。勇者カケルの登場で一気に名の知れたそれを、クルクマは自分の商いに利用する気満々だった。


 だからこそ、こんな提案をしたのだ。


 「じゃあ、行ってみないっすか? 王都」

 

 「え?」


 「そんなに心配なら、近くで守ってあげればいいんすよ。バーバラさんもキクルさんも強いし、こう見えて私もそこそこ戦えるんすよ」


 「それは名案。私は一刻でも早く彼に会いたい。そうするのがいい。そうするべき」


 「ちょ、ちょっと待って! 今から行って間に合うかな? ボクが本気で飛んでも五日はかかると思うけど……」


 「なーに言ってるんすか! 私が歩いてタートに来たとでも? 馬車っすよ、馬車! たっぷり休ませたっすから、まあ三日ぐらいで着くんじゃないんすか?」


 「み、三日って……」


 「どんだけ馬に無理させるつもりなの?」


 「大した荷物もないし楽勝っすよ! それで、どうするんすか? 私は一人でも行くっすけど」


 「私も行く」


 「はい、お一人様追加っす~」


 「思ってたんだけど、キクルちゃんは魔法でヤバネ君に会いに行けばいいんじゃないの?」


 「それは絶対にできない。私は自分の力で彼に会いに行くと決めた」


 「馬車に乗せてもらうのも自分の力?」


 「……馬車を持っている友人がいることが、私の力」


 「な、なるほど?」


 一応筋は通っている。クルクマを素直に友人と呼ぶ様は、出会った当初からは想像できないとマリーは少し笑った。


 「どうします? バーバラさん」


 「う、うーん……」


 即答したキクルに対して、バーバラは悩んでいた。当然ヤバネには会いたい。話したいことも一緒にやりたいこともいくらでもあるのだが、王都は冗談抜きで危険なのだ。

 バーバラとて自分の力に自信はある。ただ、あの「タート迎撃戦」のような戦いが日々行われているのが最前線という場所だ。いざという時にヤバネだけでなくみんなを守れるか。バーバラにとっての懸案事項はそれだけだ。


 「行きなよ、バーバラ」


 そんな友人を、仕方ないなと思いつつマリーは後押しする。


 「会いたいんでしょ? じゃあ我慢する意味なんてないよ」


 それに、と近付いて、耳元でバーバラにだけ聞こえるようにつぶやいたことには、


 「キクルちゃんがあの様子なら、ヤバネ君はビリンとシーシャンでも女の子にちょっかいかけてるんじゃないかな~?」


 「!!」


 大正解である。


 「次会った時にさ、『久しぶりだなバーバラ。紹介するよ、こいつは俺の恋人の──』」


 「それはダメだよ!」


 「ヤバネはそんなことしない」、そう言い返せるほどバーバラは自分と矢羽との絆に自信がなかった。また、見ていない間に矢羽が変わったという可能性もある。

 そもそも、次のチャンスは絶対に逃がさないと決めていたバーバラである。旅立つ覚悟はできていた。もう後悔はしたくないと決めていた。


 「クルクマちゃん、私も行く!」


 「そう言うと思ってたっすよ!」


 決心がついた様子のバーバラを見てマリーはようやく一安心だ。


 (キクルちゃんはやけにヤバネ君に執着してるし、クルクマもなんだか怪しいなあ……。ま、なるようになるでしょ)


 ただ一人着いていく気のないマリーは、恋敵の多い友人の幸運を祈った。


 「みんな、無事に戻ってきてね」


 そして、この三人に何かあったら許さないぞ、と遠くの矢羽に頭の中で釘をさすのだった。





 「余計なお世話だ!」


 最後に添えられた一文にそう言い返したかったが、テーブルの上に転がっている卵の殻はラダリアの反論を許さない。矢羽の忠告を黙って受け入れるほかにない。

 仕方ないのだ。放置するだけで作れる、栄養価が高い、おまけに食べやすいとくれば、欠点は殻をむくのが面倒なことくらいと言える。


 (いや、大事なのはそこではないな)


 そう、ゆで卵に気を取られている場合ではない。この手紙にはヤバネの決意が書かれている。どうやら、もう彼は大丈夫らしい。


 (では、私は?)


 矢羽が迷いを振り切ったのは喜ばしいことだ。しかし、ラダリアは今迷っていた。


 矢羽と別れた後、ビリンは急激に変わった。SSランクの探索者であり、また『神の使者』であるイチローが探索者ギルドの体制を非難し、その改革に乗り出したからだ。

 まずモンスターと迷宮の情報をギルドが積極的に収集、公表するようになった。また、探索者が負傷、あるいは死亡した際に保険金が支払われるようになった。

 イチローの改革には上流層の強い反発があったが、彼はそれらをすべてねじ伏せた。半ばクーデターに近かったものの、人口の大半を占める探索者を味方につけたことは成功の大きな要因だろう。


 それ自体は歓迎すべきことだ。迷宮を安全にするというラダリアの願いが、ある程度は果たされたのだから。

 地図の作成が多くの探索者によって行われるようになった以上、彼女が果たすべき役割は小さくなったと言っていい。迷宮に入る意味が薄れたラダリアは、ここ数日を無為に過ごしていた。


 (よく考えれば、私は彼に何か恩を返せただろうか)


 そんなときに届いたのがこの手紙だ。ラダリアの戦いに最後まで付き合ってくれた人。心の支えになってくれた人。そんな矢羽の力になりたい。彼女は心の底からそう思った。


 大急ぎで部屋を片付けたラダリアが、宿を引き払う手続きをしたのがその約三十分後である。



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