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アイツラ  作者: 岸上時雨
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ボクラ4

(十五分前)


 九時二十六分。アクアツアーのアトラクションまで三分程度で辿り着いた僕達は、その巨大な外観を見て……


「ホント、誰もいねぇな」


「営業停止中……じゃないみたいだね」


「すごいね、ウワサ通りの不人気さだ!!」


 三者三様、皆あまりの人気のなさに呆然としていた。


「なぁ、ホントに入るのか?」


 僕が小さな声で(ビビってる訳じゃない。ビビってる訳じゃないぞ)

 奈々に聞くと、彼女は笑顔で、


「当たり前じゃない。せっかく来たんだし楽しもうよ!」


「えぇー」


 もう駄目だな。何を言っても無理そうだ。事故ったりしても知らねぇぞ。


「まぁ、入ってみなきゃ始まんないしね」


 苦笑いと冷や汗を流しつつも、祐人が施設の中へと入っていく。


「……マジかよ……」


 仕方なく彼の後に着いていく。ここに置いて行かれるのも、それはそれでヤバイしな。木で出来た順路を追っていくと、外観と変わらず、全体的に「すっからかん」な施設の内観が視界に入ってくる。


「広いね……」


 奈々が誰もいないことを含めて、辺りを見回しながら呟く。

 人気がないレベルじゃないぞ、これ。店員すらいないんじゃないか……


「いらっしゃいませ!!」


「ヒッ!」


 いきなり横から、従業員らしい女性が現れる。どっから出て来た? 喋りかけられるまで気付かなかった。

 女性はお手本のような笑顔のまま、良く通る声で、


「皆様はアクアツアーにご参加していただくということでよろしいですか?」


「あ、はい。そうです」


 突然話し掛けられた奈々が驚きつつも首肯する。


「はい、分かりました。では、アクアツアーの簡単なご説明だけさせて頂きますね」


 そう言って彼女は上部に架けられた看板を指さして、


「あちらに書いてある通り、このアトラクションでは皆様にボートにご搭乗頂き、未知の大陸を探索して頂きます」


 違和感なく非現実的なことを言えるところがプロだな。僕だったら違和感あり過ぎて無理だ。未知の大陸ってなんだよ、って感じで。


「そこには凶暴な海洋生物がいるので、襲われないように注意してくださいね」


 ユーモアも含めて言ったつもりだろうが、未開の地なのになんで生物がいるって分かるんだよ、と突っ込みたくなる。ここら辺は適当らしいな。楽しませれば、こっちの勝ちって感じか。


「水上アトラクションですので、携帯などの電子機器はこちらで預からせて頂きますが大丈夫でしょうか」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 三人の携帯を受け取った従業員は、一度施設の奥に消えた後、手ぶらの状態で再びこちらへ戻ってくる。


「はい、これで大丈夫です。直ぐにアトラクションで楽しんで頂けます」


「やっと乗れる!」という喜びを爆発させたような顔をしている奈々の表情は、なんか、こう……気持ち悪かった。


「では、ボートまで案内しますので私の後に着いてきて下さい」


 そう言ってボートが止めてある方へ従業員が進んでいくので、僕達も付いていく。

 そして、ボートの元に辿り着き……通り過ぎる。


 あれ? という表情で裕人が質問する。


「あの、通り過ぎちゃいましたけど、どこ向かってるんですか?」


「特別なアトラクションを楽しんで頂けるボートが向こうの停泊所にあるんですよ」


「特別なアトラクション? 何ですかそれ、パンフレットに乗ってなかった気が……」


「ご存知なくて当然です。載せていませんもの。あのアトラクションは、人数が多いと移動しにくいものでして……」


 混みあわないように、ってわけだな。

 通常のボートより二割程度見た目の良いボートが見えてくると同時に、ボートに乗った先客(人居たんだ……)から怒声が掛かる。大学生と思しきカップルの男の方だ。


「おい、おせぇぞお前ら! 人数揃わねぇと、始まんねぇんだよ!」


「大変お待たせいたしました、お客様」


 こめかみをヒクつかせながらも、丁寧に対応する従業員に感心しつつ、男の方を見ると、まだご立腹なのか、隣に座る彼女の静止を無視して、舌打ちと文句をかましている。うるさい上にうざいな。


「謝れば済むもんじゃねぇだろ、ボケ! ……まぁ、いい。早くしろ。ニ十分も待たされてムカついてんだよ、こっちは」


「はい、今すぐ!」


 迷惑な客だな、と思いつつ、従業員の指示に従ってボートに乗り込む。


「相席、大丈夫ですか?」


 やはりイケメンには運命とかそういう類の何かがあるのだろうか。清楚で可憐という言葉がしっくりくる美人の横にちゃっかり座っていやがるし。あ、今このボートに乗っているのは、最後列が小学生ぐらいの少年少女、その前の席が大学生カップルと清楚美人(+裕人)。そして、最前列の僕と奈々を含めて八人だ。


「何、(うらや)ましいの?」


 すぐ後ろで始まった裕人らの談笑を聞き流しながら、からかうような奈々の問いに軽く答えを返す。


「別に。僕は恋愛に興味なんてない」


 その答えに対し奈々は、


「ふぅーん。そっか」


 驚くほどあっけない返事をしただけだった。いつもなら、もう少し(いじ)ってくるのだけど……


「そういや、もう乗っちまった時点で遅いんだけど、ホントにこれ乗って大丈夫なのか?」


 言葉に出してから、更に不安が(つの)ってくる。あのヤバい噂が本当だとしたら、今から僕達は、わざわざ怪物のテリトリーに足突っ込むようなものじゃないか。

 そんな僕の不安に気付いていないのか、奈々は満面の笑みで、


「大丈夫だって! それに、もう戻れないないでしょ」


「それはそうなんだが……」


 僕の不安を遮るように従業員の明るい声がスピーカーを通して響く。停泊所の近くにある部屋からアナウンスしているようだ。いつの間に移動したんだろう。また気付かなかった。普通に怖い。


「はーい。皆さま、シートベルトの着用はされたようですので、こちらで安全バーを降ろします! 手は前に出さないようにして下さいねー」


 ガコン、と後部から手前にバーが降りてくる。安全のためなんだろうが、まるで脱出させないようにするために設けているようで、心底気分が悪くなっていく。

 周りは「おぉぉー!!」とか一体ムードに包まれていやがるし。ビビり過ぎなのかな、僕は。


「はいはい、ではでは。もう一度探検の内容を説明させて頂きますねー。このアクアツアーでは、未発見の大陸を皆様に探索して頂き、無事全域を調査し終えることが出来たら、クリアとなります。凶暴な生物も棲息してるかもしれないので、最善の注意は払ってくださいね? そして、思う存分スリルを味わって来てください! では、出発進行っ!!」


 ピピピピピピ!! と軽快な音をが鳴り響き、ゆっくりとボートが動き出す。助けを求めるように軽く後ろを振り返って、従業員の居る部屋を見る。こんなことをしても、動き始めたボートは止まらなかったが。


「楽しもうね、大和!」


 感嘆の声が上がる中、そう言って笑みを見せてくる奈々に、「ああ、そうだな」と曖昧な返事を返す。何故なら、僕はそれ以上に他のことで頭が埋め尽くされていたからだ。


 一度動き出せば止まらない。まるでそれは、運命のように……。


 僕は確かに、あの時見た。従業員の張り付けたような笑みが、凄惨な表情へと変わるのを。



「どうぞ、心ゆくまで楽しんで来てくださいね」

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