ボクラ3
(三十分前)
園内に入場した時、一番最初に感じたのは、『違和感』だった。
「わー! やっぱり、いつ来ても凄いなぁ!」
奈々はまともな乙女のように燥いでいるので、それには気づいてはいないらしい。というか、大きくそびえ立つ城などに目を奪われていて、それが視界に入っていないのだろう。裕人の方は……
「ん? どうした。雰囲気に圧倒されて、声も出ないのか?」
適当な調子で笑いかけてくるが、気付いてはいるらしい。表情に疑問符が浮かんでいる。まぁ、わざわざ聞く必要もないが。
「何でもねぇよ。それに興味もない」
スケールはでかいだろう。施設は煌びやかで豪華なのだろう。まさに夢の楽園。時間も現実も忘れて遊べるという謳い文句も冗談ではないはずだ。が、そんな楽園の従業員の目が虚ろなのは如何なものだろう。
笑顔を振り撒き、献身的に努めてはいる。努めてはいるが、やはりその違和感は拭えない。
死人。そんな感じの言葉が似合うほど、一人一人の瞳に生気が感じられなかった。何か魂が抜けているような感じで、まるで中身だけ……
っ、僕は何を考えているんだ。あんなのただのウワサだろ。それにこいつらは自由気ままな客じゃない。従業員だ。それなりの重労働が夢の楽園を支えているのだろう。そう思うようにして、僕は思考を終了させる。これ以上考えても意味のないことだ。今は、無理矢理連れてこられたにしろ、少しは楽しむべきだろう。
視線を奈々に戻すと、彼女はどこから取ってきたのか、パークのパンフレットを広げて、
「ねぇ、これ乗ろうよ! なんか楽しそう!」
すっかり気分は乙女らしい。口調が少女だ。
「ん、どれ?」
裕人が覗き込むように見るので、僕もそれに倣って、パンフレットを見てみる。
奈々の指さす先、そこにはでかでかと大きい文字で、『アクアツアー!』と書かれていて、アトラクションの設置場所が記されていた。見出しは、
「小型ボートで未知の大陸を探索!! 皆で一緒に、今年最高のスリルを楽しもう!!」
パークの一押しなのか、とにかく目立つような色彩の使い方だ。極彩色にも近いので、逆に興味を失くしたが。
「ねぇ、有澤さん。これ、人気そうだし、混むんじゃないかな。長時間待つことになると思うけど大丈夫?」
裕人が心配するように声を掛ける。出来たイケメンなことで。あと、頭が良ければ完璧だったのが悔やまれるな。裕人の話を聞いて、奈々は複雑そうな顔をした後、首を振る。
「ううん。えっと、このアトラクションはね。ドリームランド内だとダントツに不人気らしいの。こんだけ宣伝しているのにおかしな話なんだけど……」
ほう。ダントツで不人気か。これは何かあると見たな。
「その不人気に理由とかってあるのか? ……あぁ、理由がなきゃ誰も気にしたりするはずがないんだけどな」
「えっとね、確か……」
思い出すように奈々は少しの間唸ってから、
「時折、暗い巨大な影が見えるとか、誰かの悲鳴みたいのが聞こえてきたとか。あと……」
「アクアツアーに参加した家族連れが返ってこなかった、とか」
「…………」
あんまり笑えるものじゃないな。人が消える。そんなウワサが立つっていうことはそれなりに『何か』があるっていうことだろう。先に口を開いた裕人の方だった。
「あー、なら、尚更止めた方がいいんじゃないの? もう少しマトモなところぐらいあるだろうし……」
それに対して奈々は不満気に唇を尖らせて、
「えー、なんかそういうところがいいんじゃない。『ワケあり』って感じでさ」
……分からない。奈々の興味が惹かれるものが理解できない……。
「さっ、目的地も決まったし、レッツゴーだよ!」
「ははは」
「……はぁ」
奈々に引きずられる形で、俺と祐人はアクアツアーへと向かう。
『死』まであと二十分。