美女ときどき男
まず初めに私は部屋に案内された。
ヤンソンさんを先達として、てくてく王宮を歩けば私の顔を見てびっくりする人たちがたくさん。
いままでない反応でちょっと戸惑う。
なんせ、レースや母さんといるとたいていは私じゃなくてそっちに目線が行き、
みんながうっとりする、というのが定番だったからだ。
まるで幽霊を見たかのように目を見開き、そして目をそらす人々に居心地の悪いこと。
「ヤンソンさん、私そんな変な顔してますかね?」
「いえ、陛下に瓜二つなのでみんな驚いているだけですよ。」
出た、陛下にそっくり発言!
いいのか、こんな平凡顔を陛下にそっくりなんて言って。
不敬罪で捕まらないだろうか?
なんて少し慣れてきた私は冗談を心のうちで言っていれば、私の部屋という場所に案内された。
ちなみにレースも王宮に部屋を用意してもらえるらしい。
よかった。でも一応男だということでレースの部屋は離されたらしい。
「こちらでございます。エンカティティ様。」
到着した部屋のドアをヤンソンさんが開ければ中には3人の美人がいた。
と、それよりも部屋の中はピンクとふわふわに溢れていて、
少女趣味をぎゅっと詰め込んだような部屋だった。
どうもおかしい、これまで歩いてきた廊下はとても趣味が良く、シックなしつらえだった。
まあ、おいてある装飾品は死んでも返しきれなそうな金額を醸しだすものばかりだったけども。
「あの、王宮の部屋ってみんなこんな感じなんですか?」
「いえ、こちらの部屋はエンカティティ様がいらっしゃるとのことで
陛下自らご指示されまして改装しております。」
余計なお世話を、と思いつつもまだ見ぬ父親がそうやって自分のために何かしてくれるのは少しうれしい。
「それでは、お召し替えの準備につきましては中にいる三人が行いますので、よろしくお願いいたします。
レースウェイ様のお部屋は客間となっておりますので、私たちは一度そちらに行ってきます。」
「はい。」
そういって立ち去ろうとした二人に、少しだけ寂しくなる。
だってずっと一緒だったし、三人の美人のもとに取り残されるのは少し不安だ。
さみしい気持ちのまま、立ち去ろうとしたレースのひらひらした服を
半ば無意識につかめばきょとんとしたレースがふりむく。
てっきりからかわれると思いきや、レースは振り返り頭を優しくなでてくれた。
そして、背が高いレースは見上げる私の耳元に口を当ててささやく。
「大丈夫だ。すぐ戻る。」
耳から伝わる声は久々に聴いた男の声。
レースはいつも女性を意識してか甘く柔らかい声しか出さない。
女装姿にぴったりなその声は聴きなれているけど、こっちの飾らない低い声は全然聴きなれていない。
全身が沸騰するように真っ赤になったであろう私に
にやりとこれまた珍しく男らしく笑って、もう一度私の頭をなでて去っていくレース。
残された私はそれを見ていたであろう侍女のほうを向くのが気まずく感じるが、
ふりかえれば全く表情を動かすことのない3人がいた。
「あの、エンカティティです、よろしくお願いいたします。」
「姫様、わたくしたちに敬語は必要ございませんよ。わたくしはユニス。
これから姫様のお世話をさせていただきます。右からジジにタリアです。」
「ジジです。」
「タリアです。」
よろしくお願いいたしますと向こうが挨拶を丁寧にしてくれるから、
私もぎこちなくまねてお辞儀をする。
けれども、ユニスさんの眉毛がピクリと動く。
ああ、やっぱり不格好だったんだな。
礼儀作法なんて本当に知らないし、不安がいっぱいだ。
ユニスさんはそれでもそこに触れることなく、愛想があまりない顔で、指示を出す。
「それでは、これから湯あみをしていただき、
お召し替えをして陛下に謁見する準備をしていただきます。」
「はい。」
「ジジ、タリア、準備を始めなさい。」
「はい。」
二人はすたすたと歩きだし、ユニスさんと二人きりになる。
「こちらへどうぞ。まずは湯あみからです。お召し替えをしつれいしてもよろしいでしょうか?」
「え?」
「お召しものをお取りしてもよろしいでしょうか?」
「脱げばいいんですよね?」
「姫様、今後はわたくしたちがすべてやりますので、おまかせください。失礼いたします。」
そうして、お風呂に入れられたあと、謎の液体を体に塗りこまれ、マッサージをされて、
されるがままにコルセットを吐きそうなくらい締め付けられ、ドレスを着せられた。
最後には化粧をばっちりしっかりやって髪の毛をあげられる。
三人の手によって私は磨きこまれて、鏡をのぞけばまるで別人のように美しい私が!
・・・・なんて夢みたいなことはあるわけもなく、
鏡の中にはいつものわたしより多少つやつやした私がいた。
平凡顔は変わらない。
華美なドレスがちょっと面白い感じになっている。
正直自分でも期待はずれすぎて泣きたくなったし、三人にはここまでやってもらいながら
磨き甲斐のなさに申し訳なくなったくらいだ。
「終わりました。」
化粧の仕上げをしてたジジさんがそういうと、ユニスさんに導かれて部屋の真ん中にあった
これまたピンクの張地に金の猫足ソファーというファンシーそのものなソファーに連れていかれる。
「ヤンソン様がお迎えにくるまでしばしお待ちくださいませ。」
座った私の前にはいつの間に、といった神業で紅茶と茶菓子が出てくる。
けれども限界まで締め付けられたコルセットのせいで、まったくもって食べれない。
ついでに言うと、動きすらぎこちないから今紅茶なんて飲んだら震える手で
ドレスにバシャバシャ紅茶をかけそうだ。
あきらめよう。
ぐっと我慢して、座っていると見計らったかのようにドアがたたかれる音がした。
ユニスさんが返事をして、ドアを開くとそこにはヤンソンさんとレースがいた。
「エンカティティ様。とてもきれですね!」
まるでからくり人形のようにぎーっと動く私に、
ヤンソンさんがとてつもなく美形な顔に笑顔を浮かべながら誉め言葉をくれる。
正直そんなのうそだってわかっているし、
褒められることなんて今までほとんどなかったせいで恥ずかしいけど、
美形の満面の笑顔での褒めことば!
大事な人生の宝物にしよう。
そう心に刻む。
ふたりが近づいてきたものレースはなにも言わない。
当然だろう。
レースは自分自身が芸術品並みに美しいため美意識が高い。
私相手に嘘もつきたくないだろうし、本音をいうと私が怒り狂うのを知っているから
何も言わないのは得策だ。
座っている私の前に来たヤンソンさんは行きますかといって手を差し出してくれる。
それは幼いころから母さんに馬鹿にされながらも読んでいたお話の中の王子様のようで、
でも正直どうしたらいいかわからないため、戸惑っていたら、ぐいと手を引かれた。
「レース!」
「ほら、いくわよ。」
そういって自分の腕に私の手を置かせる。
なんだかエスコートされてるみたいだ。
レースも着替えてきたのか薄紫の上品なドレスを着ている。
そういえば、ドレスを着せられて気づいたけれども、
レースはいつもふんわりとしてウエストを締め付けないタイプのドレスを着ている。
さすがに性別は一応男。
コルセットでいかに締めようと女性のような細いウエストは作れないだろう。
そんなことを考えているとレースが歩き出す。
「ぼうっとすると転ぶわよ。」
「ごめんごめん。」
ヤンソンさんが奥で笑う気配がして、それではご案内いたします。と先に歩き始める。
私はなんとかレースの腕を頼りに、ゆっくりゆっくり歩く。
ドレスって歩きずらい、踏んじゃいそうだもの。
「ていうか、レースはさ、ドレスでいいわけ?」
素朴な疑問が浮かび上がる。
「大丈夫じゃないかしら。言わなければ誰もわからないし、いつもこうじゃない。」
確かに、ドレスを着こなして、髪をふんわりとあげているレースはどう見たって美女だ。
なんなら一緒にいる私が恥ずかしくなるくらいの美女っぷり。
それに、私はレースが女装をしている理由をなんとなくわかっている。
レースはいつだって変わってい、普通ではない、出来の悪い次男坊じゃなくちゃいけないんだろう。
そのために今まで女装をしてきたのに、こんな王宮で男の恰好をしたら
すべてが無になってしまう。
となりを歩くレースは誰もが疑わないくらい美人だから問題ないだろう。
というより、私の替え玉やってくれないだろうか。
そうこうつらつらと考えているうちに一つの大きなドアの前についた。
「こちらでございます」
ヤンソンさんがそういった、扉は大きく、キレイで繊細な彫り物がされていた。
いつの間にかレースは私の横を離れ、後ろにまわる。
ヤンソンさんも私の後ろに立つ。
ここから先は私が立ち向かわなければいけない、わたしの問題だろう。
扉を両端に立っていた騎士様が開く。
ぎいという音とともに扉が開いた。