王都への道のり
王宮に行くと決まってからは本当に嵐のようだった。
なんせすぐにでも出発するというヤンソンさんを止めて
トランクに荷物を詰めることから始めた。
この国、バルバレアはそんなに大きな国じゃない。
キャンディロロの領地から馬車で王都まで三日。
馬車はさすが王族専用なため見た目は派手ではないけど中は一級品。
外からみた以上に広く中は広々!ふわふわの座席!だったのに
私は1日目、2日目とまんまと初めての乗り物酔いに窓の外を楽しむことなく、
ぐったり寝て過ごしたんだった。
おかげで死にそうな顔で心配するヤンソンさんはすこしやつれた気がする。
そういえばわたし人生初めての乗り物だった。
でも今日、3日目になると少し慣れてきたのか王都に入るころにはやっと意識もはっきりしてきた。
興奮して窓のカーテンをめくり外を見れば初めてみた王都。
大きな石造りの門を顔パスで通り抜ければ、ざわざわとした人の群れが見える。
王都はもはやお祭り状態だった。
ど田舎中のど田舎で育った私はこんなに人がいるのは初めてだったたし、
お祭りでもやっているかと思いヤンソンさんに聞けば、苦笑された。
「王都はいつもこのような感じでございます。」
「人が多いですね。」
横に座っているレースは退屈そうにあくびをしている。
レースはきっと何度も来たことがあるんだろう。
腐っても領主の息子、こっちにも別邸があるはずだ。
「あまり外ばかり覗いているとはしたないわよ。」
至極まっとうなことを言うレースの顔には驚きなんてない。
少しだけ自分だけが田舎者丸出しで恥ずかしくなり馬車のなかに顔を戻す。
「ヤンソンさん、この後はどうなるんですか。」
もっと早くに聞いておけばよかったけれども、
酔っていたせいでまともな会話はしばらくできていなかった。
どうしよう、なにもわからない。
「王宮に入り、一度お召変えをしていただきます。」
「着替えるってことですか。」
「そうです。」
「着替えて、そのあとは?」
「陛下にお会いいただきます。陛下は首を長くしてまっておりますよ。」
そうにっこりとほほ笑んでくれたヤンソンさんにほのぼのとしていると、レースが口を挟む。
「でもこの子礼儀作法なんてなにもわかりませんけど。」
「ぐ、そうなんです。私、そういったこと全く分からなくて・・。」
一番の心配はそこにある。
私は花屋の娘。生まれた時から花屋の娘。
王宮なんかを出入りするような礼儀作法なんて学んだことも想像もつかない。
いっそレースを替え玉にしたいくらいだ。
「大丈夫です。まずは陛下にお会いいただき、そのあとゆっくり礼儀作法は学んでいきましょう。
今回は親子の再会です。陛下からはそのようなものは気にせず良いとのお言葉です。」
自分の父親なのに全然実感のない、雲の上の国王と会うのが
親子の再会なんて非常に変な感じだ。
ついでにいうと親子の再会はこんなに緊張するものなのだろうか?
ぎゅっと不安にこぶしを握ると、隣に座っていたレースが大きな手でそれを包み込む。
レースの手はやはり性別が男だからか、私の手や母さんの手に比べて大きくて固い。
昔からレースはこうやって私の心配とか不安を敏感に察知してそばにいてくれた。
そういえば私のそばにずっといたレースは確かに長年の疑問だった。
だって一応領主の息子がただの花屋の家によく来るっていうのはおかしいじゃないか。
でもそれでもなんとなく納得していた私はやっぱりよくみんなにいわれるように鈍いんだろう。
というか、不思議なくらいレースと母さんの容姿は似ていたから違和感がなかったというか・・。
実の娘がこんなに平凡だというのに、レースと母さんが似すぎていて、
私はたまに入れ替えっ子なんじゃないかと疑ったものだ。
とはいえレースのお母さんであるアネット様も私の母に似た銀の髪、湖のような瞳だった。
なんだよ、私の周りキャンディロロ地方の名産銀髪美女のオンパレードじゃないか。
それもそのはずアネット様とうちの母さんはいとこだったらしい。
あんながさつで口が悪くて、雑な母さんだけど、アネット様といとこで、
そしてアネット様がお妃候補として王宮に上がられたとき、
侍女として一緒に王宮にきて・・そこで私のお父さんと出会ったっていう話らしい。
これは馬車の中でレースが少しずつ話してくれた話。
不思議なくらい、私の周りには私の知らない話が散らばっていた。
そして、いままで私はどれだけの不思議を見ないふりしてきたのか。
馬車が止まる。
レースはもう一度私の手をぎゅっとにぎり、そのきれいな瞳で私の目を覗き込んできた。
心配しなくて大丈夫だと私も目線で返す。
ヤンソンさんのごほんというわざとらしい咳払いではじまり、馬車の扉が開かれる。
そうして、私は私の知らない世界へ一歩踏み出したのだった。