私のしらない私のはなし!
「どうぞ。」
場所は変わって私の家の中。
必要なものしかない質素な我が家の狭い部屋、ダイニングテーブルに私と騎士様。
そしてレースが膝を詰めあって座っている。
あのあと、私の手を放したがらない騎士様の手をレースが無理やり首をつかんで離し、
みるみるうちに勝手知ったる素振りで私の家に入り、お茶を入れるよう指示され、
混乱した私は紅茶を入れて騎士様の前に出したのだった。
恐縮の極み、まるで自害でもするんじゃないかってくらい思いつめた顔で
騎士様は私の紅茶をみてあたまを下げる。
「エンカティティ様手ずから紅茶を賜るなど・・・。」
ぶつぶつ言っている言葉は聞かなかったことにする。
本当は逃げたい気分だけどちらりとみたレースはひょうひょうとした顔で
でも逃げるなって顔に書いてある。どうやらやつは何かを知っているみたいだ。
「あの」
何も語らない騎士様に話しかければ急に真剣な顔で私のほうを見るから
心臓がどっきりする。やっぱり美形だ。
日ごろ幼馴染のレース相手に美形は見慣れているが、
こっちは美形でも男の美形。
一方レースはほぼ美女だ。
いや、一応男だがひらひらした洋服にきらめく銀の髪、
青く透き通った瞳はまるで貴婦人!
男の要素が全くない。
なのでこの騎士様相手に私の心臓がいちいちびっくりするのはしょうがない。
なんせ私、生まれてこのかた恋人もいたことのない、
男慣れしてないことに関しては誰にも引けを取らないような女だもの。
「いったいどのような御用で?」
お探しのエンカティティって私じゃないと思うんですよ。
そう思いながら聞けば、騎士さんははっとした顔をした。
「失礼いたしました。あまりに感動し、任務を忘れるとは騎士にあるまじき行為。
大変申し訳ございません。」
またしても自害でもするんじゃないかってくらい深刻な顔で謝る騎士様。
「私はヤンソンと申します。王宮にて近衛騎士をやっております。」
「はあ。」
「このたびは王命を受け、エンカティティ様を王宮より迎えに来た次第でございます。」
「・・私なにか悪いことしましたかね?」
「めっそうもございません!エンカティティ様は陛下のご令嬢にあられますので、
わたくしめがお迎えに上がった次第でございます。」
ヘイカ、へいか・・私の知っているへいかという言葉とは違う意味なのだろうか。
そういえば私は田舎育ちだからもしかして王都では違う言葉の壁がある場合がある。
「ヘイカって。」
「国王陛下でございます。」
「ああ、国王陛下・・。」
そんなわけあるまい。
そう思って私は思い返す。確かに私の母はちょっとよそではお目にかかれない美女だった。
それこそ国王の寵姫です!といってもおかしくないくらいの美女。
絹糸のようにさらさらな銀の髪に青い湖のような瞳、そしてほっそりとした華奢な体。
このド田舎な湖水地方名産と言われている銀髪美女の代表みたいなものだ。
娘の私が見ても妖精か女神もかくやといった風貌だったが、
いかんせん中身はただのガサツでずぼらな女性らしさのかけらもない人だった。
足でドアを開けるし、酒も飲むし、掃除が大嫌い。食べた食器は洗わない。
私が人生のなかでいまだかつてお目にかかったことがない超ド級のギャップのある人だった。
そんな彼女が国王の子供なんて産めるわけない。
というか、うちの母さんはずっと花屋なはず。
「あの、やっぱりそれ間違いですよ!私の母さんはずっと花屋を営んでおりまして。」
「間違いございません。エンカティティ様、あなた様は陛下に瓜二つでございます。亜麻色の髪にはちみつ色の瞳。一目みて探していた姫君だと確信いたしました!」
また熱くなりだしたヤンソンさんは、語調強くそう言い切ったけど、
言わせてもらえばこの国の七割がたは「亜麻色の髪にはちみつ色の瞳」だ。
ついでにうまくいったもんだとおもったけど、要するに平凡な茶色の髪に茶色い瞳ってことだ。
似てるなんて言われたってそんなこと言ったらこの国の七割はそっくりさんだ。
「でも」
反論しようとした瞬間、それまでじっと座って私の入れた紅茶を啜っていたレースが口を開く。
「エンカティティ。この人の言っていること本当だから。」
「は?」
「エンカティティは陛下のこどもだってこと。」
「なんでレースがそんなこと知ってるのよ、意味わかんない。」
「だって、エリーヌおばさんをここにかくまったのはうちのお母さまだもの。」
「アネット様が?」
「そう、まあそのうち細かく話すけど、とにかくこの人の言っていることは本当よ。
確認したいならキャンディロロ領主に聞いてもいいわ。」
「そんな・・。」
混乱の極みとはこういうことを言うのだろう。
確かに昔小さい頃、お父さんは誰かなんて想像して楽しんでいた。
エリーヌはガサツで雑だったからよく「あなたのお父様は妖精の王様よ!」なんて言っていたけども、
信じていた時期があったけれども、
それで後々大変爆笑され馬鹿にされて怒ったけども。
まさかそんなことありえない。
でもレースは私の瞳から目をそらさず力強くうなずく。
「私が今日ここにきたのも、お母さまから王宮から迎えが来ていると聞いてきたんだもの。」
「それで感動の再会だのなんだの言ってたのね。」
全部私だけが知らないこと。なんだか一気に重たくなって大きくため息をつく。
「で、こちらの騎士様はあなたを連れて帰らないと二度と王都に戻るなという王命を受けているのよね?」
「はい!そうは言われましても情報も少なかったため、二度と王都に戻れないのかと、
むしろ左遷かとおもっておりましたが、一目エンカティティ様をみてすぐにわかりました!
なんて私は幸運なんでしょう!」
「そんな、わかるわけないじゃない。」
「いえ、本当にエンカティティ様は陛下に瓜二つです。王宮にいる姫君、王子の中でも最も似ていると思いますよ。」
いつか見た陛下の姿絵は確かに茶色い髪、茶色い瞳だけどこんな平凡な容姿していなかったけどな。
そうぼやきながらもヤンソンさんを見れば、にこにこしている。
この人いい人なんだな。
「すぐに馬車を呼びますので、王都までお越しいただけますか?」
「ぐ、絶対にいや!」
「そんな!」
「私が行かないとヤンソンさんはどうなるの?」
「・・それは・・・王都に戻れません。」
「でも、行きたくないって言ったら?」
「お待ちいたします。いつまでも。」
「永遠に行きたくないっていったら?」
「それでも、お待ちします・・。」
みるみるうちにヤンソンさんの瞳は悲しそうになる。
そうだよね、王都に家族だっているだろうし、
こんなド田舎で一生を暮らすため生まれたわけじゃないだろう。
だいたい近衛騎士なんてエリート様がこんな田舎で
こんな平凡な女のせいで人生を終わらすなんてとんだ残酷物語だ。
「手紙を書いて断るとかは?」
「可能ですが、私はここを離れません。姫君をお守りするよう指示を受けておりますゆえ。」
どうしよう、こうヤンソンさんを見てると行かなきゃいけない気がしてきた。
けど王宮なんておとぎ話でしか知らない場所に一人で行くなんて絶対いや。
「騎士様。」
「はい。」
私の葛藤を見かねたように、いつのまにか紅茶を飲み干していたレースは
にこりとヤンソンさんに微笑む。かっと彼のほほが赤くなるのが見えた。
そうだよね、レースは何も知らなければ絶世の美女だ。
「エンカティティは見ての通りこの鄙びた町で育っておりまして、
王宮に一人でいくなど心細いかと思います。わたくしも同伴してよろしいでしょうか。」
「しかし。」
「わたくしはキャンディロロ家の次男、レースウェイ=キャンディロロです。
王宮についていっても何ら問題はないと思いますけれども。」
「キャンディロロ家、次男・・・。」
瞬間、ヤンソンさんの顔は疑問いっぱいに溢れた。次男、それが引っかかるんだろう。
そりゃそうだ、どう見たって貴婦人なレース。
「レースは、男なんです。ヤンソンさん。」
あまりにかわいそうになってそういえば、さらにあわあわとするヤンソンさんの手を
レースはおもむろにつかみ、自分の胸にギュッとあてる。
「ね、男なんです。」
ヤンソンさんのぎゃあという悲鳴が響いたのはすぐだった。