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出会い

 彼は最初彼女にとって珍しい少年、という風に映った。

なぜなら履修者のほとんどが竜人に属する古代竜人語の履修を、

人間の少年が取ったからだ。


 彼女も最初は物珍しさから取ったのだろうと思い、いつまで

続くか、というような事を茫洋と思ったものだった。

何故いつまで続くか、などという教育者にあるまじき事を考えたのか、

それは古代竜人語の履修に当たって人間の─時に竜人でさえ─

発生することが喉の構造的に不可能な単語が入っている事が一因

だった。

これまでも少なからず古代竜人語という、現代ではすっかりマイナー

になり一部の裕福な竜人やその一族の支族に連なる一般家庭から

考えると多少歴史のある竜人の子供しか履修しなくなった科目。

そんな科目を取ってもお試し期間中に科目替えをする人間の子供、

というのは目にしてきた。

なので彼女にとって彼は珍しい─完全に存在しないわけではない─

子供だったのだ。


 だが、彼女の想像は少しだけ外れていた。

初めての授業で彼女が授業で古代竜人語を紡ぐのを、なるほど、

分からん、という態度で聞いていたその少年が放課後。

彼女一人が占有する古代竜人語科の教師部屋にその少年が訪ねて

来たことでそれを思い知る。


 まずコツコツ、とドアが鳴った。

続いて高校生にしては高い音の少年の声がして、入室の可否を

問うてきた。


「一年F組の鈴木正仁です。古代竜先生はいらっしゃいますか?

 入室してもよろしいでしょうか」


 彼女は正しく彼の姓名を把握していた。

珍しい人間の古代竜人語の履修者だ。

若干の疑念を抱きながらも彼女専用に誂えられた寝台─寝台と

いうには語弊があるだろうか、通常の職員室では竜人・人間を

問わず通常の椅子と机が宛がわれるが、長時間をこの教員室で

過ごす彼女は私費で竜人が寝そべって作業をするための台を部

屋に取り入れていた─に寝そべりながらその日の授業の進捗を

見ながら入室の許可を出した。


「どうぞお入りなさい」

「失礼します」


 ガラリとドアを開けて入ってきたので彼女がついと視線を遣

ると教員室のドアから入ってきたのは果たして、やはり件の彼。

 初々しい紺のブレザーに身を包んだ、ちょっと太り気味の愛

嬌がある男子生徒だった。

彼の太り方は見苦しいものではなく、高校生男子に当てはまる

かは分からない物の、見ていて微笑ましい福々しさを感じさせ

るものだった。


「どうしました。早速授業の質問ですか?」


 半ば前知識もなしに履修した授業の訳の分からなさに拠る、

転科の相談だろうと思いながらも彼女が問いかけると。

 少年は予想を裏切る答えを返した。


「はい。実は一片も授業の内容分からないどころか授業で聞き

 取れない部分があったので。そこの補完をしたくて……」

「ああ、それは。熱心ですね」


 長年生きてきた彼女だったが少し斬新というか、思考の外に

あった反応を返されてしばしの心理的空白が生まれる。


「それで、今日の授業スマホで録音してたんですけど……」


 そこに正仁少年からの言葉が差し込まれる。

その瞬間彼女が感じたのは良い香りだった。

人を超える竜人族の中でも特に秀でている古代竜人である彼女

でも微かに薫る程度に感じられる香り。

それは彼女の本能に働きかけ、正仁少年を「欲しい」と無意識

に思わせる物だった。


「古代竜先生?」


 正仁少年の声掛けに、彼女ははっと我に返る。

何秒忘我していたのだろうか、判然としないが彼女の嗅覚は彼

から手放しがたい芳香を感じていた。

だが彼女は自前の精神力でもってその感覚をねじ伏せ、少年の

問いに答えようとする。


「ええと、授業を録音するのは良い手ですね。手軽に復習でき

 ますし」

「それでなんですけど早速……この授業冒頭で自己紹介する時

 ちょっと聞き取れなかった空白の時間があるんですけど……

 再生しますね」

「ええ、どうぞ」


 正仁少年が操作したスマホから聞きなれた彼女自身の名前が

流れ出す。

そしてすぐに発音をやめ、「いえ、古代竜先生と呼んでください」

と訂正する自分の声。

そう、古代竜人語での自己紹介をしたのだが聞き取れない生徒

が居るのを思い出して彼女は咄嗟にそういう生徒がいる時のい

つもの手段、日本語で「古代竜先生」と呼んでもらう事にした

のだ。


「ここ、すごく綺麗な発音ですよね。全部聞き取れなくて悔し

 いですよ」

「ああ、そこは輝ける赤金の髪の人、という意味の単語が入る

 のですよ。人間の可聴域にない発音なので後で辞書で引くと

 いいでしょう。人間に解る発音でいうと……」

「なるほど。ありがとうございます。綺麗なお名前なんですね」

「……解りますか?名前だと」


 思わず問うてしまった彼女に、正仁少年は福々しい顔をにこ

りと微笑を浮かべて答える。


「私の名前は、まで日本語でしたからね。解りますよ」


 当たり前の事を聞いてしまった、という恥ずかしさで彼女は

手入れされていない伸び放題の髪の中で羞恥に頬を染めた。


 それが古代竜先生こと彼女と、鈴木正仁少年の出会いだった。

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