07.言いたいことは明日言っても遅い
「なんなのさ? ぼくはアンジェラさんと話すことなんて……」
「すぐに済みます」
男の子達との物々交換が終わり、休憩がてらおしゃべりをしていたところを、アンジェラは少し離れた場所にルカを無理やり連れ出した。
カタリナが気をきかせて、何でもないように振る舞ってはいるが、他の子達の興味の目はこっそりと注がれていた。特にトムがハラハラとした様子で離れた場所に行った二人をチラチラと見守っている。残念ながら、彼らに背を向けているアンジェラに気付く様子はない。
「ルカ、念のために確認したいのですが、今後、司祭様を手伝って行きたいと考えていますか?」
「そんなこと……、無理に決まってる。ぼく達は司祭様の『お荷物』なんだから」
ルカのいじけたような声に、アンジェラは軽くため息をついた。本当に一時期の自分に似過ぎて、イヤになる。
「無理とかそういう話ではありません。ルカがどうしたいのかを聞いているんです」
くるりと背を向けようとしたルカの両腕をがっしりと掴み、逃がさないようにする。
「……そりゃ、一緒にいたいよ。だけど――」
「ルカ、助祭を目指してみませんか?」
「は?」
予想外のセリフだったのだろう、ルカはあんぐりと口を開けた。
「助祭、って、そりゃ、司祭様の手伝いをするなら、そういうことになるかもしれないけど、アンジェラさん、どうやってなるか知ってるの? 助祭になるまでに、司祭様に迷惑をかけるだけじゃないか」
「司祭様に話してみましょうよ。司祭様のお手伝いをしたいって」
「イヤだ。司祭様に迷惑をかけたくないんだ」
ルカの言葉に、アンジェラは盛大にため息をついて見せた。
『――きっと、意地をはるわよ、あの子。この間会った時に、ジーナと頑固そうなところがそっくり、って思ったもの』
カタリナの言葉通りだった。そして、もしそうなった時の対応についても、木の実を積みながら相談してある。
「……分かりました。ルカは自分で意思表示もできないお子様なんですね」
「なっ!」
「だって、そうでしょう? 司祭様の手伝いがしたいと思っても、それを司祭様に話すこともありませんし、ヨハンやアンドレが出て行くことを快く思っていなくても、司祭様にはその気持ちを隠しているでしょう」
「……」
「あたしも色々考えたんですけど、このまま放っておいだら、あたしの主の不利益になりかねませんし、あたしの方から司祭様に話しておくことにしますね」
話は終わり、とばかりに、アンジェラはルカを押しとどめていた手を放した。
「ま、待ってよ」
「なんでしょう?」
「誰も、アンジェラさんにそんなこと頼んでいない。助祭にだって、そりゃ、なりたくないわけじゃないけど……」
口ごもるルカに、アンジェラは事前に話し合ったように、「意地悪く」対応することにした。
「えぇ、『なりたくないわけではない』んでしょう? あたしはそれを司祭様にお伝えするだけです。そこから先は、あなたの保護者である司祭様がお考えになることですし。……それに、勘違いされては困りますが、あたしは主の不利益にならないように動いているだけで、別にルカのために動いてはいませんよ?」
完全に嫌われ役だ、そう思いながら、アンジェラはルカの反応を待つ。
「……そういうの、他の人に言われるのはイヤだ。ぼくが自分で司祭様に言う」
ルカの言葉に、アンジェラは心の中でガッツポーズを決めた。ようやく欲しかった言葉を引き出せた、と。
だけど、ここで気を抜いてはいけない。その場しのぎの発言である可能性があるからだ。
「そこまで言うのでしたら。……でも、できるだけ早めに司祭様に相談してくださいね? もし、次に司祭様にお会いする機会があったら、うっかり口を滑らせてしまいそうですから」
最初から考えていたダメ押しのセリフを口にすると、アンジェラはルカを置いて、イザベラやカタリナが談笑している輪へと戻っていく。
(……ルカ、頑張って)
声には出さずにエールを送る。
「……どうだった?」
「えぇ、言うだけは言いました。後は本人次第……でしょうか」
「んもう、じれったいわね。とっとと司祭様に言っちゃえばいいのに」
「ベラ、それをしたら意味がないわ。こういうのは自分で動いてもらわないと、本人のためにならないもの」
「ふん、だ。こういう時のカタリナって、変にお姉さんぶるんだから」
「そりゃそうよ。実際に『お姉さん』なんだもの」
顔を見合わせてくすくすと笑い合うカタリナとイザベラを見ながら、アンジェラもようやく気を抜いて笑みを浮かべた。
「あ、あの、アンジェラ?」
「トム? 何でしょう?」
突然、話しかけてきたのはトムだった。
「ルカと何の話をしてたの?」
「あら? トムってばそんなに気になるの?」
「そりゃそうよねー。アンジェラが自分から引きずってまでする話だもの、興味あるわよねー」
イザベラとカタリナがニマニマとしながらトムをからかう態勢に入る。
「いや、その、内緒の話ならいいんだけど、ちょっと揉めてたみたいだし……」
トムの声が小さくなり、心なしか背も丸くなっていく。
「心配してくれてありがとうございます。でも、あたしが少し、おせっかいをしただけですから、大丈夫ですよ」
何が大丈夫なのか分からないが、とりあえず、ルカのプライベートな話なので、適当に濁すことにしたアンジェラは、もちろん、トムがわざわざ尋ねてきた理由には気づいていない。
アンジェラが気づいていないことを知っているイザベラとカタリナは、トムの肩をそれぞれポンポンと叩いて、「じゃ、気の済むまで話していなさいな」と、ヨハンやアンドレが話している所に行ってしまった。
「今日もたくさん釣れたみたいで良かったです。やっぱりトムは釣りが上手ですね」
「そ、そう? 小さい頃から父さんに叩き込まれてるからね。良かったら、今度、アンジェラも一緒に釣りしない? ……って、女の子は釣りとかしないか」
「そういうものなんですか? もし、トムが良ければ、今度ぜひ教えてください」
話が弾むのはいいけれど、一向にルカとの話の内容について切り出せないトムは、ひっそり涙した。
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その日の夕食後、アンジェラは一人静かに緊張していた。
(ルカにあんなに偉そうに言った手前、あたしが何も動かないわけには……)
今日の夕食は川魚やヤナギイチゴなど、森の味覚が勢揃いとなっていて、ウィルも「おいしい」と言って食べていた。そんな楽しい夕食の後の、お茶の席である。
「――というわけで、ルカは自分から司祭様に相談すると言ってくれたんです」
「そうですか、良かったですね。確かに、司祭一人でやっていくには、この町の人口は多いですから、助祭がいた方が助かります。ダニエル司祭は、まぁ、飄々として掴みどころのない人でしたが、やるべきことはきちんとやる方でしたし、サブリナ夫人もいましたからね」
聞き覚えのない名前に、アンジェラは首を傾げたが、文脈からダニエル司祭のお妾さんのことだと見当をつける。
「それで、……ですね」
さぁ、言うぞ、とアンジェラはお腹にぐぐっと力をこめた。
「あたしも、ルカに負けていられないな、と思いまして、その、だんな様――」
アンジェラの様子に気づいて、ウィルは「なんでしょう?」と優しげな微笑みを浮かべて、次の言葉を待つ。
「もし、空いている時間があったらで構いませんので、あたしに領地管理について教えていただけないでしょうかっ?」
意図せず早口になったアンジェラは、まっすぐにウィルを見つめる。
「アンジェラが、学びたいのであれば、喜んで教えますよ。ただ、理由を聞いても良いですか?」
予想外の切り返しに、アンジェラは一瞬、喉を詰まらせた。
「――――その、あたしは、……もっと、だんな様のお役に立ちたいんです。それこそ、あたしを雇って良かったって思えるぐらいに」
「あぁ、それならもう何十回、何百回と思っていますよ。あなたがここへ来てくれて、本当に良かったと」
ウィルの率直過ぎるセリフに、アンジェラの顔がぽんっと赤くなった。
「てっきり、娘か婚約者になってくれる決心をつけてくれて、私が死んだ後もこの領地を守って行くんだ、と思ってくれたのかと期待してしまいましたよ」
「そっ、そんなこと、おそれおおいですっ」
「冗談ですよ。まぁ、本当にそうなってくれれば良いんですけどね」
「だんな様っ! その、年齢の差がどちらも微妙な問題だと思います。伴侶としても、子供としても」
「そうでしょうか? 私の知人には一三歳で子を持った人も、十八歳で五十過ぎの男性に嫁いだ人もいますから、それほど違和感はありませんよ。……まぁ、貴族のすることですから、あなた方から見れば不自然極まりないのかもしれませんが」
困惑しきった表情のアンジェラを見て、ウィルは小さく笑った。
「無理にとは言いません。全ては選択肢の一つでしかありませんから。……それにしても、あなたの貪欲さには、時々、驚かされます」
「貪欲、ですか? その、そんなつもりは……」
「いいえ、貪欲ですよ。新しい知識を吸収しようと、勉強しようとするその心意気は。私も見習わなくてはいけませんかね」
誉められているのだろうか、とウィルの言葉を反芻したアンジェラは、ふと、あることに気付いて尋ねてみることにした。
「だんな様も、何か新しいことを勉強するのですか?」
「……そうですね。このままですと、私の仕事はアンジェラに取られてしまいそうですから、私も料理や掃除を覚えた方がいいかもしれませんね」
「とんでもありませんっ!」
これにて2度目の夏編は終了です。




