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03.水火を通ず

 アンジェラはまず、三人の子供に引き合わされた。

 一番上の子がヨハン。一番最初に応対に出た褐色の肌の少年だ。気の強そうな黒目と、くりくりとカールしている黒髪がかわいらしい十歳。

 真ん中の子がルカ。こちらはエリヤ司祭と同じ金髪の少年で、おとなしい性格なのか、照れているのか、伏し目がちに自己紹介をしてくれた。ヨハンと同じ十歳だそうだ。

 一番下の子がアンドレ。好奇心旺盛なのか、自己紹介の間も、その栗色の目をアンジェラに遠慮なく向けてきた。こちらは二人よりも少し幼い九歳だ。


 エリヤ司祭は書類整理のため、礼拝堂の奥の部屋に閉じこもってしまったので、アンジェラがこの三人を監督して、まず、礼拝堂の掃除にとりかかることとなった。住まいとなる司祭館の方は、昨晩、簡単に片づけたらしいが、おそらく、そちらも掃除する必要があるだろう。


「まず、上の埃を払いましょう。えぇっと、アンドレとヨハンはそちら側の、あたしとルカはこちら側からです。一人がイスに乗って、もう一人がイスを押さえててください」


 前任のダニエル司祭が出て行ってから一週間も経っていなかったが、高齢なこともあって、あまり礼拝堂の環境に目をやれなかったのだろう、相当な埃が溜まっていた。

 三人の子供たちは、アンジェラの言うことを聞き、埃がたくさん落ちてくることに達成感を感じつつ、掃除に手を動かした。


 ……最初だけは。


 まず、アンドレとヨハンがイスに乗る役と椅子を押さえる役の交代で小さな口論をした。それ自体はすぐに決着がついたのだが、集中力が切れてしまったのか、はたきとほうきでチャンバラごっこが始まる。一、二回目のアンジェラの注意には耳を傾けておとなしくなってくれたが、そのうちに、注意に耳を貸さなくなって、チャンバラごっこを続けるようになった。

 すると、見かねたルカが注意の声を上げる。もちろん、アンドレとヨハンは聞く耳持たずで怒ったルカが、自分で使っていたはたきを片手に、二人を追いかけ始めた。


 以上が、アンジェラが三人と一緒に掃除を始めてから一刻も経たないうちに起きたことである。


(さて、どうしたらいいかな)


 先ほどから観察していると、一番上のヨハンはあまりちまちました作業は好きではないらしい。アンドレは一度やり始めると細かいのだが、集中力が切れて別のことに気を取られることも多いようだ。ルカは、基本的に良い子なのだが、二人に引っ張られているフシがある。

 そんな三人はぐるぐるバタバタと礼拝堂の中で鬼ごっこを継続中だ。


(放っておいて、あたし一人でやってもいいけど、でも、手が足らない状況だし……。下手に転んだりとか、礼拝堂の備品を壊したりとかしても大変だよね)


 むー、と考え込むアンジェラ。


「ヨハン、アンドレ」


 名前を呼ばれて怒られると思ったのか、二人は聞こえないふりをして完全に無視を決め込み、鬼ごっこを継続している。


(こう埃が舞ってる中で、大声出したくないけど……)


 アンジェラは小さく溜息をついた。


「ヨハン! アンドレ!」


 アンジェラは両手を小机にバン、と叩きつけた。その大きな音に、さすがにマズいと思ったのか、三人の動きが止まる。


「ヨハン、アンドレ。ちょっと外に来なさい。……ルカは中で待っててください」

「なんでオレらだけ……」


 礼拝堂の外に出た途端、ヨハンが愚痴を吐いた。説教でも始まると思っているのだろう。

 アンジェラはそれには答えず、司祭館の裏にある物置まで二人を引っ張ってくると、ほうきを二本取り出した。


「ヨハン、あなたの方が背丈があるので、礼拝堂や司祭館の蜘蛛の巣払いをお願いしますね。アンドレは門から礼拝堂までを掃いてください」


 さっきとは別の仕事を与えられ、二人はほうきを受け取ろうと手を伸ばした。


「念のために言っておきますけど、建物の外で掃除をするということは、町の人からも見られるってこと、分かります?」

「それぐらい分かるよ、なぁ?」

「うん」

「じゃぁ、ここから先も分かりますよね。あなた達がさっきみたいにふざけると、それも見られます。不思議なものでね、あなたたちがふざけていると、それを監督する司祭様が悪く言われるものなんですよ? つまり、司祭様の第一印象はあなた達にかかっています。ここまで分かりました?」


 二人は顔を見合わせて、こくこくと頷いた。さすがにそれはマズいと感じたらしい。


「外での作業なので、帽子があるといいんだけど、二人とも持ってます?」


 尋ねられ、二人は目を見合わせて頷いた。


「ここまで来る時もかぶってきたよ」

「じゃぁ、先に取って来てください。ほうきはここに置いておきますから」


 ヨハンとアンドレが駆け足で取りに行くのを見届けて、アンジェラは礼拝堂に戻ろうとした。


「アンジェラ?」


 突然、名前を呼ばれて振り向くと、教会の敷地を示す柵の向こうに、見知った顔があった。


「シビントン夫人」


 片手に食料品らしい荷物を抱え、一歳半になるギルバートを背負っていた彼女に、アンジェラは駆け寄った。


「こんなところで会うなんて思わなかったわ。何をやっているの?」

「あの、新しくいらっしゃった司祭様の、お片付けの手伝いで……」

「まぁ、ダニエル司祭の後任の方がいらっしゃったのね。お母さんにも知らせないと」

「メリッサさんに?」

「えぇ、今日の鐘当番だと言っていたから。……あら?」


 シビントン夫人はアンジェラの後方に目をやり、不思議そうに声をあげた。


「あの子たちは? 見かけない子だけれど」

「司祭様が引き取っていらっしゃる子です。全部で三人いるんですよ」

「あらあら、それなら今度の司祭様も優しい方なのね。安心したわ。――――あら、いけない、ギルったら」


 背中でぐずり出したギルが、ふぇ~、と声を上げている。


「それじゃ、アンジェラちゃん。暑い中大変とは思うけど頑張ってね」

「はい」


 シビントン夫人と別れたアンジェラは、横目でこちらを伺っているヨハンとアンドレに「ここは任せましたからね」と声をかけ、今度こそ礼拝堂の中に戻った。


「お待たせしました、ルカ。続きをしましょう」

「二人は?」

「庭掃除を頼みました。町の人から見られる場所だから、サボらないでねって。でも、心配だから、ちょこちょこと様子見には行きますよ」


 ルカはその答えに納得したのか「ふぅん」と返事をすると、黙々と埃落としに戻った。アンジェラも特にルカと話せる話題もなかったので、同じく黙々と作業をする。

 最初に沈黙を破ったのは、ルカの方だった。


「アンジェラさんは、何歳、なの?」

「あたしですか? 一三才ですよ?」

「いつから、……働いているんですか?」


 予想外の質問に、面食らったアンジェラは一瞬、口をつぐんだ。


「……ウィルフレード様の所では、一二の頃から、ですね」

(自分を売ったことを考えると十歳で、だけど、『働く』というものでもないし、釣りや木の実を取るのは、働くに入らない、よね?)


 定期的な給金をもらうことが働くことだと思い直し、アンジェラは心の中でひとり、納得する。


「一二歳。……あと二年?」


 二年と呟いたルカの目に浮かんだのは焦燥感にも見えた。ただ、その感情がどこから来るのか、今日会ったばかりのアンジェラには推し測ることすらできない。何と声をかければよいのかもわからなかった。

 それからは、二人、何を話すでもなく、また口を閉ざして作業に戻った。



.。:*·˚+.。:*·˚+.。:*·˚+.



「アンジェラさん、誰か来たんだけど、どうしよう」


 庭を掃き清めていたアンドレが駆け込んで来たのは、ちょうど礼拝堂の片側の埃をはたき終わったところだった。


「誰か、って、……分かりました。とりあえず用件だけはあたしが伺います。司祭様もまだお忙しそうですしね」


 エプロンについた埃を軽く払うと、ルカにイスを逆の壁側に動かすように指示し、外へと向かった。薄暗い礼拝堂にこもっていたせいか、真夏の強い日差しに目が眩む。


「あれ、アンジェラ?」

「トム? どうしたんですか?」


 やってきた来客は、つい先日、顔を合わせたばかりの友人だった。


「メリッサさんが、新しい司祭様が来たって教えてくれたんだ。ダニエル司祭が出るときに、うちで薪をほとんど預かっていたからね」


 トムの指差す後ろを見れば、ロバの引く荷車には何束もの薪が乗せられていた。


「そういうことでしたか。じゃぁ、運びますね」

「ちょ、ちょっと待って」


 ぐいっと腕まくりをしたアンジェラをトムが慌てて止めた。


「僕が運ぶって。大丈夫、いつもやってるし」

「そうですか? でも大変でしょう? ……そうだ、ヨハン、アンドレ!」


 こちらを伺って、手の止まっていた二人がほうきを片手に寄って来る。


「薪を運ぶのを手伝ってもらえますか?」

「え~? あ、いや、分かったけど、どこに?」


 不満の声を漏らしたヨハンだったが、司祭様に迷惑がかかるという忠告を思い出したのか、慌てて態度をひるがえした。


「この人たちは?」

「司祭様が引き取って育てている、ヨハンと、アンドレです。もう一人、ルカという子がいるんですが、今は中で掃除しています」

「へぇ。……僕はトム。教会にも薪を届けに来ることがあるから、顔を覚えておいてもらえると助かるよ。薪は司祭館の裏に置き場所があるんだ」

「トムさんは、アンジェラさんのコレ?」


 小指を立てて見せたヨハンに、トムは真っ赤になった。慌てて、首にまいたタオルで顔の汗を拭く仕草をしつつ顔を隠す。


「ヨハン、ふざけないでください。あなたは体格がいいから、二束ぐらい持てますよね。アンドレ、あなたは無理しないで、一束でいいです。……トム、すみませんが、案内をお願いできますか?」


 ヨハンの指摘に動揺する素振りもないアンジェラの様子に、トムはがっくりと肩を落とした。


「トム?」

「ううん、なんでもない。それじゃ行こうか」


 トムは苦もなく二束の薪を抱え上げると、少しよたよたと歩いているヨハンからさらに一束を受け持って行った。その後をアンドレがついていく。

 それを見送ったアンジェラは、再び礼拝堂の方へと戻った。

―――なので、そこから先の会話については一切知らない。


「アウトオブ眼中みたいだね、トムさん」

「元気出しなよ、トムさん」

「あ、……うん。ありがとう」


 状況を察した年下の、しかも初対面の子に慰められるトムだった。



.。:*·˚+.。:*·˚+.。:*·˚+.



 埃舞う礼拝堂で、アンジェラは小さな窓から空を見上げていた。


(もうすぐお昼ね)


 昼食について何も考えていなかった、と思い出す。台所を見せてもらって材料を見ないと――――。


「アンジェラさん、また誰か来たんだけど……」

「アンドレ? あ、はい、分かりました。あたしが出ます」


 来客が多過ぎて段取りをまとめられない、と思いながら、礼拝堂の外へ出たアンジェラは、その『誰か』に唖然とした。


「アンジェラ、久しぶりね」

「メリッサさん? ―――それに、アグネスさん、イレーネさん、キアラさん」


 メリッサの後ろに並ぶのは、アンジェラも知っている顔ぶれだった。それぞれ靴屋、仕立て屋、小間物屋の奥様方だ。


「お昼まだでしょう? みんなでね、一品ずつ持ち寄ったの。午前中からずっと働きっぱなしでしょ? 休憩も兼ねてお昼にしましょう」

「ありがとうございます。ちょうど、どうしようかと考えていたところでしたので、本当に助かります」

「いいのよ。どうせ今日は鐘当番だから、ここに来ることになってたし。……ここだけの話、新しい司祭様、若くて顔もいいみたいじゃない?」


 ふふふっと笑うメリッサは五十を超えたご婦人で、もちろん夫も子供も孫だっている。


「イレーネがね、朝、領主様のところに行くのを見かけたって言うのよ、ね?」

「そうそう、ね、アンジェラは間近で見たんでしょ? どんな感じ?」

「あら、そんなの、見てみればいいじゃない。どうせ昼食を召し上がっていただくんでしょ?」

「やっぱり、事前にある程度聞いておかないと、本当に若くて美形なら、わたし、失神しちゃうかもしれないじゃない」

「バカ言わないのよ。どうせ婦人会として今後もお付き合いをしていくんだから」


 女性四人のマシンガントークに、アンジェラは半歩あとずさった。


「あの、鐘当番って、なんですか?」


 変な方向に行ってしまった話題を戻そうと、何とか質問を口にする。


「ダニエル司祭がいなくなって、後任の方がいらっしゃるまでね、婦人会で持ち回りで鐘を鳴らしていたのよ」

「そういえば、確かに……」


 アンジェラはいつも、教会から響く鐘をもって昼食の合図にしていた。記憶にある限り、鐘が鳴っていなかった日はない。


「ルカ、司祭様を呼んでもらえますか? あたしはヨハンとアンドレを呼んできます」


 ルカが礼拝堂の奥に向かうのと同時に、アンジェラは少し離れた場所から、こちらを窺っている二人を見つけて、苦笑いした。


(まぁ、気になるのも分かるけど……)


 奥様方の会話はよく響くので、心配になったのか、好奇心が勝ったのか。

 アンジェラは、二人に向けて手招きをして見せた。ちょうど、ルカも司祭を連れて戻って来る。


「これは、どうも。私がダニエル司祭に代わり、こちらの教区を担当することになりました、エリヤ・クルサードです」


 少し疲れた様子の美青年司祭に、四十、五十の奥様方は「目の保養になるわ~」とばかりにうっとりした視線を向けた。


「初めまして、エリヤ司祭様。私は婦人会の会長を務めております、メリッサ・コーダンといいます」

「失礼、婦人会というのは……」

「町の女性が中心となっている互助会のようなものです。ダニエル司祭とも親しくさせていただいて、不在の間の朝・昼・夜の鐘も受け持っておりました。今日は新任の方がいらしたと聞いてこちらに伺った次第です」


 さすがというべきか、婦人会会長=メリッサはハキハキと用件を伝える。


「聞けばまだ昼食を取っていらっしゃらないとか。勝手ながら私たちが準備させていただきましたの」

「もうそんな時間でしたか。お気遣いありがとうございます。司祭館の方に小さなダイニングがあります。まだ荷物が片付いていないのですが、どうぞ、そちらの方に」


 果たして自分の顔による効果に気付いているのかいないのか、エリヤ司祭は先頭に立って、司祭館に向かって行く。その後を婦人会の面々がついていくが、メリッサだけは礼拝堂い足を向けていた。


「メリッサさんは行かないんですか?」

「えぇ、そろそろお昼の鐘の時間でしょ? それに、私たちはもう済ませて来てるから。差し入れももちろんだけれど、お掃除の手伝いにも来たのよ。アンジェラだって自分のお仕事もあるでしょうに、私たちが手伝いに来なくてどうするの?」

「ありがとうございます。それじゃ、あたしもダイニングの方に……、ルカ?」


 いい匂いのする料理に誘われ、司祭館へと歩き出したヨハンとアンドレとは異なり、ルカだけはその場に残っていた。人見知りなのか、とアンジェラが心配するも、メリッサの方が対応は早かった。


「ルカくん? ダイニングでお昼にするから食べていらっしゃいな。キアラのきのこソテーは絶品なのよ?」

「えと、お昼の鐘、おばさんが鳴らすの?」

「えぇ。……大丈夫よ。何度もやってるし」

「僕も、手伝っていい? ……ですか?」

「あら、そうね。明日からは司祭様とあなた達がするお仕事ですものね。ちょうどいいわ、教えてあげる」

「それじゃ、ヨハンとアンドレも呼んで来ますね」

「あ……」

「えぇ、アンジェラ、お願いね。―――あら、どうしたの、ルカくん?」

「……いえ、何でも」


 ルカは、何故か残念そうにアンジェラの背中を見送っていた。



.。:*·˚+.。:*·˚+.。:*·˚+.



 午後は、たびたび休憩を挟んだにも関わらず、掃除がさくさくと進んだ。もちろん、人手が増えたこともあるが、婦人会の面々の働きが―――


(すごい……)


 アンジェラは四人の動きをそう形容するしかできなかった。

 メリッサを中心に、テキパキと分担を決め、掃除中も世間話で口を動かしながら、手もきっちり動かしている。さらには背中にも目が行き届いているのか、三人の子たちの動作に飽きが見え始めると、すぐに声をかける。かけている言葉自体は「そこはもう少し上もお願いね」とか他愛のないことだったが、見られているという意識もあってか、三人ともふざけることなく掃除を続けていた。


(あたしも、まだまだ、ですね)


 礼拝堂のベンチを拭いていたアンジェラは小さく嘆息した。


「アンジェラ、休憩にしましょう」


 外で作業していた靴屋のアグネスが入り口から声をかける。

 説教台の裏で掃除していたルカにも聞こえたらしく、立ち上がったのが見えた。


「ルカ、行きましょう」

「うん」


 二人が外に出ると、教会の庭の端に植えられた大きな栗の木陰に、エリヤ司祭を除く全員が揃っていた。


「お疲れ様。外と司祭館は一段落したけど、礼拝堂は?」

「はい、もう十分きれいになったと思います」


 冷茶の入ったコップを受け取り、アンジェラはそのままルカに渡した。


「ねぇ、アグネスおばさんって、靴屋さんなんだよね? 靴ってどうやって作るの?」

「あら、アンドレくん、興味あるの? いいわよ、教えてあげる」

「そうなのよ~、イブンおじさんの所のスティーブもいいトシなのに、まだ嫁さんいないでしょ?」

「それはイブンおじさんも気を揉むでしょう。跡継ぎがいないんじゃねぇ? でも、そうなると困るわね。隣町まで行かないといけなくなるのかしら」

「鍛冶屋さんて、あのトンテンカンテンする人だよね、何か困ってるの?」


 一緒に掃除をしたからか、婦人会の奥様方と子ども達は結構仲良くなっているようだ。


(良かった)


 新しい人が来るのは、少し緊張してしまう。それは貧民街にいた頃からそうだ。その人がどういう人間なのか、自分たちに何か不利益を及ぼしたりはしないか、ある程度把握できるまでは、できるだけ近づかないようにしていたのを思い出す。


(あたしの時も、こんな風に温かく迎えてくれてたのかな)


 そんな風に思いながら、ふっと視線を流したアンジェラは、次の瞬間、ぎょっとして、危うくコップを取り落しそうになった。

 ルカが、睨みつけるようにヨハンとアンドレを見ていたのだ。

 彼から視線を外し、気づかなかったふりで小さく深呼吸をする。背中を流れる汗が、一瞬にして冷たくなったように感じた。


(仲が悪いわけじゃ、なかったよね)


 とりあえず、見なかったふりをしようと決め、どうでもいい話題を振る。


「ルカ、後は自分たちの部屋だけですけど、大丈夫ですか?」

「うん。僕たちも司祭様も、そんなに荷物はないから、すぐ片付くと思うよ。これも、手伝ってくれたおかげ、だよね」

「ルカたちが頑張ったおかげですよ。長旅で疲れていたんでしょう?」

「うん、でも、司祭様の方がもっと大変だから」


 ルカは礼拝堂の方に目をやった。


「ルカ……」


 エリヤ司祭がいかに慕われているかを感じると同時に、何と声をかけていいのかが分からず、アンジェラは言葉を失う。


「アンジェラ、夕食の支度もあるし、私たちはそろそろ帰るけど……」

「あ、はい、メリッサさん。今日はありがとうございました。あたしは、その、だんな様が迎えに来てくださるというお話でしたので」

「今日は時期的に作物の状況報告かしら? それとも夏至祭のこと?」

「夏至祭はどちらかというと町主導のものですし、エリヤ司祭が落ち着いてからの打ち合わせになると思います。今年の作物状況が主でしょう」

「ふふ、アンジェラもいっぱしの口をきくようになったわね。でも、領主様もこれまで一人で頑張っていたから、アンジェラみたいな補佐がつくと楽になるんじゃないかしら」

「そんなこと、ありません。そういのは、王都にちゃんとした方がいらっしゃいますし」

「あら、秋しか来ないんでしょ? それ以外はアンジェラが補佐すればいいんじゃない」

「それは、その……」


 考えもしなかった「補佐」という言葉に、アンジェラは「でも」「あの」を繰り返し、結局黙り込んでしまった。


「ごめんなさいね。でも、領主様も一人では頑張ってしまう性分みたいだから、アンジェラがうまく休ませてくれれば、って思ったのは本当よ」

「……そうですか」

「アンジェラもちょっと頑張り過ぎるところはあるみたいだけど、ベラやカタリナが引き止めたりしてくれてるでしょ? あれと同じことよ」


 メリッサは意味ありげな笑みを投げると、片づけを始めた他の奥様の輪に入っていった。



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