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ひとつの空にあるように  作者: 長野 雪
はじめてのおるすばん
41/57

07.玉虫色の宴会

「いやぁ、アンジェラちゃんサマサマだよね~」


 すっかり上機嫌で話しているのは、カークだった。

 ワインを乾杯のように掲げ持つと、くいっと一気に飲み干す。

 無言の催促を受けて、アンジェラがそこに赤い液体を注ぎ足した。


(おつまみ、足りるかな……)


 減るスピードこそ落ちて来たが、半分以上なくなってしまった酒のつまみに、アンジェラは冷や汗をかく。


「今後は気をつけてくださいね。ちゃんとレティとも、話し合う機会を作って、誤解を作らないように」

「あーはいはい。まったく、当てが外れたからって、ツンケンしなくてもいいじゃないか、僕達親友だろ?」

「親友、ねぇ。まったく、都合のいい時だけ『親友』にならないでくださいよ」


 まだ時間が早いためか、ウィルはまだ『だんな様』のままでいた。


(でも、いつ変わるか、分からないよね)


 見つめるアンジェラの視線に気付いたのか、ウィルは「すみません」と口にした。


「実は、アンジェラに謝らなければならないことがあるのですよ」


 思ってもみない言葉に、アンジェラは血の気が引く思いがした。まさか、エウロラ様の部屋へ行ったことがバレた? 今まで隠していたことを謝られても困る――――


「せっかく王都に行ったのです。プレゼントを買って来ようと思っていたのですが、……この通り、とんぼ帰りでしてね」

「とんぼ帰りどころか、途中で引き返してきたもんねー。何? お土産でも買いたかったの?」


 茶々を入れるカークを無視して、アンジェラは首を傾げた。『プレゼント』が何を意味するのかが、さっぱり分からない。


「いいえ、その、誕生日プレゼントを、と」


 冬が誕生日だという話でしたよね。ここへ来たのも去年の冬でしたし。合わせて祝ってしまおうと思ったんですよ、と照れ臭そうに答えたウィルを、「なんだ照れてんなよ」とばかりにカークがいじる。


「あの、あたし、そんなプレゼントなんて、勿体なくて」

「だよねー。ウィルの趣味で買われても、ぜんぜんいらないよねー」


 完全に気が抜けているのか、それとも酔っているのか、やたらといじわるモードのカークは、茶々を入れるのを止めようとはしない。


「そんな、趣味が悪いなんて思ったことありません。でも、……そのお気持ちだけで十分です」

「えー? 何かねだってごらんよ。今だったら、ウィルパパが買ってくれるよ?」


 その言葉に、少しだけ、脳裏にレース編みセットが浮かんだが、すぐに打ち消す。レティシャに教わって編むのは楽しかったけれど、使用人の自分にはもったいないものだ。


「じゃぁ、アレだ。プレゼントをねだる代わりに、ドカーンと本音をぶちまけちゃいなよ。絶対に怒らないって、約束させてさ」

「そんなの、いつだって構いませんよ。何か言えないことがあるのでしたら、聞きますよ」


 あれこれと悩んでいたところに、やや目の座った様子の男二人に詰め寄られ、アンジェラはひるむ。


「プレゼントの代わりに、言いたいこと、ですか?」


 何か買ってもらうのに気が引ける以上、アンジェラにとって願ってもない申し出だった。だが、何を言えばいいのだろう?


(別に、レティシャ様にとんでもない迷惑かけられたわけでもないし……)


 そこまで考えて、アンジェラは、あることを思い出した。ある意味、レティシャが来なければ思い出さなかったことだ。


「本当に、よろしいのですか? ……えぇと、お咎目なし、ですよね?」


 二人が異口同音に「もちろん」と答えた。

 アンジェラは、手にしたグラスに、半分ぐらいワインが入っていたのを、そのままぐいっと飲み干した。


「ウィルフレード様、ティオーテン様。あたしがこのお邸で働くことになったのは、人身売買の禁止を思いとどまっていただくためでした。……覚えていらっしゃいますか?」


 予想外の言葉だったのだろう。二人とも驚いたように視線を交わした。


「この一年、色々な知識をつけて、思うことがありました。人身売買を単純に禁止するだけなら、それは、貧民街の死者を、ただ、増やすことにしかならないと思うんです。人身売買は、とっさの時に、お金を得るための手段ですから。だから、人身売買の禁止だけをする、というのは、考え直していただきたいんです」


 カークは「ふぅん」と頷き、ウィルは難しい顔をした。


「それならさ、アンジェラちゃんはどうしたらいいと思うんだい? 人身売買の禁止『だけ』って言うなら、別のことと一緒ならいいと思うんだよね?」


 カークの酔っているとは思えないほどの、厳しいツッコミに、アンジェラは、口元に手を当てて考え込んだ。


「例えば、なんですけど、何年かに一度、貧民街の人口が増えるときがあるそうなんです」


 アンジェラはちょっと考え、「つたない意見かもしれませんが」と前置きして、自分の推測を話し出した。


――――その、貧民街の人口が増える時というのは、凶作の年だったんだと思います。近所の人の話と、このお邸の本を照らし合わせてそう思ったんですけど。それで、もしかしたら、農家の人達が貧民街に流れて来ているんじゃないかと。

 貧民街に人が多くなると、それだけ働き手が多くなって、一人あたりの仕事量、つまり稼ぎが減るんです。もともとギリギリの生活をしているから、それだけで生活に支障が出るんです。だから、切羽詰まって、自分や家族を売るしかなくなってしまうんです。


「ふぅん。じゃぁ、どうすればいいと思うの?」


 カークの合いの手に、アンジェラは、自信なさげに答えを口にした。


「もし、人の流入が原因なら、冷害や日照りに強い作物を育てるようにして、凶作そのものをなくすようにする方がいいと思います」


 カークは、アンジェラの答えに、いっそう笑みを深くした。


「原因の分析、一部は聞き取りによる生の情報。そして過去の資料からの推測。そして、その打開案。ま、打開案と言うには、漠然としているが、方針と考えるなら、それでいい。そこから発展もさせやすい。」


 ぶつぶつと口の中で呟いているのを聞くと、それほど悪い意見でもなかったようで、アンジェラはホッとする。

 逆に、ウィルは、やや苦い顔、というか困った顔でアンジェラを見ていた。


「あの、やはり、分不相応な意見、でしたでしょうか?」

「いえ、逆ですよ。……当事者がここまで分析できるのに、驚いただけです」


 答えたウィルは、グラスの中の赤いぶどう酒をぐいっとあおった。


「逆だよ。当事者だからこそ、貧民街で何が起きているのかを把握している。……で、君はどう考える?」


 カークの質問の意図を悟って、ウィルはこめかみに指をあてた。


「そうですね、人身売買の禁止だけでは成り立たないことは分かっています。ただ、アンジェラの言ったことが、凶作によるものだけが原因かと言われると、それだけではない、もっと複合的なものが原因と……」

「なんだ、そんなの、目の前にお手本があるじゃないか」

「? なんのことです?」

「貧民街、俗に貧困層の人間に対する教育だよ。元々はそこの人間だったアンジェラが、君に教育を与えられたことによって、ここまで変わった。そうだろ?」

「つまり、貧困層の人間に対する教育を?」

「ま、そうすることで別の問題も出ると思うけどね。今まで貧困層の人間が安い賃金で働くことによって、この国は上手く回っていた部分もある。そことの折り合いをどうつけるかも課題かな」

「……カーク、あなたは、そこまで分かっていて、どうして、動かないんですか?」

「それは簡単。貧困層の人が貧困であり、安い賃金で労働を提供することで、巡り巡って僕達ぼくら貴族が楽できるんだよ。誰が手放すかっての」

「つまり、そういうことを考える貴族もいるということですね」

「貴族だけじゃないさ。一般の国民だってそうさ。極端な話、今まで銅貨一枚でやらせていたことをする人間がいなくなる。いわゆる単純肉体労働者だね。どうなると思う?」

「別に、銅貨一枚でなく、銅貨三枚ならやるんじゃないですか? もっと頭を使って効率的なやり方で」

「単純な肉体労働で? 多少の工夫はできても、劇的に変わる訳ではないと思うよ。それに、あげた賃金がどこにハネると思う? 雇う側が提供する商品の価格だよ?」

「つまり、全体的な物価高になると?」

「国内だけなら、まだ問題は大きくない。外国に出荷しているものが問題なんだよ。他国のものの方が安いから、とそっちに需要が行ったら?」

「商品が売りきれない。だぶついた商品を売ろうにも、元々国内の需要が足りているからこそ、他国に売っていたものでしょうし、買い手はないでしょう」


 ウィルの推測に、カークが大きく頷いた。


「場合によっては、この国が大きく傾く、というわけさ」


 肩をすくめるカークに、アンジェラは言いようのない怒りを覚える。そういうふうに貴族は考えるのかと。国と言っておきながら、そこに貧民街の皆の生活の向上など考慮されることはない。そんな考え方に、アンジェラは自分の無力さをかみしめた。


「一概に、そうとも言えません。既得権益にしがみつくだけの貴族や国民だけでなく、そこにこれまで独自の文化を築き上げてきた貧困層の人々が、頭を使い始めたら、新しいものができると思いませんか?」

「なんだい、その漠然とした言葉は」

「値段で勝負できないなら、独自性で勝負すればいい。そういうことでしょう?」


 ウィルの言う活路に、アンジェラは自分の中に驚きとも喜びともつかない感情が湧き上がってくるのを感じた。似た商品が二つ以上あるなら、安い方を買うのが普通だと思っていたのに。


「なるほど、付加価値ね。だけどそう簡単にいくかな?」

「簡単とは思っていません。ですが、今の一部の人の――この場合は貧困層の人々ですが――犠牲の上に成り立つような国など、少なくとも私は必要としていません」

「うわ、言うねー。そんなこと言ったら、貴族連中から総スカンだよ?」

「そうですね、彼らにとって危険な思想であることは認めます。何も声高に話すわけではありません。あなたの前だから言っているんですよ、ティオーテン公爵殿?」


 昼間のウィルの、滅多に見れない挑むような視線を受け、カークは肩をすくめて見せた。


「やっぱり君は、こんなところで隠遁すべきじゃないと思うよ。既得権益にしがみついて、ろくに考えようともしない貴族連中とは違う。君が本気になったら、国だって動かせるよ。まだ、陛下の信頼も厚いようだしね」

「無茶を言わないでください。私は中央から逃げてきた人間ですよ」

「アンジェラちゃんを見て、可能性があると思ったんだ?」

「……そうですね。私自身、貧困層の人々を無知無学と思いこんでいましたが、学をつけることで、ここまで変わるものとは、正直、想定外でした」


 ひどいこと言われてるのは分かっていたが、アンジェラは何も言わずにグラスに口をつけた。


「まぁ、諦めの境地で、日々なんとなく暮らしている人間もいるだろうけど、そこに何割か、そこから抜け出そうとがんばる人間もいるわけだ」


 カークはちらり、とアンジェラに視線を受けた。

 つられて、ウィルもアンジェラを見る。


「あの、何か……?」


 困惑したアンジェラに、ウィルが笑いかけた。


「あなたは、あなたのままでいいですよ」


 そっと頭を撫で、立ちあがったウィルは「そろそろ失礼して、寝させていただきますが」とカークに顔を向けた。


「あぁ、僕はここでもう少し飲むよ。アンジェラちゃんも飲むでしょ? どうせ、夜のウィルがまたやってくるだろうし」

「そうですね。ちょっと台所からおつまみになりそうなものを探してきます。と言っても、あまり期待はしないでください」

「優しいね。夜のウィルにもって? そこまで気を回す必要はないと思うけどね。……ま、行ってらっしゃい」



.。:*·˚+.。:*·˚+.。:*·˚+.



 ピクルスとチーズ、燻製肉をお皿に乗せて戻ってみると、まだ夜のウィルは来ていなかった。正直、カークと二人きりになるのは避けたかったのだが、おつまみの準備だけでは時間を稼げなかったらしい。


(もしかして、夜のだんな様は来ないとか?)


 行儀が悪いとは知りつつも、他のつまみの皿と一緒に、床に直接置くと、にやにやとしたカークが「ねぇ、アンジェラちゃん」と声をかけてきた。こんな表情のときは、絶対にロクな話ではない。だが、答えないわけにもいかないだろう。


「はい、なんでしょうか? お酒の追加ですか?」

「二階の奥には行ったかい?」


 予想通りの話題に、アンジェラの心が大きなため息をついた。ここからが勝負だ。見破られないように上手に嘘をつかないといけない。


「残念ながら、レティシャ様がいらっしゃいましたので、そのような暇はありませんでした」


 自分のグラスに残った赤葡萄酒を飲み干すと、アンジェラは一口大に切ったチーズに手を出した。


「ふぅん。レティが足を引っ張ったか。いや、あんな手紙を出す余裕があるんだったら、十分確認できたよね。……恐いのかい?」

「いいえ、主人の秘密はできるだけ知らない方がいいと教えられておりますので」


 悟られないように、と頭を下げて表情を隠す。


(ウィルフレード様はまだ……?)


――――嘘つきな人間に対して、嘘を突き通すのは難しい。嘘つきな人間は信用できない。だから、正直者の主人を持ちなさい。

 アンジェラは、緊張でぐるぐるした頭で、念仏のようにその教えを繰り返した。


「よぉ、待たせたな。……って何やってんだ?」

「んー? 君がいない間にアンジェラちゃんをいじめてただけだよ」

「バッカ、それをやっていいのはオレだけだ」


 アンジェラの隣にどっかりと座ったウィルは、そのまま少女の首をロックして、頭を乱暴に撫でくり回した。


「ごくろうだったな。貴族の箱入り娘相手だと、我がまま多くて疲れるだろ」


 ひどい言いように非難の声を上げるカークを無視して、アンジェラは突きだされたグラスに葡萄酒を注いだ。


「我がままというか、……すごいな、と思いましたけど」


 酒が回ってきているのか、つい、素直な感想をぽろり、とこぼすアンジェラ。


「すごいって、何さ」

「着替えのお手伝いもそうなんですが、根本的に『自分に常にメイドがついているのが当たり前』なんですね。このお邸の使用人の少なさにも、呆れていたようですし」


 あー、と曖昧な相槌で、カークは黙ってしまった。


「そんな方が、たった一人で王都からここまでいらっしゃったのは、すごいなって」

「ま、貴族の娘にしちゃ、根性あるな。そうだろ、カーク?」


 水を向けられ、カークは微妙な笑みを浮かべた。喜んでいいのか怒るべきなのか、判断に迷っているようだ。


「兄としては、そういう根性なら発揮して欲しくなかったんだけどね。出奔癖ができたらどうしてくれるのさ。エウロラ様みたくなっちゃうよ?」


 油断をつくようなタイミングに、アンジェラのグラスを持つ指が、ピクリと震えた。そんな動揺を見せてしまったことに、心臓が早鐘を打って動揺し続ける。


「エウロラ様というのは、出奔癖がある方なんですか?」


 何でもないように、ピクルスをつまみ、何でもないことのように、二人に聞いた。カークはにやにやと、ウィルは苦い顔でその質問を聞いていた。


「出奔癖ってーか、一回だけだな。結局戻って来なかったし」


 アンタッチャブルな話題ということなのか、この邸にいたことを知っている筈のカークは、何も言わなかった。ウィルにしても、それを答えるだけで、もう十分だろうという顔をした。


「それはそうと、なんで妹が家出したのか分かったのか?」


 話題を強引にレティの方へ移し、カークに尋ねたウィルはピクルスをつまんで口に投げいれた。


「いやぁ、それが僕にもよく分からないんだよね。アンジェラちゃんは聞いてるの?」

「……ちゃんとは聞いていません。話を総合すると、こういうことかな、という考えはありますけど」

「ほんと? おしえておしえて~」


 カークは、フォークでグラスをカンカンと鳴らして催促をする。ウィルも興味深げに身を乗りだした。


「社交界、という新しい世界に出るにあたって、自分の身を振り返ったんだと思います。社交界に出て、そつなくこなせるかどうか不安になって、強いと話に聞くあたしの所へ……。あの、ティオーテン公爵様。レティシャ様にあたしのことをいったいどのようにお話しになっていたんでしょうか。ここへいらっしゃったレティシャ様は、あたしのことを『強い人だと聞いている』と―――」


 困惑しきった様子のアンジェラに、カークは隣の友人に視線を合わせ、ウィルも目で頷いた。


「だって、アンジェラちゃん強いから」

「まぁ、強い弱いで言ったら、強いだろ」


 その答えに、アンジェラが頭を抱えたのは言うまでもない。


これにて、はじめてのおるすばん(2度目の冬)編、完結となります。

お読みいただき、ありがとうございました。

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