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ひとつの空にあるように  作者: 長野 雪
少し不自然な里帰り
25/57

04.貧民として 将軍として

「君はどう思う、ウィル? ここが将軍の家かな」

「違う、と思うんですけどね。アンジェラの声も小さくしか聞こえませんし、何より、他人の家にあそこまで平然と上がり込めるものでしょうか」


 ただ話し込むだけでは怪しまれると判断したカークの意見によって、二人は小さな声でボソボソと喋るだけでなく、指は絶え間なく数字を作っていた。こうすれば何かの値段交渉のように見えなくもない。


「じゃ、やっぱり、アレかな。アンジェラちゃんの実家」

「そうだと思いますね。……ところで、カーク。先ほどから指が同じパターンで動いていますよ」

「あーはいはい。考え事すると、つい、ね」

 それまで、三→五→二を繰り返していたカークがそのパターンを変えた。

「ってことは、今は、感動の御対面ってやつかな。う~ん、覗き見したいけどね」

「不謹慎ですよ。……あ」


 ウィルの言葉に、カークも戸口をうかがった。

 出て来たのは男の子を抱っこしたアンジェラと、赤ん坊を抱いた少年だ。少年が先導し、案内する方向に彼らは向かって行く。


「どうやら、本命みたいだね」

「そのようです」


 値段交渉の偽装をやめ、二人はさらに奥へと向かう彼らの尾行を続けた。

 どんどんと狭くなる道を、慣れた様子で迷うことなく進む子供たちを追いながら、ウィルは必死でこれまで来た道を忘れまい、とひたすらに目印を覚え込んでいた。万が一、この迷路のように入り組んだ路地から出られなくなっては困るのだ。アンジェラを見失わないようにするのはカークに任せることにして―――


「止まった。……ウィル、見てごらんよ」


 慌てて足を止めたウィルは、カークの促すままに路地の影に隠れ、そっと頭だけを出した。


「ほう、また来たのかの。じゃが、あいにく今は手が離せぬのでな。今日のところは―――」


 目の前に来たアンジェラ達に応対しているのは、白髪の老人だった。しゃがれた声にりんとした響きは失われていないものの、記憶の中より、小さくなった彼に対し、ウィルはそっと目頭を押さえた。


「間違いありません。将軍です」

「そうだね。じゃ、これからはアンジェラの腕の見せどころだね」


 頷き合い、こっそり視線を送る彼らをよそに、会話は続いていた。


「そっちは―――。あぁ、会ったことがあるのぅ。わしに威勢よくタンカを切った、確か、アンという名前じゃったか?」

「そうよ、じいさん。覚えててくれたなら、話が早い」


 アンジェラは、抱きかかえていた弟アインを地面に立たせた。


「確か、奴隷として売られていったと思っていたが、戻ってきたのか?」

「見ての通りよ。……ところで、じいさん。フィーナは仕事中?」


 アンジェラの質問に、老人が決まり悪そうな顔をした。だが、ふと、何かを決めたようにアンジェラを見つめた。


「ちょうどいい。わしに用があるのなら、少し相談に乗ってもらいたい。……フィーナが、寝込んでしまって、どうしたらよいか、分からぬのだ」


 老人の言葉に、アンジェラは、きゅっと拳を握りしめた。

―――貧民街スラムでは、病気で寝込むということは、生命の危険と同義である。生きていく糧を日々稼ぐことが再優先のこの町にあって、多少の体調不良でも仕事に行くのが当然なのだ。それが、寝込んで仕事に出られないほどとなると―――。


「じいさん、ちょっと見せてもらうよ」


 弟たちにそこで待つように言うと、アンジェラは今にも崩れそうな掘っ建て小屋の中に入った。


「なんだ、フィーナが倒れたなら、俺に言ってくれりゃよかったのに」

「悪いのう。そこまで頭が回らんかったんじゃ」


 と、和やかに話をするセイルと老人だったが、中から出てきたアンジェラの表情にぎょっとして口を閉じた。


「アン姉ちゃん? まさか―――」

「違う、セイル。まだ大丈夫。悪いけど、これでレモの実を買って来て。一応二つ。緑のやつね」


 アンジェラは帯から半フィオル分の木幣を取り出した。


「ん、分かった。じゃぁ、アインとノーラは頼む」


 木幣と引き換えにノーラと呼ばれた赤子を受け取ったアンジェラは、呆然と事の成り行きを見守っていたアインとともに手を振って見送った。


「治る、のか?」

「治るよ、じいさん。……でもね」


 アンはノーラの体を左腕に全て預けると、安堵の表情を見せる老人に近寄った。


「なんでもっと早くに相談しなかったの!」


 パン、と小気味良い音がうらぶれた路地に響いた。それはアンの怒号とともに、隠れていた二人の元にも届いていた。


「あれは、ここじゃ三歳児でも知ってるぐらいの、簡単なことなんだよ。どうして、あんなに放置しておいた! 少なくとも倒れてから二晩は経ってるだろ!」


 突然の大声に、ノーラがわんわんと泣き始めた。それにつられてアインも泣き顔寸前で顔をくしゃくしゃにしている。


「ごめんね、驚かせちゃった。ごめんね」


 そっとノーラをあやし、アインの頭に手を置くアンジェラは、今度は静かに老人に語った。


「最近、親指サイズのキノコ食っただろ。茶色と白のまだら模様の」


 まだ呆気あっけにとられたまま、老人が首を縦に振った。


「あれの中毒症状なんだよ。戦場に行ったことのあるアンタは食べたことがあるのかもしんないけど、あれは、最初が肝心なんだ。体調が悪いときに初めて食ったら、あんな風になっちまう。二回目以降は大丈夫だけどね」


 アンジェラの言葉に何度も頷いていた老人だったが、何かに気付いたように顔を上げた。


「わしは、お前に戦場の話をしたかの?」

「……いいや。してないよ。それが、あたしが出戻ってすぐここに来たことの理由だから」


 アンジェラは哀しげに目を伏せた。


「まだ、アザミと四つ足の獣の印章は持ってるの?」


 その一言で、老人は「あぁ」とも「うぅ」ともつかぬ声をあげた。


「そうか。迎えが来たか。さて、こんな老い先短い者を、いったい誰が呼び戻そうというのかね。それとも処刑のためか?」


 自分を取り戻し、それはかつてそうであったろう鋭い眼差しで、彼はアンジェラをまっすぐに見据えた。

 現役時代、誰もが恐れたその視線を受けたアンジェラは、逆に微笑みを浮かべた。


「なんだ。ちゃんとそういう顔もできるんじゃないか、じいさん」


 将軍の気に圧されて自分の陰に隠れてしまった弟の頭を撫でると、アンジェラは細く長く息を吐いた。お互いに、昔の勘は取り戻した。……これからだ。どうにかして、円満に二人をここから連れ出さなければ。


「それで、一緒に来てくださいますか、将軍様(・・・)

「……拒否は、できるのかの」


 将軍の言葉に、アンジェラは声を一段と低くした。


「もちろんです。ただ、その場合は―――」

「姉ちゃん、買って来たぜ」


 息を弾ませ、会話に割り込んで来たセインに、アンジェラは説得の言葉を飲み込んだ。


「ごめんね、じいさん。こっちが先だ。ナイフと、何か皿あるかい」

「あ、あぁ。中に」

「ちょっと失礼するよ。セイン、あんたはダメ。理由は分かってるね」

「ん、誰だって、あんなの見られたくないもんな。大丈夫、外で待っているよ」


 中毒の元となった茶と白のまだら模様のキノコ――ここではウリボウタケ、と呼ばれているそれの中毒症状は、その対処法とともに貧民街では広く知られていた。体中にプツプツと湿疹ができ、痒くなる。放置しておけば、湿疹は大きくなる上に、ところかまわずできてしまうのだ。もちろん、顔と言えど例外ではないので、放置すればするほど、他人に見せられないような顔になる。それが女性であれば、なおさら。

 対処法はレモの実を食べること、ひどい場合は湿疹に果汁を塗り込むこともある。レモの実は黄と緑の二種類あり、味はすっぱく、また、緑の実の方が黄の何倍も酸味が強い。

 アンジェラは拳大のその実を半分に切ると、皿の上でぎゅっと絞った。すっぱい香りとともに、皿に薄黄色の果汁が満ちていく。


「フィーナさん、飲めますか?」


 上半身を起こした、すっかり見た目の変わってしまった彼女が、皿に口をつけた途端、顔をしかめた。


「ごめんなさい。かなりすっぱいんですけど」


 自力で飲むフィーナにほっと安堵のため息を洩らしたアンジェラは、その場を将軍にまかせ、もう一つの実を同じように絞り、手足に塗り始めた。湿気が暑くこもる室内で、そのひんやりとした感触に、フィーナは気持ち良さそうに目を細めた。


「ありがとう。えぇと、アン、だったかしら」

「いいえ、お礼を頂くようなことではありませんから」

 むしろ、選択を突き付ける人間なのだから、とアンジェラは心の中で呟いた。

 ひとしきり処置を終えると、アンジェラは改まって将軍とフィーナとに向き直った。


「先ほどの続きです。将軍様。連れ戻されることを拒否なさるのでしたら、―――こちらを」


 アンジェラは帯から銅貨を八枚取り出した。


「たぶん、あの方が一度で諦めるということもないでしょうから、どうぞ、別の場所に移ってください」


 アンジェラが脳裏に浮かべているのは、意地悪そうな笑みを浮かべたカークの姿だった。


「それは、アンの主人がそう言ったのかね?」

「いいえ、これはあたしの独断です」


 アンジェラは哀しそうに続ける。


「あたしも、主人に逆らうことをするのは気が引けるんですが、でも、貧民街ここの掟に逆らうのも、やっぱりツラいんです。だから、これは妥協の産物ですよね」


 アンジェラは小屋の地面に銅貨八枚を置くと、「外で待ってます」と言い置いて、弟たちの待つ外へ向かった。


 戸口にかけられたボロ布をさっと開けると、心配そうな顔のセインと、セインの気持ちがうつったのか、同じく神妙な顔つきのアインが待っていた。その一方で、セインに抱かれたノーラは、すやすやと寝息をたてていた。


「姉ちゃん、フィーナの姉ちゃんは―――」

「大丈夫。間に合った、と思う」


 アンジェラはそう答えて、ぺたんと座り込んだ。


「姉ちゃん、ちょっと、いいかな」


 寄って来たアインをぎゅっと抱きしめたアンジェラは、「なぁに?」とセインに尋ね返した。


「さっき、レモの実を買いに行ったとき、知らない人がいた。帰って来たときも、同じ場所にいた。たぶん、いまも」


 低く答えたアインの言葉に、アンジェラはきゅっと唇を引き結んだ。


(まさか、尾行されてた? でも、誰に?)

 考えられるのは、ティオーテン公爵の手の者だ。将軍が断った際に、無理矢理連れて行こうとでもいうのだろうか。


「外見とか、わかる? ここから見える?」

「ここからは見えないようにしてる。でも、焦茶の髪の男と、長い銀髪の男の二人組だよ。一瞬、奴隷商人の下見かと思ったけど、違う。ぜんぜん、なんか、雰囲気が」


 真面目な顔で答えるセイルに、アンジェラは、がっくりと肩を落とした。焦茶の髪に、長い銀髪? その組合せには、覚えがあった。あり過ぎるほどだった。


「セイル、もしかして、銀髪の人は、生真面目そうな雰囲気じゃなかった?」

「……言われれば、そうかも。焦茶の男は、明らかに場慣れしてる感じなんだけど、銀髪の方は、けっこうおどおどしてたよ」


 アンジェラは、アインを抱いていた手を離し、火照る自分の顔に、パタパタと手で風を送った。もちろん、そんなことで暑さがしのげるわけではないが、何もしないでいれば、監視している人間に怪しまれるだろう。


「セイル、もう一度聞くけど、本当に見たことない人なのね?」

「うん、あんなのがいたら絶対覚えてるって。特に銀髪の方。男で長髪なんて、ここらじゃ誰もしないしね」


 アンジェラは怒るより前に呆れ、しばらく考えて、帯から木幣を取り出した。残っている木幣三枚のうち、一枚だけを帯に戻す。そしてアンジェラとセイルの間で不思議そうな表情を浮かべて見上げていたアインに、それ差し出した。


「隊員アイン。これから君に極秘任務を授けよう」

 ほんの少しの遊び心で口にした『極秘任務』の言葉に、暑さにだるだる~っとしていたアインが、びしっと背筋を伸ばした。


「い、いえっさ!」

「姉ちゃん? 何を―――」


 戸惑うセイルを無視し、アンジェラは腰を屈めて幼い弟と目線を合わせた。


「この木幣を、問題のスパイに手渡して来るんだ。スパイの特徴は聞いていたな? 焦茶の髪の男と、長い銀髪の男だ。大丈夫、彼らが君に危害を加えることはないと保証しよう」


 アインがびしっと敬礼の真似事をする。


「スパイがこれを受け取ることを拒んだら、そのまま帰って来てよい。さ、任務開始だ」


 アンジェラの指示に、アインが「いえっさ!」と答え、トテトテとセイルに教えられた路地へ向かった。


「……姉ちゃん、知ってる人なの?」

「たぶんね。あたしにここに来るように言った方々だと思う。……ずっと、見られてたんだ」


 恥ずかしさのあまり、土に埋まってしまいたくなる心をなんとか支え、アンジェラはアインの代わりとばかりにノーラを受け取った。

 一方、赤子を愛しそうに抱くアンジェラを、ウィルがやきもきと見ていた。いや、嫉妬からではなく、果たして、幸せそうな彼女を再び連れ戻してしまっていいのかどうか、ということである。


「ごらん、今度はちっちゃい子がこっちに来る。何のおつかいだろう」


 カークの言葉に、ウィルは可愛らしく駆けて来る幼児を見た。アンジェラに良く似た赤茶けた金髪が、血の繋がりを大声で証明しているようだった。


(こちらが、下の弟なんでしょうね)


 さっき自分のすぐ側を通って行った上の弟には、何故か睨まれたような気がして、身をすくませた彼だったが、さすがに幼児にまで舐められるわけにはいかない、と彼はその子を見ないように視線を逸らした。とことん弱気である。

 ……と、駆けて来た幼児が、自分たち二人の前で足を止めた。

 じっと見上げるその視線に、ついついカークもウィルもじっと見下ろしてしまった。アンジェラと同じように、明るいところでは紫にも見えるその瞳は、間違いようもなく、彼女の弟である。


「おまえらが、スパイだな?」


 ぎょっとする二人に、その男の子はぐっと手のひらを突き出した。


「これ、やる。ゴクヒニンムだ、ないしょなん()ぞ」


 男の子の手に乗っているのは、小さな木片だった。ニスのような何かを塗りつけ、光沢を出したそれには、銅貨に彫られた模様によく似せたものが、黒インクで書かれていた。


「もしかして、木幣、ですか?」

「そだ。はやく受け取れ」


 じっと自分達を見る男の子に、まずカークがひとつを摘まみ上げ、続いてウィルが受け取った。


「それじゃーな、スパイども!」


 男の子は元気良く人差し指を突き付けると、くるりと背中を見せ、来たときと同じように駆けて行った。その先にいるのは、彼の姉と兄である。


「……どうやら、バレたみたいだね」

「そのようです。やはり、慣れない場所の尾行はつらいですね」


 男二人は観念し、ゆっくりと路地から出た。照りつける太陽に焼かれながら、極秘任務を果たした弟を労っているアンジェラの方へ歩を進めた。


「やっぱり、御二方だったんですね」


 どうしようもないイタズラっ子を叱るような口調で、アンジェラが声をかけてきた。


「すみません、アンジェラ。その、やはり心配で―――」


 見知らぬ二人に警戒する弟達をかばうように、アンジェラは一歩踏み出した。


「謝っていただく必要はございません。……とりあえず、直接、話をなさいますか?」


 いつになく厳しい視線に、しゅんとなるウィルを押さえて、カークが「できれば、そう願いたいね」と答えた。

 アンジェラは、返事の代わりに大きなため息をついた。そして、ノーラを抱いたまま、くるりと二人に背を向ける。


「将軍閣下。どうなさいますか?」


 中までやりとりは聞こえていたのだろう。すぐさま老人が出て来た。


「……なんじゃ、見たことある顔じゃの」


 二人を見るなり、そう呟くと、将軍は「どっこらしょ」と壁際に置いてあった木箱に腰かけた。


「メリハ将軍、お久しぶりでございます」

「あほう、もう将軍ではないわい。―――こんな所まで何をしに来おった。バカモノが」


 先ほどの、アンジェラに怒られていた老人ではなく、往時のままのオーラさえ漂わせた彼が、ぎろり、と二人を睨みつけた。


「もちろん、メリハ将軍に会いに来ましたよ。できれば、同行をお願いしたいものですが」


 カークの言葉に、メリハは眉を上げた。

「同行した先に何がある? 処刑台ギロチンか?」

「いいえ。今さらあなたを処刑する理由もありません。すでにあなたは死んだと見なされていますし、それに追放されたきっかけとなった罪も、もはや存在しません」

「……どういうことじゃ」

「あなたがいなくなってから、また中央は政権交替したということです。あの頃はメトリアス公爵の一派がハバをきかせていましたが、今や主だった者は失脚、あるいは代変わりしました」


 カークのセリフに、メリハは驚くでもなくただ冷ややかな表情で頷いていた。


「あなたの罪は、根も葉もない冤罪であったと、あなたの指揮下で動いた人達が証明しました。アルネやカイン、レオにトリアといった方々が」


 ウィルの補足に、メリハが決まりの悪そうな顔をした。


「バカモノどもが」


 うつむいて考え込んでしまった老人を見ながら、アンジェラは心の中で頭を抱えていた。


(いつから尾行されてたのか分からないけど、……いろいろ見られてた、ってこと、だよね、これ)


 つまり、ぞんざいな言葉遣いも、自分の実家も、もしかしたら泣いてしまったことさえ見られたのかもしれない。そう思うと、深い深い穴を掘って、そこに閉じこもりたい衝動にかられる。


「姉ちゃん、ちょっと……」


 アインに名前を呼ばれ、耳を貸すと、「ちょっとマズいよ、あれ」とささやきかけられた。

 慌てて周囲を見渡すと、ちらちらとこっちを窺っている人が何人もいる。


「……あの、だんな様方」


 アンジェラは小さい声で三人の間に割って入った。


「ちょっと、目立ってきましたので、中に入るか、場所を移すか、していただかないと、その、マズい、と思います」

「いいや、その必要はないぞ、アン。わしは共に行こう。セラフィナの為にもそれが良いじゃろう」


 メリハの言葉に、アンジェラは「分かりました」と答えた。


「では、早く準備をなさってください。目をつけられたら、途中で何されるか分かりませんから」


 アンジェラの言葉に、ひとつ頷いて見せたメリハは家の中に向かう。それを見て、アンジェラは弟セイルに向き直った。


「ノーラとアインを連れて、家に戻って。あと、しばらくこの周辺には来ないように」

「分かってるって。……あ、姉ちゃん、帰りに寄ってくれるかな? 渡したいものがあるんだけどさ」


 セイルの言葉に、アンジェラはちらり、とウィルを窺った。銀髪の青年は「いいですよ」と頷く。


「分かったわ。帰りに寄るわね」

「うん、待ってるからな」


 アンジェラから幼い妹ノーラを渡されると、アインを連れてその場に背を向けた。それを見送りながら、アンジェラはウィルに何を言うべきかと考えていた。


「……だんな様、ひとつだけ言わせてもらって構いませんか?」


 向き直ったアンジェラの固い表情に、ウィルが顔をこわばらせた。


「なんでしょう、アンジェラ」

「どうして、あれだけ危険だと申し上げたはずですのに、ここにいらっしゃるんでしょうか」

「あー、それは、ほら、娘のことが心配で―――」

「そうそう、それに、将軍が断ったら、彼に会えなくなるわけだしさ」


 ウィルとカーク、二人の言い訳に、アンジェラは大きくため息をついたが、とくに責め立てるわけでもなく、口をつぐんだ。


「怒っていますか、アンジェラ」

「いいえ、だんな様に対して怒っているわけではありません。少し、自分に腹を立てていただけです。―――支度に手間がかかっているようですから、手伝ってきますね」


 アンジェラはぺこり、と頭を下げると、すたすたと家の中に入って行った。


「いやー、あれは怒ってるね、確実に」

「カーク、あなた楽しんでいませんか?」


 飄々(ひょうひょう)としている悪友に、ウィルは苦い顔をした。


「いや? 別にそういうわけじゃないけど。―――あ、そうだ、僕のところの受け入れ準備が終わるまで、君のところで二人を預かってくれないか」

「なんで、あなたはそういうことを勝手に決めるんですかっ!」


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