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ひとつの空にあるように  作者: 長野 雪
花祭の夜に
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05.勢いだけは変わらずに

 翌朝、いつも通りまだ寝ているウィルの隣からそっと抜け出し、アンジェラは階下へ降りて行った。


(さすがに、疲れてる、かな)


 昨日のダンスの練習のせいか、すねの外側や二の腕の内側が、突っ張っている感じがする。


(でも、今日も、午前中で仕事は終わらせないと)


 とりあえず、朝食を作り始めるアンジェラだったが、ふと、昨晩のことを思い出して、ぴたりとその手を止める。


(今頃、読んでるのかな)


 夜のだんな様から、昼のだんな様への手紙。その内容は知らないが、うまくお互いにコミュニケーションが取れれば、問題ないのだけど。

 アンジェラは、すぐさま手を動かし、朝食の支度を終えた。だが、まだウィルが降りてくる気配はない。


(ついでだから、昼食と午後のお茶の焼き菓子でも―――)


 作ろうか、と考えたとき、トントンと階段を下りてくる足音が聞こえた。慌てて朝食をテーブルに並べ始めるアンジェラだったが、ドアの開く音に、そちらに顔を向けた。


「おはようございます、だんな、さ、ま」

「はい、おはようございます」


 アンジェラは動揺を必死で押し隠した。なんというか、朝から、見るからに不機嫌なウィルを見て、思わず逃げ出したくなってしまった。


「あの、だんな様、顔色が悪いように見えますが」

「問題ありません」


 心配も、あっさりと切り捨てられてしまった。

 バクバクと鳴る心臓を、なんとか押さえながら、アンジェラはテキパキと朝食を並べる。定位置に腰掛けたウィルは、何を考えているのか、じっと虚空を見つめていた。


「ところで、アンジェラ」

「はい、だんな様」


 バクン、と心臓が跳ね上がった。


「昨晩、夜の私と何か話しませんでした? そう、例えば、花祭のこととか」

「……はい、夜のだんな様は、町の人に会ってみたい、という話をしていらっしゃいましたが」


 手紙については、一切知らぬ存ぜぬを通そうと、アンジェラは微妙に的外れな答えを返した。


「そうですか、会ってみたい、と言ってましたか」

「はい。……あの、何かあったのでしょうか?」

「……いいえ、特に、大したことではありません」


 どうやら、手紙について自分に話すつもりはないらしいと、アンジェラはちいさく肩を落とした。


「ところで、町の人に会ってみたい、と言ったのは昨日が初めてですか?」


 アンジェラはナイフとフォークを座っているウィルの前に置いた。


「……えーと、いつでしたか、夜中に城を出て町へ行こうとしたことがあると、話してくださった時がありました」


アンジェラの言葉に、ウィルは苦々しい顔を浮かべると「そうですか」と呟いた。


「それでは、いただきますね」


 まだ剣呑なオーラを放ちながら、ウィルはナイフとフォークを手に取った。



.。:*·˚+.。:*·˚+.。:*·˚+.



「イザベラ、本当に無理かもしれません」


 休憩をとりながら、アンジェラは小さく謝った。


「えー? でも、まだあと何日かあるじゃない。なんとか考えようよ。だって、せっかくアンジェラもトチらずにステップ踏めるようになったんだし」


 ちらり、とアンジェラの見る先では、エリックとフィリップがお互い何か言い合いながら、複雑なステップに挑戦していた。カタリナは、妹のジーナに、アンジェラと同じ基本のステップを教えこんでいる。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ほら、最後まで諦めないの! あたしだって、アンジェラには参加して欲しいんだから、ねぇトム?」


 と、それまで二人の後ろに座っていた栗色の髪の少年が、びくっとした。


「う、うん。せっかく上手になって来てるから、やっぱり、参加した方がいいと、思うよ」

「ほらね。これで途中退場なんてされたら、何のために練習してきたのか分からないじゃない」


 イザベラは、そうでしょ? とアンジェラに微笑みかけた。


「でも、何度、お話してみても―――」

「違う違う。……いい? アンジェラ、正攻法でダメなら、からめ手で勝負よ!」


 イザベラが青みがかったグレーの瞳を、きらり、と輝かせた。

 それは、昨晩すでに試してみた、とはアンジェラは答えなかった。今朝のウィルの機嫌をみれば、それが失敗したことぐらい分かる。


「絡め手、ですか?」


 アンジェラは、イザベラに尋ね返した。夜のウィルの口から花祭に参加したいという希望を聞いた以上、できるだけ昼のウィルを説得する方法は試してみたかった。


「そう! どうして夜のイベントに出ないなんて言えるのか、それは、ズバリ、夜のイベントに興味がないから!」

「……はぁ」

「なんで興味がないかと言えば、うちの町の美人さん達を知らないからよ! ねぇフィリップ?」


 ステップの練習をしていたフィリップは、「もちろん、美人ならいっぱいいるさ」と答えた。話の流れを聞いていたのだろうか。……聞いていなくとも、そう答えるような気もするけれど。


「つまり! いかにこの町に美人が多いのかを知ってもらえばいいのよ!」


 拳を振り上げて力説するイザベラに、遠くから見守っていたカタリナが声をかけた。


「ベラ、美人の基準は人それぞれよ。それに、男の人全員が美人好きなわけでもないわ」


 冷静な声音に、イザベラは「そうね」と少し苦い顔を浮かべた。


「それに、花祭まであと数日しかないのに、領主様に町の人を知ってもらおうなんて、無謀もいいところよ」

「分かってるわよ、カタリナ。……でも、どうにかして、領主様が参加するような理由を見つけないと」

「無理をいるのは、よくないわ。自分の利益のために、どうにかしようとすることが多いけど、それはベラの欠点ね。……美点でもあるけど」

 カタリナが淡々と告げるのを、イザベラは平然と構えて聞いていた。ケンカに発展するのではないかと、びくびくと見守るアンジェラの予測とは裏腹に、彼女は微笑みさえ浮かべていた。


「その言い分も、そろそろ慣れたわ。……そうか、簡単なことだったのね、アンジェラ」


 突然、話を振られ、アンジェラは「えぇ?」と間抜けた声を出した。


「アンジェラが誘えばいいじゃない。町の人とあんまり親しくないのは、領主様もアンジェラも同じ! だったら、アンジェラがダンスに誘えばいいのよ!」

「え、あ、あたしが、ですか?」


 呆然と自分を指差すアンジェラに、カタリナが軽く眉を上げた。


「目のつけどころがいいわね、ベラ。それは妙案だわ。あとは、アンジェラと領主様の親密度にかかっているわけね」

「でも、他の人が誘うよりは、効果はあるはずよ! ってことで、アンジェラ!」

「は、はい」

「領主様の前で恥をかかないように、猛特訓よ!」


 イザベラが、アンジェラの両手をがしっと掴んだ。


「そういうことなら、協力するわ。せっかくだから、夜の領主様も見てみたいから」


 カタリナが、そっとアンジェラの右肩に手を置いた。


「エリック! あんたも夜の領主様を見てみたいって、言ってたわよね!」


 イザベラの声に、エリックだけでなくフィリップも練習を止めて寄って来た。トムは元から近くにいるし、ジーナも仲間外れにされまいと、ポテポテとカタリナの横に行く。


「何としても、領主様を花祭に参加させるわよーっ!」


 イザベラの宣言に、アンジェラは小さくため息をついた。



.。:*·˚+.。:*·˚+.。:*·˚+.



「……というわけで、ギリギリまで行動は起こさずに、昼のだんな様が帰るそぶりを見せたら、その、あたしがダンスを申し込む、ということになってしまいました」


 アンジェラが困った顔をして話す先には、ベッドに突っ伏して肩を震わせる銀髪の青年の姿があった。太陽が地平線に沈んでしばらくのことである。


「……っ! うわ、サイコー。ほんっとに、協力体制っつーか、『強制』なんだな」

「あの、ウィルフレード様。そ、そんなにおかしいことでしょうか」

「おかしーって。その論理の運び方が特に!」


 枕をバスンバスンと叩き、ウィルはその絹のような銀髪が乱れるのも構わず、ごろごろと転がった。


「……そういうことですので、あの、事前に、その、お願いしたいことが、あるのですけれど」

「ん? なんだ?」


 笑いを堪えた変な表情で、ウィルが聞き返してくる。


「もし、よろしければ、あたしと踊ってくださいますか?」


 ウィルがきょとん、とした表情を見せた。いつの間にか笑いは消えている。


「え? だから、昼のあいつを誘うんだろ?」

「いいえ、あたしは、今、ウィルフレード様を誘っているのですけど。……あの、ダメ、でしょうか?」

 上目遣いでウィルを見るアンジェラに、ウィルは、ちょいちょい、と手招きをする。

 そっと近付いたアンジェラを、ウィルはがばっと抱き寄せた。


「ぁっ……!」


 アンジェラの悲鳴をきっちり無視して、ウィルは細いアンジェラの身体をぎゅぎゅっと抱きしめる。


「うまく、いくといいな」

「……はい」


 まるで抱き枕のように抱きしめられながら、アンジェラはこくり、と頷いた。


「結局、返事が来たんだけどよ、カークが来たときに酒盛りやってんだから、そのぐらい我慢しろって」


 それは、花祭には出さない、ということ。


「そう、ですか。……でも、あたしは、まだ諦めてませんから」


 というよりも、諦めたら、イザベラ達に申し訳なかった。彼女達は、まだ諦めてないというのに。


「諦めるのは、諦めることにしたんです。玉砕覚悟で、当日やってみますね」


 その言葉に、ウィルはアンジェラの赤茶けた金髪を、がしゃがしゃと撫でつけた。


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