2話
いきなり王都に転移された俺は、裏路地のような薄暗い所をさまよっていた。
日も傾き、徐々に薄暗くなっていく中、俺は焦燥感にさいなまれる。
俺には問題が山済みなのだ。
寝る場所もなければ、食事をとる場所もない。宿に行けば言いと思うのだが、今は人の前に出る事ができない。
なぜか? それは簡単。
そう、俺は今、お漏らしを取り入れたファッションをしていた。
こんなファッションしてたら、人の前なんて出れない。出たら最後、俺はお漏らし野朗として、一世を風靡してしまう事だろう。
だから俺は、こうして裏路地を彷徨いながら、ゴミをあさり食事を済ませ、今晩の寝場所を探していた。
同時に、俺は大通りの少し手前で釣りをしていた。それは――、
「あれぇ? 黒い妖精さんどこぉ?」
おっと、言ってるそばから釣れた。……幼女だ。
幸せそうな、呑気な顔しちゃってまぁ。フヒヒヒ。
俺はそっと、その子に近づき、話しかける。
「お嬢ちゃん。迷子かい?」
魔物の姿で。
「ヒッ!? あ、ぁ……、…………」
そんな俺の姿を見て、白目を向いて倒れてしまった。もちろん、失禁しながら。
その幼女の姿に満足した俺は、少し離れた場所から幼女を見張る。
この釣りは、まだまだ釣れるのだ。
「ちーちゃん! ちーちゃんどこぉおお!? ちーちゃん――、……ちーちゃん!? ちーちゃん、大丈夫!? ちーちゃん!」
フヒヒヒ。どうやら幼女という餌で、母親が釣れたらしい。
我が娘のあられもない姿を見て取り乱しているようだ。
その光景だけでも満足だが、俺は魔物の姿のままその母親に近づく。
そして俺は、肩をトントンと叩いた。
「何ですか! 今忙し――」
俺のほうを見て固まる母親。そして、ゆっくりゆっくりと、白目をむきながら倒れていった。
……流石に失禁はなかったが。
この釣りは二度おいしい思いを出来るものだった。やめられるはずがない!
幸いにも大通りには、幸せそうな親子連れがわんさかいる。全員とまではいかないが、見える範囲の奴は不幸に落とすと決心した。
そして、もう一回釣ろうと、大通りに視線を戻すと、一際輝いている女の子がいることに気付く。その女の子は、青みがかった綺麗な銀髪を、軽快に揺らしながら歩いていた。終始笑顔で、ステップを踏むような軽い足取りだ。見ているこちらまで、楽しい気分になってくる。
不思議な子だった。
彼女の周りは、笑顔で溢れていて、皆幸せそうだ。まるで彼女が、幸福をばら撒いているかのように。彼女も笑顔な皆を見て、より一層幸せそうに微笑んでいた。
そう、彼女はきっと今、幸せの絶頂なのだろう。
――途端、俺の中で、今まで感じた事のない欲求が這い出てくる。さっきまで釣って遊んでいた時とは比較にならないぐらいの欲求不満。
あの子を不幸のどん底のどん底に叩き落したいと。あんなに輝いている子が、不幸の不の字も知らないようなあの子が、不幸の底へと落とされたとき、どんな表情をするのだろうか。
全然想像できない。仮定の話で、彼女の絶望した顔を想像してみるが、浮かばない。浮かばないのだ。彼女が絶望の、それも不幸のどん底に落ちたときの表情など。
こんな事は初めてだ。
俺はすかさず、その子の後をつけた。
隠密道の基本技。気配抹消術で。この技を使うと、俺はそこらへんに転がっている小石程度にしか、他人に思われない。だから、この技発動中は、よっぽど勘のいいやつか、鼻の聞く奴じゃない限り、どれだけ他人に近づいてもばれない。
そして俺は、彼女にめいっぱい近づいて、後をつけた。
彼女はどんどん、どんどん人気のない方へと歩いていく。
そして、彼女の行く方向に、森が見えた。王都内なのに森があるのだ。しかも彼女は、その森の中へと入っていった。
やがて彼女は、森の中の少し開けた場所で立ち止まった。そこには、ちょっとしたお花畑があり、さまざまな花が咲いていた。きっと彼女が世話をしているのだろう。心なしか、花が喜んでいるように見えた。
仕掛けるタイミングはここだ。
早速俺は、彼女に襲い掛かろうとした。
と、その時、どこから現れたのか、魔物が突然姿を現す。花を踏みながら、彼女に迫っていった。花を踏まれて怒ったのか、彼女は杖をどこからともなく取り出し、魔物と戦闘し始めてしまう。
完全に、襲うタイミング見失う俺。虚をつかれ、少々呆然としていたが、だんだんと冷静さを取り戻していった。
そして俺は、魔物に対して沸々と怒りがこみ上げてくる。
俺の邪魔をしたばかりか、俺の獲物まで取ろうとしているその魔物に。俺が、その子を不幸にするんだ。お前はすっこんでろ!
ちょうど彼女と魔物に距離が開いた。そして、魔物は間抜けにもこちらに背を向け、無防備な状態になっている。彼女しか見えていないご様子。黒い霧を剣の形に凝固し、俺はすかさず魔物に近づいて、その無防備な背中に剣を突き刺した。そしてそのまま、振りぬき、魔物は黒い霞となって消えてしまう。
すると、魔物が消えた事により、魔物より奥にいた彼女と目が合った。
「あの、」
話しかけられ、だんだんと冷静になっていく。
そして、思い出す。自分の股間が湿っている事に。
ま、まずい。俺は脇目も振らず、一心不乱に走った。
彼女の不幸な顔を見ることは出来なかったが、しょうがない。あれだけ目立つ子ならば、また会えるだろう。
そうして俺は、適当な裏路地のゴミ箱の横で一夜を明かしましたとさ。