1話
「なにあれ、なにあれ! なんなのあれぇええぇえええぇえぇぇえええ!」
俺は今、森の中を幼い女冒険者と絶賛追いかけっこ中だ。
今日も今日とて、薬草摘みに夢中なおバカな女冒険者を脅かして、それはもう甘い甘い不幸の蜜をすすっていた。
そして、今日の獲物は一味違った。いつもは、俺の姿を見ただけで気絶から失禁という流れだったが、今回は追いかけっこまでに発展してしまったのだ。
俺は気づいてしまった。女の子を追いかけるのがこんなに楽しいことに!
今まで以上に感じる興奮。この高揚感。俺は今、空も飛べるほどに最高に心が躍っていた。
「フヒィ! どこへ行こうというのかね!」
「ひぃっ!? ま、魔物がしゃべった!? しゃべった!?」
テンションが上がりすぎて、口が勝手に動いてしまった。追いかけっこに夢中で忘れていたが、今俺は、魔物の姿だった。ま、あれで怖がってくれたようで、尚いっそう俺好みの顔になったからいっか。
……ん? もしかして彼女は、俺がしゃべるだけで怖がるのか?
「おっじょうさん♪ おっまちなっさい♪」
「いやぁああぁああああ! 来ないでぇえええぇええ!」
なんとも甘美な叫び声が前から響いた。やめてくれよ、もっと興奮しちゃうだろ。ハァハァハァ。
と、ちょっと興奮度がアップした俺だったが、ふと、冷静になって彼女を観察する。
そして俺は、彼女に驚愕した。
黒いマントを被った典型的な魔法使いの格好で、平地でも走りづらいだろうに、森の中を難なく走り抜けているのだ。しかも、右手に身の丈ほどありそうな、魔法の杖らしき物を持ちながら。まだ幼い女の子がだ。普通ならもうとっくにこけて、この追いかけっこも終わってるはず。これには驚愕せざるを得ない。
だが、驚愕してる場合ではない。そろそろ日が沈んでしまう。そうなると、彼女の顔がはっきりと見えなくなってしまう! 名残惜しいが、この追いかけっこに終止符を打った。
俺は体から黒い霧を発生させ、それを凝固。そして、前を走る彼女の足に絡ませた。
すると彼女は、なにかに躓いたかのように盛大にこけた。
「え? あっ、きゃぁ!」
なんとも可愛らしい声でこけた彼女を見て、俺は足を止めた。
そして俺は、じりじりと彼女に近寄っていく。ゆっくりゆっくり慎重に。
「いったぁ、……ひっ! く、くくくるなぁ! くるなぁあああ!」
女の子は、持っていた杖をがむしゃらに振り回す。
魔法の杖を持っているんだ。魔法の一つや二つ、俺に打ち込めばいいものを、魔法の杖を鈍器として扱っている。
恐怖で冷静な判断が出来ていないのだろう。素晴らしい表情で杖を振り回している。そんな光景を見ていたら、俺の興奮ゲージが振り切れてしまった。
「フヒ、フヒヒヒッヒヒヒイヒヒ」
「ひぃっ! ……もうやだぁ、やだぁ……」
自然と笑いがこみ上げてきた。わざとじゃなかったのだが、彼女が俺の笑い声で絶望に叩き落された顔をしていたので、よしとしよう。
そんな彼女は、もう戦う意志がなくなったのか、振り回していた杖を手放し、俯きながら泣いているようだった。
それを見た俺は、瞬時に女の子に近寄り、ゆっくり、ゆっくりと俯いている女の子の顔を覗き込んだ。ちなみに俺の顔は今、獰猛な魔物の顔でよだれがいっぱい滴ってます。
そんな俺と彼女との視線が交差した。瞬間俺は、彼女にニンマリと笑う。
――すると女の子は、声にならない悲鳴を上げて、白目を向いて気絶してしまった。
気絶した女の子から、程なくして湯気が立ち込める。俺は、その出所を見て、より一層笑みを深めた。
この芳醇な香り、美しい黄金色、全てを包むような温もり。
間違いない、彼女は失禁していた。
うっ、……ふぅ。
彼女を見て満足した俺は、彼女を森の入り口まで連れて行き、俺の住む隠れ里へと戻った。
今日は、一六年間生きた中で、生きている事を実感した日だった。
***
「お前、学校が終わってから今まで何をしていた?」
最高に甘い不幸の蜜をすすって、帰ってきた時の事だった。
いきなり親父に呼び出され、何事かと慌てて行くと、神妙な顔つきの親父が俺にそう言い放った。
親父は何故こんなことを言ったのだろうと疑問に思う。
いつも通り、親父の言い付けを守り、里周辺に迷い込んだ人を追い返して帰ってきただけなのだから。何もやましい事は――。
そうか、そうかわかったぞ。親父は、俺を褒めたいんだな。
親父は素直に俺を褒めるのが恥ずかしいのだ。だから、こんな遠回り名物言いをしてきたのか。ふっ、しょうがない付き合ってやるか。
「親父の言い付け通りに、里周辺に入ってきた人を追い返してたよ」
「ほぉ、ではどうやって追い返した?」
あれ? 今ので褒めやすくなっただろ? まだ聞くの? まったく……、とんだ恥ずかしがりやさんだぜ。いいぜ、とことん付き合ってやるよ親父。
「普通だよ普通。親父に言われたとおり、修行がてら隠密道の技を使って追い返したよ」
嘘は言っていない。というか完璧何じゃない? 親父好みの頑張っている俺を見せる事ができた。ほら、どんどん褒めるが良い。
「変化の術を使って、魔物に変化して、か?」
「うんそうだよ。というかよくわかったね、俺が使ってる術」
「おま、お前と言う奴は! こぉの大馬鹿者がぁあぁああぁあああ!」
と言って、親父は目の前の机に、力いっぱい拳を振り下ろした。ドンッ! と、重厚な音と共に粉々になる机。そして俺は、何故か壁に吹っ飛ばされていた。壁に激突した事によって、ようやく親父に殴り飛ばされたのだと気づく。
俺のパンツが大洪水となってしまったが仕方が無いだろう? こんな激怒した親父を見るのは久しぶりだ。
壁に激突した俺を見て、親父は叫んだ勢いのまま俺を攻め立てる。
「魔物がいない森で、魔物が出るのがどういう意味かわからなかったのか! 今度冒険者ギルドが調査に来ると言っているのだぞ!」
怒鳴りながら親父は、徐々に顔を近づけてきた。
凄まじい恐怖を感じ、俺のパンツの中の大洪水が勢力をどんどん増していく。
そんな俺を見て、盛大にため息を吐く親父。
「……お前は思慮に欠ける。先のことをもっとよく考えてから行動に移せ。ばかものが」
先ほどまで烈火のごとく怒っていた親父が、平静を取り戻したのか、普段と同じく長に戻った。あれだけ怒ってたけど、これは許してくれるパターン?
とりあえずここは謝って場をおさめよう。
「ごめん。もうしないよ」
「許さん。これからお前に罰を与える」
許さんのかい! というか罰って――。
聞き返そうとしたら、何故か俺の下から光があふれ出す。
「転移陣に乗って王都にいけ。明日からお前はポートラン学校に通うんだ」
「え? ちょ、ちょ! どういうこと? どういうことなんだよ親父!」
「これが罰だ」
その言葉を最後に、より一層大きくなった光に包まれる。そして、不快な浮遊感を感じ、一瞬で柔らかい地面から、固い地面に変わっていることに気づく。
光がだんだんと収まっていき、少しずつ周りの光景を確認する事ができた。
薄暗い裏路地らしき場所、遠くから聞こえる喧騒は、明らかに先ほどの場所とは異なっている。そして、建物の間から覗いている巨大な王城を見て、俺は本当に王都に飛ばされたのだと実感してしまった。
俺は、そこで重要な事を思い出した。
俺のパンツは大洪水になっていたはずだと。そこで俺は、そっと股間部分を優しく撫でた。
……案の定湿っていた股間部分を見て、俺はこれからの事を考えながら、裏路地を見て回る事にした。