またまたご冗談を(笑
その後、殿下、団長、乳兄弟という攻略対象トリオ監視の下、王宮へ連れて行かれました。
私のライフががっつり減ったのが分かります。
牢屋での会話が後を引いているのか、三人とも無駄口どころか一言も喋らないのは有り難いのですが、向けられる視線が大層痛い。
確かに5年前の私たちの別れは、筆舌しがたい程凄惨なものでした。公の場で陛下を始めとする王族・貴族、そして官吏・武官たちより浴びせられる罵詈雑言。その中には彼ら三人も居た訳で。
私にとって婚約者、その乳兄弟、婚約者である殿下の幼友達であった団長は、仲の良いと言いますか、共に過ごす時間の多い兄弟のような関係でした。
だから、彼らだけは私の無実をわかってくれると信じていました。
そんな可愛らしくも甘い考えを持ったお嬢様だったんです、私(笑)
アレギラへの移送中、前世を思い出してからはそんな甘い考えも無くなりましたけどね。
だって彼らは攻略対象なのです。王様とかその辺の貴族という名のモブより、更に強いゲーム補正がかかるのですから。
「卑劣な行為を笑顔の下で繰り返す貴様は、魔族以上の災厄でしかない」とか「腐りきったあなたの性根は死しても治らない」とか「この場で貴様に死を与えられないのが口惜しい」とか言われたのも、今となっては良い思い出です。
ふ…と視線を三人に移すと、体と表情がびくりと硬直してしまいました。
ついでにニッコリ微笑むと………ジワリと潤む三人の眼。流石に涙として流しはしませんが、それも耐えに耐えた結果のようで。昔、三人が無茶な遊びをしていたのを、キツく諫めた時の反応に似ています。この様子を見るに、ゲーム補正は解かれたと思ってよいのでしょう。
でも面倒。
王族・貴族と関わるのはもうご免!な私としては、今の状況は面倒過ぎるのだ。………さっさと用事を済ませてもらって、第2の故郷アレギラへ帰ろう、そう思っているところで王宮に着いたようです。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王宮に着いた私は、久しぶりに人の手を借りてお風呂に入りました。そして磨かれました。そして塗られました。揉まれました。着飾られました。化粧されました。髪の毛整えられました。
羞恥と言う名の地獄を見ました。ついでに私のライフの底も見えてきました。
アラサーOLにはキツい仕打ちです……………うぅ………
フラつきながら侍女に支えられ、隣室へ。そこに居るのは攻略対象者たち。3人とも着替えは済ませて居る様子。こざっぱりとしている所を見ると入浴も済みなのかもしれない。
「エリー「殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう!」」
気を抜いていると、殿下が魅惑ボイスを投下してくるので困る。さっきのように黙ってくれてると有り難いのだけど。まあ、目の前に広がるきらきらエフェクト×3に少しずつ慣れてきてはいるし、魅惑ボイスにもいつかは慣れるでしょう。
それにしても、だ。5年前には目障りな程3人の側に居たあの子の気配が全くしない。
そう、ヒロインである「さくら」という少女の気配が。
ゲーム補正が解かれた事から何かしらのエンドを迎えたのは理解出来ているが、目の前の三人とのエンドではないとすると………
「義弟か宮廷魔術師………?」
ラルフは私の腹違いの弟、ルカは魔力量の多さが売りの宮廷魔術師だ。両名漏れなく攻略対象であるのだが、悪役令嬢的に、ヒロインがルカとのハッピーエンドを迎えるのは嬉しくない事態。
それには、私の特殊効果が理由に挙がるのだが………はあ。
団長と会った時から面倒事だとは思っていたけれど、これは本気のやつではないか。
はあーーーーー。大きすぎるため息が出るのくらい許してほしい。
目眩さえ起こしそうな私の前に置かれる紅茶。取りあえず落ち着こうと一口含む。
………………おいしい。
さすが王宮。使っている茶葉が一流なら、淹れる人間も一流である。本気の面倒事も一瞬頭の中から消してくれる程の味だ。
「とても美味しいわ。ありがとう」
思わず満面の笑みをメイドさんに送ってしまった。その後に思い出しました。私が最低最悪の悪女と評されているということを。メイドさんは赤くなったり青くなったりと、挙動不審さが増してくる。悪いなーと思いつつもここで私が動けば余計に怖がらせる事間違いなし。
ちらっと元婚約者様に視線を送ると、心得たとばかりにメイドさんをさがらせてくれる。この一連の流れに笑みが零れるのは仕方のないこと。アラサーOLではない、エリーナ・カクタスが心から喜んでいるのだ。
エリーナは本当に彼らの事が大切だったんだと、改めて感じる。
遅すぎる前世の覚醒に憤りを感じた事はあったけど、むしろあの時期が適当であったように思える。前世の記憶という偏見無しに、殿下たちと出逢って育んだ家族愛にも似た情は、今でも私の心を温めてくれるのだから。
と、まあポジティブシンキングを取り戻せた所で、国王陛下へ会いに行く事が決まりました。
この死刑宣告ごとき決定に、私のライフがゼロを振り切ったのは言うまでもない。