腕を切る。
鉛筆を削る為に買ったカッターナイフ(駄洒落ではない)を無造作にパッケージから取り出すと私は何故か自然な動作で徐ろに自分の左腕に押し当てた。
あれれ?
と思う時には遅く、しゅっと真横にそれを滑らせる。
およよ?
と思うが早いかそのすぐ下に再び刃を押し当てては、先程より強い力でカッターナイフを踊らせる。
別に死にたいだの生きたいだの、そんな理論的な事(なにせ私は頭が悪い)考えていなかったのだけれど
その細身の白いカッターナイフは私の脳の電気信号を自由自在に操って筋肉に司令を送っているらしく
止めようにも止まらない、しゅっしゅっという簡素な音。
次々に溢れ出てくる血液がごぽごぽと腕を伝い皮膚を走る。
ねえねえ、私、どうしたの?
きょとんとして私は私の右手に問うた。
だけどそいつは私の声など聞かぬふりして相変わらず相方の手首を切り刻み続ける。
あーもー、痛いよ、やめてよう。
なんて泣き言をあげても喚きちらしてもどうにも奴は止まらない。
あああ、血が血が…私の手首から血が家出していく。
水溜り(いや血だまりか?)が私の膝を汚してく。
引っ越したばかりだというのにフローリングの細かな板目に赤血球やらヘモグロビンやら酸素やらが染み込んでいく。
なんで私はこんなことしているんだろうね。
右手が勝手に動くことなんてないのは百も承知さ。
私が私の意志で動かしてるんだ。
でもその理由が見つからなくてやっぱり私は困惑してしまう。(何度も云うが私は馬鹿なのだ)
状況を理解出来ないから右手のダンスも左腕の洪水も止められやしない。
昨日は友達とショッピング。
一昨日は仕事でへとへとだったけどお風呂に浸かってBe happy(これってこういう使い方するもんだっけ?)
必死に原因を探るのに全然思い当たらないよ?
なんで私はこんなことになってるんだ?
もっともっと遡ってみる。
全然見つからない宝箱の鍵。(閉めるためのね)
そんなこんなで貧血になりだしたのかふらっとしてきた頭の中で声がした。
「お前なんかと…」
ん?
「お前なんかと出会わなければよかった」
いつ言われたかもわからない言葉たちが
それを皮切りに矢継ぎ早。
死んでください。
気持ち悪い。
今までで一番最悪な人種。
最低だね。
嘘つき。
早く死んでみなよ。
お前なんて生まれなければみんな幸せだったよ。
愛されてるわけが無いだろう。
暴力は、愛情じゃないわ。
貴方は愛されていなかった。
生まれなきゃお前ももっと幸せだったろうよ。
なんで生まれたの?
なんで生きてるの?
なんで死なないの?
お前と出会いたくなかった。
ああ、だくだくと血が流れてく。
どうしてこんなにしがみついて、生きようとしていたんだろう。
誰も望んじゃいなかったのに。(ああ、私が馬鹿だからか)
見限って右手が、私の体までが死のうとしたのね。
降り積もる雪は溶けるのに、私の心に彼や彼女らの言葉は消えずにただ残って残って積もってたのね。
容量オーバーでゲームオーバー(あ、これ上手くない?)
もうダメみたい。
誰もお掃除してくれなかったから
自分じゃ気付かなかったのよ。
そんな相手もいなかったもの。
まだ大丈夫、まだ大丈夫って目を逸らし続けた結果がこれね。
せっかくの白いカッターナイフ真っ赤だわ。
私はどんなに愛されなくとも愛していたわ。
そうでもしないと真っ黒になってしまいそうだったのよ。
心のゴミに気づいてしまいそうだったのよ。(そう、気づかなかったんじゃない、気づきたくなかったのよ)
小さな言葉、一度も見逃さず私の心は拾い上げては置いといたみたい。
ガラクタに支配されたら私もガラクタになったみたい。
私の血はまだ赤い。
それだけで
幸せだわ。
きっとずっと生まれたその瞬間から他人の不幸を踏み台にしてきた私には勿体無いくらいの餞だわ。
ごめんなさいなんて言わないよ。
だってそれなりに痛かったもの、この手首。
ありがとうなんておかしいわ。
誰も感謝なんていらないでしょうから。
だから
これだけ、これだけよ。
愛しい世界
さようなら、お休みなさい。