エリナ・ソラト 2
~第二十五章~エリナ・ソラト 2
翌朝、少し早く教会へと赴く。
おじいちゃんの事を司祭様に報告する為である。
司祭様は、おじいちゃんと仲が良かったのを知っている。
幼い頃よくおじいちゃんに連れられて教会へと司祭様に会いに来たものである。
「お早うございます。」
教会の扉を潜ると、マリエラ様と司祭様が一緒にいた。他にも朝の祈りを控えた他のシスター達も大勢、教会内に集まっていた。
「お早う、シスターエリナ。」
「お早う御座います。シスターエリナ。今日も一日頑張って下さいね。」
挨拶を終えて、私は司祭様とマリエラ様におじいちゃんの事を報告した。
司祭様は後でお墓に祈りを捧げに来てくれるそうだ。
私は司祭様にお礼を言うと教会の朝の祈りを始めようとすると、突然教会の扉が開け放たれ、村の人が子供を抱えて飛び込んで来た!!
「た、助けて下さい!!子供が魔物の毒を受けちまった!!」
詳しい話を村の人に聞いてみると、子供達が草原へと遊びに出ていると何処から現れたのか突如、キラービーの集団が襲い掛かってきたらしい。
教会内に動揺が走る。
キラービーは本来、村の北にあるエルフの森に住む魔物だ。一匹二匹が草原に現れるのは時折見かけるが集団で現れるとは異常事態である。
現状を把握する為にゲオルグさんを含む数人の猟師が確認に出たらしい。
しかし今は子供達の毒を解毒する方が先である。
マリエラ様が薬の生成に奥の部屋へと赴く、がすぐに引き返してきた。
話を聞いた所、キラービーの毒を中和する為に必要な素材が無いのだそうだ。
それならば急いで、レミアムの街から、素材を届けて貰わねばと、話が出た所で現状の確認に出ていた猟師の人が戻って来た。
戻って来た猟師の人の話によれば、サリオン村とレミアムの街を結ぶ街道にもキラービー達が出没するのだそうだ。
どうすれば良いのか解らずに教会内は軽く混乱をしている。
が、そんな混乱を余所に子供達が苦しみ始めた!
「皆さん!落ち着きなさい!」
司祭様の声が教会内に響くとシスター達の視線が司祭様に集まる。
「今、私達に出来る事は、少しでも時間を稼ぐ事です。回復魔法を使える者は交代で子供達の体力を回復させ、毒の回りを遅らせるのです。」
指示を受けたシスター達は順番に回復魔法を子供達へと掛けて行く。
二人のシスターの魔力が底を尽き、私がヒールを使う番となった。
子供達の傍へと歩み寄りまずは、汗を拭き上げてあげる。
汗で体が冷えて無駄に体力を消耗しない様にする為だ。
……。もう何度ヒールを掛けただろう。
もう一度、汗を拭いてあげて、子供の胸の上に両手をかざす。
「大いなる大地の息吹を分け与えたまえ。ヒール!」
今のヒールで私の魔力も尽きてしまった…。
他のシスターと交代をする、と何時の間にか現れたユウシさんに声を掛けられた。
「エリナさん、大丈夫ですか?」
心配そうに顔を覗かれる。そんなに酷い顔をしているのでしょうか?
魔力切れだと説明をすると納得をしてくれた。
ユウシさんは子供達の心配をしていた。
薬を他の街から持って来れば…と提案してくれたが、魔物が居て無理だと説明をした。
「エリナさんが使っていた緑色の光じゃ、駄目なんですか?」
緑色の光?ヒールの事だろうか?回復魔法を知らない人を初めて見た気がする。
ユウシさんは一体どこから来たのだろう…。
私はユウシさんに解りやすく回復魔法について教えてあげます。
おや?村の入り口の方が騒がしいですね?
ユウシさんと一緒に騒ぎの有る方に行ってみる事にしました。
するとゲオルグさん数名を含む、猟師の人達が数人の男性達を抑え付けていました。
男性達は子供達の父親達です。
何でもキラービーの巣まで薬を取りに行くと言っているらしい…。危険過ぎます!
「だ、駄目だぁ!!あぶねぇ!幾らなんでも巣に行くなんて死ににいくようなもんだべ。」
ゲオルグさんが父親達に諭す。
猟師である、ゲオルグさんが危ないと言うのだから、本当に危ないのであろう。
「エリナさん、キラービーの巣には薬があるんですか?」
隣に居たユウシさんが質問をして来たので、女王蜂の薬針の話を教えてあげました。
するとユウシさんはスタスタと父親達の前に歩み出す。
「俺が取って来るよ!」
何を言っているのですか!?ユウシさん!?危険過ぎます!!
ユウシさんを追って小走りに近づく。
「ユ、ユウシさん!?本気ですか!危険なんですよ!最悪死んじゃうかも知れないのに!」
キラービーなんて、村人でも数人掛かりでやっつける魔物なのに…。
「でも、このままじゃ、子供達が持ちません。それに彼らが探しに行くよりも俺が探しに行った方が早いです!」
彼を一人危険な場所に行かせても良いのでしょうか?
反対しても、この人は意外と頑固そうだ…。ならば!!
「で、ですが…。いえ、分かりました。では、私も一緒について行きます!」
当然ユウシさんには反対されましたが、無理を言って同行を許可して貰いました。
出発が決まり、私達はすぐに草原へと赴きました。
途中、ユウシさんから盾を持っておく様に手渡されました。
心配してくれているのが、少し嬉しいです。
少し進むと大きな蜂、キラービーが現れた!ユウシさんに教えなければ!!
「ユ、ユウシさ…。」
私の声は届く前にユウシさんは、弓を構え、矢を放っていた!
キラービーは矢の一本で居ぬかれて絶命していた。
「す、すごいです!動きの速い、キラービーを一撃だなんて!」
こんな事、長年猟師をしているゲオルグさんでも無理では無いでしょうか?
「ま、まあ、これ位は…。」
魔物を一撃で屠った割にユウシさんに驕った所は見られない。謙虚な人で好感が持てる。
再びユウシさんとキラービーの探索を始める…。
「ユウシさん、あっちにもキラービーが居ます。」
今度は十匹程の群れでキラービーが飛んでいる、まだ気付かれてはいない様です。
「火が使えればキラービーを一網打尽に出来るのですけど…。」
キラービーは何故か良く燃える。松明でも持って来れば良かったと、今になって後悔していると、ユウシさんがマッチ、と言う物を取り出して火を起こして見せた!!
火は枯草玉に燃え移り、それをユウシさんが掴み、キラービー達に投げ付けると、盛大にキラービー達が燃え上がる。こ、これは!?魔法ですか!?
「ユ、ユウシさん、すごいです。火魔法が使えるんですね!」
ユウシさんは道具なのだと説明してくれました。
便利な物が在るのだと、関心してしまいました。
他にもユウシさんは魔石と言う物をバッグから取り出して見せてくれるそうです
地面に枯草を集めているユウシさんを見ていると、突然ユウシさんに抱きしめられて地面へと倒れ込みました。
直後、キラービーが立っていた場所を通り過ぎて行きます。
ユウシさんは倒れた状態のまま矢を射ると矢が炎に包まれて飛んで行きキラービーを灰へと変えてしまいました。すごい…。
けれど私はそんな事よりも…。
今、ユウシさんに抱きしめられて、それ所ではありません。
胸がドキドキと高鳴るのが分る…。
ユウシさんに聞こえてしまうのでは無いかと心配してしまう程です…。
「あ、あの。ユ、ユウシさん…。」
私が腕の中に居る事に気が付いたユウシさんが離れ謝ってくる。
私は誤魔化す様に話題を逸らす。
「す、すごいです!魔石ってこうやって使用するのですね!初めて見ました。」
そこから、ナイトビーが守る横穴を見つけるまで、私の中でドキドキを抑えるのに一杯一杯で自分がどんな会話をしたか、覚えていません…。
「エリナさん、少し離れていてください。四匹まとめて相手をします。」
「は、はい。気を付けてください。」
ユウシさんが戦闘に入るので、私は急いで近くの岩場へ身を隠す。
ユウシさんはナイトビーを華麗に退治して行く。
「あ!?危ない!!」
ナイトビーに挟み撃ちにされた!
ユウシさんは目の前の魔物に集中している!
グサリとユウシさんは背中に攻撃を受けた!!
しかし、振り向き様にナイトビーの羽を切り落とし止めを刺した。
今なら一回ぐらいならばヒールが使えそうである。
私は急いでユウシさんの元へと駆け寄ると攻撃された背中を治療する為、服を脱ぐように指示をする。
「だ、大胆ですね。」
大胆?ユウシさんに言われて自分が口走った事の意味を再認識して顔が赤くなる。
はわわ…。しまった…。はしたない女の子と思われてしまったでしょうか…?
恥かしさの余り、ゴニョゴニョと言い淀んでしまった。
「すいません。実は結構痛いんですよね。治療、お願いします。」
そう言ってユウシさんは上着を脱ぐ。
からかわれていた様だ。
私は気を取り直し治療を始める。
「は、はい。治療を始めます。少し傷口を切りますから、痛いですよ。」
一応、護身用にと持っていた短剣でナイトビーに刺された傷口を切る。
「イッ!?」
「ナイトビーは毒を持ってはいない筈、ですけど一応吸い出しておきますね…。」
吸い出す…。しまった、ユウシさんが変な事を言うから変に意識してしまって、また、胸がドキドキと高鳴り始めた…。これは、治療!治療なのよ!と自分に言い聞かせる。
ソッと背中に手を当てる…。大きな背中です…。
そっと背中の傷口に唇を当てる。
ユウシさんが変な事を言うから、変に意識してしまいます…。
「(今、私、きっと顔が真っ赤になってる!)」
ユウシさんが後ろを向いて居てくれて良かったです…。
良し!血の吸い出しはこれ位で良いでしょう。
回復魔法も時間的に一回位は、使えるハズです。
ユウシさんの傷口に手をかざしヒールを唱え治療を終えた。
その後、横穴の中から女王蜂を発見しました。
女王蜂に攻撃能力は有りませんが、キラービーを増やす危険な存在です。
ユウシさんはあっと言う間に女王蜂を屠り、薬針を取り出すと私へと手渡してくれた。
これで子供達を助ける事が出来ます。
村へと戻る途中、あれ程飛び交っていたキラービー達が姿を消しました。
これで村はキラービーに怯えて暮す必要は無くなりました。
「これも精霊様のお導きですね…。」
もしかしたら、ユウシさんはこの村を救う為に精霊様が遣わしてくれたのかも知れません。
私たちは急いで村へと戻ると、教会へと急ぎます!
教会の扉を開け放ち、中へと駆け込む。
「司教様!!エリナ・ソラト!ただいま戻りました!此方のユウシ様に薬針を取って来て頂きました!」
薬針を司教様の元へと届ける。でも…。
「エリナさん…。実は今しがた、教会のシスター達全員の魔力が切れてしまいました…。とても今から薬を生成しては、子供達の体力が持ちません…。」
そんな…。折角、ユウシさんに薬針を取って来て貰ったのに…。
このまま黙って子供達の苦しむ姿を傍観して居なければいけないなんて…。
教会内に静寂が訪れる…。
ただ、母親達が子供に縋り付き、啜り泣く声だけが響き渡る…。
そんな静寂を打ち破るかの様にユウシさんが声を上げた!
「エリナさん!回復魔法!使い方を教えてください!!俺がやります!!」
「む、無理です!!回復魔法は教会で素養の有る者が長期間修練を積まなければ使えない魔法なのです!!」
私は即座に返事を返した。
回復魔法はそんなに簡単に習得は出来ない。
他のシスター達も頷いている。
でも、司教様だけはそれに異を唱えた。
「無理では無いかもしれません!」
突然の司教様の言葉に皆の視線が司教様に集まる!
「シスター・マリエラ!例の巻物を此方へ!」
マリエラ様は大急ぎで奥の部屋へ入って行った。
すると巻物?を持って戻って来て司教様に手渡した。
話によればスクロール?と言う物らしく、驚愕にもあのスクロールを用いれば回復魔法をすぐに覚える事が出来ると言うらしい。
司教様はユウシさんの手の上にスクロールを置くとスクロールの文字が輝いたと思ったら途端に燃え尽きてしまった!
失敗?と思ったけれど、無事に成功したらしい…。ホッと胸を撫で下ろす。
ユウシさんは早速子供達の元へと駆け寄ると、両手をかざした。
「小ヒール!!」
シスター達の間で動揺が走る!私も驚いた。
何と、ユウシさんは詠唱を飛ばして回復魔法を使用したのだから!
しかし今は驚いている場合ではありません!
小ヒールを掛けられた子供達は少し楽になった様です。
が、しばらくして再び子供達は苦しみ出した!
「畜生!間に合わない!」
ユウシさんが叫ぶ。私はユウシさんの傍へと寄り添う。
「ユウシさん…。」
ユウシさんを見つめる…。私は貴方の力に成りたい…。
ユウシさんと目が合う!と、途端に何かに気が付いたのか、バッグを探り始める。
取り出したのはとても錫杖?とても綺麗だ…。吸い込まれる様な神聖さを感じる…。
「綺麗…。」
余りの美しさに思わず声が出てしまった。
回りのシスター達も同様に目を奪われている。
そんな皆を気にせずユウシさんは錫杖?を片手に再び小ヒールを唱える。
すると、先ほど以上に子供達の体力が回復しているのが分る!
もしかすると、ヒール以上の回復量では?
ユウシさんはその後、数回程小ヒールを使用した後、マリエラ様が薬の完成を告げ戻って来た。
急いでマリエラ様の元に行き、乳鉢に入った薬を人数分に分け、子供一人の元へと赴く。
「さあ、これを飲んで。」
子供の口元に薬を持って行くが飲み込んでくれない…。
飲み込むだけの力が無いのでしょう…。
すると、ユウシさんがもう一度小ヒールを子供達に掛けて回った。
もう一度、薬を飲ませる為に口元へと持って行くと今度は飲み込んでくれた。
良かった…。これで助かるハズです。
皆の間にも安堵の空気が流れます。
「ユウシさん。子供達を助けてくれて本当に有難う御座います。危うく、尊い命を失う所でした。」
ユウシさんの隣に寄りお礼を言う。
ユウシさんは照れ臭そうにたいした事はしていないと遠慮している。
と、お礼を言って回っていた親御さん達が此方にやって来て、お礼を言ってくれた。
ユウシさんに至っては手を握り締めて涙を流しながらお礼を言っていました。
「旅人さん、それでお礼の方なんだが…。」
父親の一人が切り出す。
そういえばその様な事を出発前に言われて居た事を思い出しました。
「あんな話をしておきながら実は大した貯えは無いんだ…。すまない…。かくなる上は俺を奴隷として町で売って出た金を報酬とする事で納得しては貰えないでしょうか?」
父親の一人が頭を下げる。
確かに、女王蜂の薬針を巣まで行って取って来る場合、ギルドでも高額の依頼料が必要と成るはずです…。父親の提案も仕方が無いと、言えるでしょう…。
確かに隣のレミアムの街に連れて行けば売る事は可能ですが…。
ユウシさんは黙って何か考えている。
不意にニッコリと微笑むと返事を返した。
「大丈夫です。その必要はありません。お礼ならば、司祭様より回復魔法の小ヒールを受け取っていますから十分ですよ。」
ユウシさんはキッパリと父親達に「必要ありません!」と言い放つと、教会の外へと出て行く、私も後を付いて教会の外へと出て行く。
「良かったのですか?内容は如何あれ、胸を張ってお礼を受け取るだけの事をユウシさんは行いましたよ?」
私はユウシさんに聞いてみると、答えは意外な物が返ってきた。
自分が助けたかったから助けた。とユウシさんは答えた。
「ユウシさんは優しいですね…。」
私はユウシさんの優しさに思わず微笑む。
きっと、この人は子供達の為に父親が居なくならない様に辞退してくれたのでしょう。
「あ、あの…。エ、エリナさ…。」
「ユウシ殿~!!」
突然、遠くから呼ばれユウシさんの言葉が途切れる。
声のした方向を見ると、若い男の人が手を振って走って来るのが見えます。
「ユウシ殿!探しましたよ!此処に居たのですか!?」
男の人は、どうやらユウシさんを探していた様です。
何かユウシさんとお話をしています。
「しかし、ユウシ殿がキラービーを追い払ってくれたお陰で草原を通行出来る様になったそうです。先程村の人が言っていました。早速で申し訳ありませんが、急ぎレミアムの街へと出立したいのですが?」
え!?ユウシさんがもう旅立ってしまう!?そう聞いて無意識にユウシさんの袖を掴んでしまっていた。
「分りました。すぐに準備します。」
袖を掴む私にユウシさんが気が付く…。
「あ、あの、ユウシさん…。もう、出発してしまうのですか?」
折角、知り合えたのに、もう出発ですか?私は少し悲しくなります…。
「はい。これから、レミアムの街へと出発しなければ行けません。」
「そうですか…。寂しくなります…。」
もう、会える事は無いのでしょうか…。
「また、エリナさんに会いに来ても良いですか?」
ユウシさんの一言に今までの悲しみが消える。また、ユウシさんに会える?
「はい!また逢える日を楽しみにしていますね。」
私はユウシさんと再会の約束をしてから彼を見送った。
その後、村で子供達の無事を祝うお祭りを開いたが、主役のユウシさんが何時の間にか居なくなってしまい。村の人達は大変、残念がっていた。
お礼も受け取らずに立ち去る謎の旅人…。
神々しい錫杖?を持っていた姿に人々はユウシさんの事を、後に聖者様と言っていた。
確かに聖者様の様な優しい方でした。
「また、いつか、御逢い出来ますよね。ユウシさん…。」
UPしました。
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