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ハロウィン・レルムの奇妙な二人  作者:
第一章 少女は吸血鬼の花嫁となる
8/21

 目の前を限界の速さで歩く瑠璃は、ありったけの怒りをたぎらせているようにしか見えなかった。

 怒り狂う神には関わらないのが一番なのだが、手をがっちりと掴まれている以上、それは不可能だった。

 

 慄きながらそのあとを口を引き結んでついていくと、瑠璃は急に立ち止まる。

 ……裏庭?

 そこはいろんな花々が咲き誇る裏庭だった。ハロウィンの季節の寒さが肌を刺す。


 そして、瑠璃は唐突にレインのほうを振り向いた。

「なんなのよ、あいつ!」

 いつものお嬢様然とした話し方が完全に取れていた。

「何なの!? 何なのよ!? この世界なんなの!?」

 どう表現していいのかわからないらしく、少女はきっとレインを睨み付けた。


「何なのよ、あいつも、あんたたちも!あんなのに怯えてたわけ!? 信じらんないわ、それでも王!?そんな腑抜けで民を守れるわけないじゃない!」

 的確に急所を突きながら瑠璃は叫ぶ。

「挙句に私以外は何にもしなくて、ただ見てるだけなの!?そんなんだから弱い人たちが泣くはめになるのよ!」


 あまりの激昂ぶりにレインは絶句した。

 こんなに饒舌に、的確に、滑らかに、怒る子だったのだろうか。

 ただの八つ当たりだということは瑠璃もよく分かっていたはずだった。それでも瑠璃は叫ばずにはいられなかった。


「私がどれだけ、どれだけ苦労したと思ってんのっ!」

 瞬間、少女の目から涙が零れ落ちた。

 胸の想いをすべて吐き出し、瑠璃はその場にうずくまるように座り込んだ。

「すー、すー……」


 歯の間から息を吐き出して、瑠璃は泣くまいと目をごしごしこすり始める。

 気づけば、体が勝手に動いていた。

 か細い少女の体を包み込むように抱きしめる。


「……怖かったんだな」

 確認するようにぽつりと漏らせば、自分の頭のすぐ横にある顔から悲鳴のような言葉が飛び出した。

「当たり前じゃない!怖かったわよ!私があの状況でも怖がらない心臓の持ち主だとでも思ってんの!?ふざけるんじゃ……」

「悪い」


 瑠璃の声を遮って、レインは細い肩を一層強く抱きしめた。

 刹那、少女の息が止まったかのように静かになり、彼女からふっと力が抜ける。

「悪かった」

 もう一度言うと、もういいわよ、とかぼそい声が聞こえた。


「……取り乱して悪かったわ。あんな奴を恐れてたのはやっぱりどうかと思うけど、それでもこうやって助かったんだしね」

「百パーセントお前のおかげだから、謝ることはない。むしろこっちが謝るべきだし、お前には怒る権利がある」

「まあ、そういうならこれ以上は謝らないけど……ていうか冷静になって考えたら私結構ひどいことしたんじゃないの?パーティーに出てたし着飾ってたってことは、あんな奴でも貴族だったってことでしょ?あんな奴でも」

「二回も言わなくても十分に伝わってるから大丈夫だ」


 きっぱりと告げると、彼女はそう、とだけ呟いた。

「ていうかそろそろ離してくれない?あなたの力尋常じゃないわ。苦しい」

「ああ、すまん」

 平坦な声で言われたので特に気にもせずに、むしろ『照れ隠しか?』ぐらいに思って離れたレインだったが、ドレスが皺くちゃになっているのを見てすっと青ざめる。


「お、おい、大丈夫か?なんかすごい皺になってるぞ」

「貴方がやったんでしょうよ。結構痛かったわ」

 そう言う瑠璃のドレスは肩の部分が少しはだけてしまっていて、白い肩からは青いような赤いような痕が見えてしまっていた。


「す、すまん!」

 言いながら駆け寄って肩を覗こうとする。

 しかしその瞬間、ぎょっとした顔で瑠璃はレインを突き飛ばした。

「な、何するのよ」

 泣いた余韻が残っていたのかその声に迫力はなかったが、瑠璃が心底驚いているらしいことには気づいたので、肩を指さした。


「いや、俺が強く掴んだせいで痣になってるっぽいから。その肩」

 その言葉に彼女はハッとしたようにドレスを直し、大丈夫よ、と毅然きぜんとした態度で言った。


「そんなに痛くないからこれ以上急に近づかないで。驚くじゃない。あなたの性格は怖くないけど、その体格は普通に怖いんだから」

 喜んでいいものかどうか微妙な返答が返ってきて、レインはとりあえず「分かった」とだけ呟いた。


 

 ✡✡✡✡



 その後、目の腫れが引いたことを確認して、瑠璃はレインに呼びかけた。

「じゃ、そろそろ戻りましょうか。あ、でも、パーティーには戻らないほうがいいのかしら。あそこまでやらかしたわけだし、なんだか気まずいし……」

 レインもそれに同意するように頷く。


「そうだな、とりあえずシュラストの部屋に行くか。王と王妃はパーティーでは主役ということになってはいるが、今回は例外だということで許してもらえるだろうし」

「……そんな軽い出来事だったっけ、さっきの」


 単純に言えば瑠璃はよそ者で、いくら王妃という身分とはいえ一人の貴族を蹴り倒してしまったのだから結構な一大事だと思うのだが。

 その心配そうな視線を難なく受け止めて、レインは「大丈夫だ」と笑った。


「あの女装男の名前はサルーガ・ナルシスというんだが……」

「はっ!?」

「ん?」

 急に目を見開いて驚いた瑠璃を見て、レインは首を傾げた。


「……ナルシス?それ本名?」

「ああ。そうだが?」

「な、なにそれ……すっごい似合わない!」

 言うなり、瑠璃は腹を抱えて笑い出してしまった。


 突然の豹変ぶりに困惑しながらレインがどうしたのかと尋ねると、

「ああ、ごめんなさいね。私が元いた国には『ナルシスト』っていう単語があったんだけど……」

「それならここの国にもあるが」

「あ、そうなの?じゃ由来が違うのかしら……まあとにかく、その由来にはナルシスって人が関わってるのよ」

「そうなのか?俺はこの国の『ナルシスト』の由来を知らないが……自分のことが大好きな人間のことを言うんだろう?」


 随分真剣な顔で聞いてくるのでツボりそうになったが、寸前でそれを堪える。

「ええそうよ。『ナルシス』って人が昔、水面に映った自分の顔を見て感動しちゃって、そこに顔つっこんじゃったのよ」

「それで、どうなったんだ」

「死んだわ」


 さらりと言われてぽかんとする。

「……馬鹿だな」

「でしょ?あいつはそこの馬鹿さ加減は似てたわね。本物の『ナルシス』がそこまで美形だったのかはわからないけど、あいつは自慢できるような顔じゃなかったし……」

「ああ、だから『似合わない』なのか」

「そういうこと。ああ、話の腰折っちゃったわね、ごめんなさい。続けてくれる?」

「ああ、別に気にしてないからいいが……」


 そんな由来があったなんて知らなかったと心の中で呟きながら、レインは説明を再開した。


ごめんなさい、ナルシストの由来を入れたのは思い付きです。出来心です。

……この後シュラストの部屋で衝撃的な出来事が起きたり起きなかったりします……。

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