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ハロウィン・レルムの奇妙な二人  作者:
第一章 少女は吸血鬼の花嫁となる
7/21

乱舞

 くるくるとターンをしてキュッと止まる。相手の肩に手を添えて、ステップを踏む。

 広間に響く演奏に合わせて、二人の男女が華麗にそこで舞っていた。


 ジャン!


 最後の音が響きわたるなり、一瞬の静寂がそこには訪れる。

 しかしその瞬間、割れんばかりの拍手がそこに生まれたのだった。



 ✡✡✡



「お前、なんでダンスなんて踊れるんだよ。そろそろ逆に空恐ろしいぞ、その何でもできる才能」

 ダンスで拍手喝采を浴びた二人は、指定された王と王妃の席で食事をしていた。


 フォークを持ったまま呆れた視線をレインに送る。

「何でもできるわけないでしょ。できないことはできるようになるまで裏でこっそり練習してるのよ」

「意外と地道な作業だな」

「まあね。ちなみにこのダンスは私の高校の先生が伝授してくれた秘儀よ」

「そんなに大層なものだったのか!?」


 いえ、嘘だけど。


 社交ダンスを秘儀として伝授する高校の先生っていったい何者なのよ。

 つっこみが聞きたくてついつい変な冗談を言ってしまうのが癖になりつつある瑠璃だが、そろそろ控えた方がいいのかもしれない。レインの表情がげんなりしてきている。


 しかしそういう冗談を言いたくなるのも事実なので、はっきりと本人に聞いてみると、

「何言ってんだお前。急に静かになられたら逆にこっちが怖いだろう。一貫性のないキャラはシュラストで十分だ」

 というきっぱりとした答えが返ってきた。それにつけくわえて、

「お前の冗談は冗談なのか本気なのかよく分からないんだよ。声色が一ミリも変わってないんだからな」

 と若干青ざめた顔で言われた。


 思わず笑う。

「貴方も一貫性はないわよね。喜怒哀楽が激しいし。まあ、それが美点なのかもしれないけど」

 言いながら、かちゃかちゃと音を立ててステーキを切り分ける。


 そのまま口に運ぶと、美味しい、という声が口から洩れた。

「初めて食べたけどこれ、何のお肉……って何、どうしたの」

 ふっとレインのほうを見ると、こちらを見た状態でレインは固まっていた。手が肉を半分切り込んだ状態のままでぴたりと止まっている。


「……ちょっと、どうしたのよ」

 訝しげに眉をひそめると、レインはハッとしたように目を瞬いた。

「いやお前、今俺のことを褒めたか?」

「……?ああ、美点って言ったこと?う~ん、まあ、そうね、感情を素直に外に出せるっていうのは人としてなかなかできることじゃないし……まあ、褒めたわ」

「……へえ、お前が俺のことを褒めてくれるとは」

「何よ、不満?私だってあなたを褒めることくらいあるわ」


 褒める褒めると連呼するのもだいぶ気恥ずかしくなってきたのだが、この状況はどうやって打破すればいいものなのだろうか。

 しかし一方のレインは褒められたことが意外と嬉しかったらしく、貴族特有の優雅な微笑みを浮かべていた。目が逸らせない。


「何よ、笑ったってなにも出ないわよ」

「そんなことは分かっている。ただ単純に珍しいなと思っただけだ」

 嘘つけ。

 じゃあそのだらしのない口元を絞めろ。

 心の中で精いっぱい毒づき、睨み付けるが、彼の表情は変わらない。

 なんだか調子が狂い、どうしたものかと思案していると、


「おやおやレイン、さっそく恐妻家への道まっしぐらなんだね。うんうん、いいことだ」


 道化のような微笑みとともに、一人の男がテーブルの下からぬっと顔を突き出した。


「うわっ!?」

「え、何?」

 ちょうどレインの側に顔を出したらしいその青年の姿は、瑠璃には全く見えなかった。ゆえに急に叫んだレインの声に驚く。


 ちょっと大声出さないでよ、いやだってこんなとこにいるとは思わないだろ、というやり取りの後、瑠璃はやっと青年の姿を視認した。

 とはいっても先ほどの声で大体の予想はついていたので、というかほぼ確信していたので、あまりその人の再登場に驚きはしなかった。


 いや、それよりも。

「何なんだ、その格好、格闘家と対決したみたいになってるぞ」

「激しく同意。……ていうかボタンが全部ないわよ。あら袖のボタンまで。高校の卒業式だってもう少しましだと思うわよ」

 二人の慄きの混ざった視線を浴びながら、青年ーーーーシュラストはハハハと笑った。


 しかし次の瞬間、彼から表情が抜け落ちた。

「ちょっとかくまわせて」

 そのままずるりと床に座り込む。

「え、ちょっと、どうしたの、嵐にでもあったの?」

 とりあえずありそうな仮説を立ててみる。人間世界ではもちろんありえないが、ここの世界ではありうるかもしれない。


 しかし、その返答は乾いた笑い声だった。

 飄々としたあのシュラストではなくなっている。それはもう完全に、別人だと言われても遜色ないほどに、彼の姿は心とともに一変していた。

「な、何事?」

 思わずレインのほうをふり仰ぐが、レインのほうも首を傾げていた。


「いや、こいつは無駄に貴族の女性にもてるから、ボタンを引きちぎる勢いで女性たちが殺到してくる事は幾度となくあるんだが……」

「それ、あっちゃダメでしょ」

 貴族のお嬢様がどうしてそんなに過激なのよ。


 しかしそんな瑠璃のつっこみを受け流し、レインは再び首をひねった。

「いつもなら、傷一つなく優雅にかわして帰ってくるんだが……」

 その瞬間、彼の目がはっと見開く。

 怯えの色が見て取れた。


「まさか……」

「その、まさかだよ、レイン……」

 呼応こおうするようにうつろな視線を向けたシュラストに、レインは素早く顔を向ける。


「だが、あいつが返ってくるのはあとひと月は先じゃ……」

「花嫁発見の知らせを聞いてすっ飛んできたらしいよ。まったく、迷惑な話だよね……」

 ……あいつ?

 会話の中で出てきた代名詞に疑問を覚えながら、瑠璃はシュラストとレインの会話を聞いていた。


「花嫁様はどこだどこだって興奮してたし、もうすぐここに来ると思う。……ごめん、とりあえず気を失ってもいい?あいつから逃れる手は、もうそれしか……」

「あ、ああ。よく頑張ったな、ゆっくり休め。あとは俺が何とかするから」

「うん、頼んだよ……」

 そういうと、シュラストはがっくりと首を垂れた。

 

 何この異世界冒険譚いせかいぼうけんたん的な展開。

 そこまでシリアスなお話だっけ、これ。

 目の前で繰り広げられた展開に複雑な心境を抱きながら、いつの間にかシュラストの手を握っているレインの頭に平手打ちをお見舞いした。


「何やってんのよ。気持ち悪いからやめなさい」

「何するんだお前。あのな、ことは深刻なんだぞ。一刻も早くあいつの魔の手から逃げ出さないと、俺たちは一体どうなるか……ああ考えただけでも恐ろしい。いや、だが落ち着け瑠璃。まず落ち着け。大丈夫だ。何かあったら俺が全力でお前のことを守ってやるから安心しろ。だからまず落ち着くんだ!」

「お前が落ち着け」

「ぐふっ!」


 取り乱しすぎて何を言っているのかよく分からなくなっているレインの脳天に拳を落としながら、瑠璃は内心焦りを感じていた。

 あのシュラストが精神的に病むほどの、そしてレインが身をていしてまで瑠璃をかばおうとするほどの脅威を持った『あいつ』とは、一体何者なのだろう。


 何でパーティーに出てまで生命の危機を感じなけりゃならないのよと辟易しつつ、瑠璃は頭を押さえてうずくまっている結婚相手に体を向けた。

「ちょっとレイン、『あいつ』って誰……」


 しかしその瞬間、レインが叫ぶ。

「き、来た!」

「え?」

 レインの視線を負った先にいた者は、果たして。


「あらレインちゃ~ん、久しぶりね~、やっと花嫁見つけたんだって~?もう、のんびり屋さんなんだから~」

 瑠璃の体が瞬く間に固まった。

 それには気づかず、その人物はこちらへと走ってくる。


 いや、えっと……。

 言葉を失いながら、驚異のスピードで瑠璃はその人物を分析する。


 主に白と赤で作られたフリフリのドレスを着た、普通の女性の三倍はあろうかという巨体。

 けばけばしいほどのメイクに、なぜか少し角ばった顔。

 声は裏声のようにかん高くて、瑠璃は即座に異変を感じ取った。


 これ……この人……。


 近づいてくるほどにその疑いは現実味を帯びていき、レインのみならず、瑠璃の瞳も恐怖に彩られていった。

「あら、あなたが花嫁ちゃん?可愛いわねえ~頬ずりしてもいい~?」

 ねっとりと絡みつくような声と視線に、ゾワッと瑠璃の体に鳥肌が立った。


 こいつ……。


 妙に骨ばった手足に、完全に無理矢理キーを上げているであろう気色の悪い声。決定的な判断材料として瑠璃が選んだのは、メイクで隠しきれないほどの髭剃りの跡だった。


 これは、普通の女性ではありえない。


「嘘でしょ……」

 まさか異世界に来て女装男に出会うとはつゆほども予想していなかった瑠璃なので、もういろいろとキャパオーバーだった。


 あまりの疲労感と焦燥感に、その場にへたり込む。頭ががくりと垂れた。

 糸が切れたような瑠璃の行動を見て、女装男は心配そうにその場にしゃがんだ。俯いていた瑠璃には分からなかったが、完全ながに股である。

「あら、どうしたの?もしかして、レインちゃんが怖いの?そうよねえ、そうよねえ、いきなりこんなところに連れ込まれて、怖くないはずないわよねえ。でもそれなら大丈夫よ、形だけの夫婦なんてどこの世界にもいるんだから。あ、よかったら、私が慰めてあ・げ・る・わ」


 ポン、と肩に手を置かれ、瑠璃の理性は焼き切れた。

 俯いた状態のままで、瑠璃はゆらりと立ち上がる。

 いつの間にか周りはしんと静まり返り、二人の一挙一動を見逃すまいと、貴族たちは息をのみながらその光景を見つめていた。


 しかし女装男は瑠璃のことしか見ておらず、瑠璃もまた周りを気にかける余裕など全くなかったので、貴族たちは期せずして、ありえないシーンを目の当たりにすることとなる。


「……ったわよ」

「え?どうしたの?怖いの?あ、なんなら今すぐ私の寝室に来ても……」

 背筋が凍るほどの勘違いをしながら甘ったるい声を出してきた女装男をきっと睨み付け、瑠璃は一息に叫んだ。


「あんたみたいな勘違いの変態野郎、私がいた世界には存在しなかったわよ!」


 言い終えた刹那、瑠璃はざっと女装男の横に滑るように移動し、突然の大声にひるんだそいつの後頭部めがけて、ドレスに隠れていた真っ白な足をくりだした。

 少女の足が軌跡を描いて炸裂する。


 ドゴッ!!


 およそ人の体から発せられるようなものでは決してないはずの音が女装男の後頭部から響いた。

 そのまま一言も言葉を発することなく、瑠璃の回し蹴りを綺麗に受けた女装男は無様にその場に倒れこんだ。


「はっ、はっ、はあっ……」

 怒りと侮蔑の感情をこめて、倒れ伏す女装男を睨み付けた後の瑠璃の行動は素早かった。

 怒涛の勢いでレインを立たせ、気を失っているシュラストの介抱を近くにいた(それほどシュラストに関心がなさそうな)貴族の娘に任せる。


「……行くわよ」

 押し殺したような声にレインは一も二もなくうなずき、いくらか回復したらしい精神力でもってして瑠璃についていった。

 怒りに身を任せながら瑠璃はざかざかと歩いていく。

 貴族たちはザザッと道を開けながら、恐怖と羨望せんぼうが入り混じった視線を少女に浴びせていた。



 そして二人が広間を出て行った後、貴族たちは一斉に騒ぎ出す。

「前代未聞の花嫁だ」

 と口々に呟きながら。


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