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ハロウィン・レルムの奇妙な二人  作者:
第一章 少女は吸血鬼の花嫁となる
6/21

ハロウィン

 異世界の中に異世界。

 瑠璃はそう思った。


「何、これ……?」

 今までどんな非現実的なことにも冷静に対応してきた彼女だったが、この時ばかりは絶句せざるを得なかった。


 そう、それはまさしく絶句するのにふさわしい光景だった。

 いや、それを言えば今までのことも十分絶句してもいいくらいの不可思議現象だったが、目の前の光景はその域をはるかに超えていた。


「……」


 なんと形容していいのか分からない。

 とにかく、人間らしきものは一人もいなかった。

 あるものは下半身が蛇であり、あるものは背中から無造作に翼をはやし、あるものは骸骨姿にローブを羽織っている。


「これ、どういうこと?」

 あまりの光景に口調からは怒りの感情が抜け落ちていて、レインは呆れたように溜息を一つついた。


「シュラストがうまく説明しなかったんだが、あれがこの国の奴らの姿だ。この城にいるのは全員吸血鬼だから多少なりとも人間の姿はしているが、ほかはみんな、普段からこんな感じだ。隠す必要もないしな」

 言われてみれば、そうである。

 どんな姿の貴族たちも普通に会話をしているし、そもそもここはそういう国なのだから何らおかしい姿ではない。


 そしてよく見てみれば、レインの姿も今までとは少し違っていた。

 顔はさっきよりも青白くなり、青かったはずの両の目は赤く変化していた。八重歯もどことなく長くなっているように思える。

「もしかして、ハロウィンの日って誰でもそうなるの?」


 オオカミが二本足で歩いているところを見たので、そういうことになると思った。

 今日は満月ではない。


 振り仰いだ先にいたレインは、首を縦に振った。

「そうだ。ハロウィンは俺たちにとって力が一年で最も強まる日だから、俺にも本性というものが現れる」

 怖いか?と真顔で聞かれたので、瑠璃は本気で呆れてしまった。

「何言ってるのよ、怖いわけないでしょ。ついでに言うと、ここの人たちのことも別に怖くはないわ。よく見れば、本で見たことある人たちも多いし」

「あいつらは、面白半分で人間界に行ったりするからなあ。たぶんその時に人間たちに姿を見られたりつかまったりしたんだろうね。ま、自業自得だけど」


 笑う、シュラスト。


「!?」


 その姿は、異様なものになっていた。

 一言でいうと、禍々しい。

 全身が真っ黒で、硬い鋼鉄のようなものにおおわれている。

 手足のつめはまっすぐ尖っており、触れたものすべてを切り裂きそうな形だった。


 顔だってもう誰なのかわからない。

 声でかろうじて判断できるかどうかというところにまで、彼の姿は変貌していた。

 これには瑠璃も絶句するしかなく、ぴしりと縛られたように固まってしまった。


「そんなに驚くことでもないよ。僕は悪魔だからね」

「あく、ま……?」


 悪魔ってこんな姿していたのね。

 ということは、いつもの姿は仮初めだということなのだろう。

 感心していいものなのかどうか迷っていると、後ろから嘆息交じりの声が聞こえてきた。


「お前、その姿してるとほかの悪魔と区別つかないからやめろって言ってるだろうが。何のために特化した変身術だよ」

「はいはい」

 

 シュラストは肩を(たぶん肩だろう)すくめた。その瞬間、目の前から黒い色が一切消え、元の金髪青年が現れる。

 いつもの人を食ったような笑みとともに、シュラストは頭をかいた。


「そんなにカリカリしないでほしいなあ。瑠璃様にも見てもらった方がいいかと思ったんだよ」

「ここでやるな。時と場所を考えろ。大体、前触れなしにそれ見せたらいくら瑠璃でも驚くだろうが」

 それについてはその通りなので黙っておく。


 しかし、シュラストは何故か笑みを深めた。

「そこはほら、さっきも言ったけど瑠璃様についてのじっけ……」

「それ以上言ったら本気で殺すぞ」

「……目が本気マジだね、うん、ごめん」


 すごい形相。

 一瞬鬼かと思ったくらいだった。

 あのシュラストが真顔になっているあたり、レインは意外と怒らせると怖いのかもしれない。


 ……想像がまるでつかないけど。

 初対面での行動がひどくヘタレだっただけに、なんだかぴんと来ない。

 正しくは瑠璃の現状対応能力が桁外れに高かったというだけなのだが、瑠璃は自分のことについてはまるで興味がないので、そこには気が付いていない。


「じゃあ僕はその辺ぶらぶらししてるよ。貴族の相手って疲れるから嫌いなんだよね」

「大声で言うな馬鹿」

 間髪入れずに反論しながら、レインは深いため息をついた。

「あいつの相手してると無性に疲れる」

「ご苦労様。で、これからどうするの?私、貴族への言葉遣いなんてわからないわよ。大体、パーティーになんて出たことないのに」


 腰に手を当てつつレインを眇めると、ぽんと頭に手を置かれた。


「そこら辺は心配するな。そういうのはこっちの貴族も分かってるし、何かあったら俺が何とかしてやるから」

「下手すると機嫌を損ねさせて乱闘騒ぎになるかも知れないわ」

「お前何する気なんだよ。急にスケールでかくなったな」


 おののいたように後ずさろうとするレインの手の甲をぺちっと叩いて、その目をまっすぐ睨み付けた。


「冗談に決まってるじゃない」

「いや、お前だったらやりかねない」

「失礼ね」


「談笑中ごめんなさい、お話をさせていただいてもよろしいかしら?」


 急に別人の声が織り交ざって、二人は同時にその方向を振り向いた。

 ……誰?

 いやこの世界の貴族なんて全員が初対面だから誰も何もないのだが、何しろ瑠璃は結構動揺していたのだから仕方がない。


 いつの間に近づいてきたのか、彼女と二人の距離はあと一メートルというところにまで狭まっていたのだから。

 この世界ではそういうことも普通なのかしら?

 どうやら一刻も早くこの国についての本を読む必要がありそうだ。


 それはさておき。


 なんだか微妙にそれていたらしい思考を目の前の女性に向ける。

 室内だというのになぜか大きめの帽子をかぶっている彼女はなかなかの美人で、年齢は三十代半ばぐらいだという風に見えた。


 なんだか美魔女みたいね。


 瑠璃の住んでいた人間世界での感覚で言うとそんな感じだ。

 真っ赤なドレスは女性のスタイルの良さを強調していて、同じく真っ赤な唇は色々な男性を魅了していそうな艶めかしさを帯びていた。

 もしかして、本気で魔女……?

 ありうるわねと思いつつ女性のことを見ていると、彼女はにっこりと微笑んでその美しい口を開いた。


「ご結婚おめでとうございますわ、サラマンダ王。美しく聡明な王妃様を迎えられ

て、わたくしたちも嬉しゅうございますわ」

 社交辞令のような挨拶が続き、彼女の笑顔は完全な作り物へと変化していく。


 露骨に嫌がられてるわね、私。


 予想していなかったわけではないのだが、同時になぜだろうと思う。

 この国の王は代々、人間界から連れてこられた女性と結婚するのではなかっただろうか。ならばそこに嫉妬の余地はないはずでは……?


 考え込んだ瑠璃の頭にその時、媚びるような女性の声が響く。

「わたくしまだ花嫁様のお名前を聞いておりませんの。お名前は何とおっしゃるのですか?」

 小首を傾げて尋ねる女性の視線は完全に瑠璃を素通りしていて、レインのほうしか向いていない。


 その行動に呆れ果てる。


 しかし何か言おうとした瑠璃は寸前で思いとどまり、何とか文句を飲み込んだ。

「……お初にお目にかかります、ミランダ様。ルイリーと申します」


 その時、かすかに後ろの気配が動いたのを瑠璃は感じた。

 どうやら偽名を使ったことにレインが何らかの反応を示したのだろうが、瑠璃の直観がこれが間違った判断ではないと告げていた。


「ルイリー様、ですか?あなたのいた国では名前は漢字というもので表されるのではありませんでしたか?」

「よくそこまでご存知ですね」

 淡々と返すと、ミランダの視線が一瞬宙をさまよう。


 その隙を見逃さず、瑠璃はミランダに向けて告げた。

「私はハーフなので、もともとこういう名前なのです」

 蒼い目で見据えれば、ミランダは一瞬静止したのち、にっこりと凍り付くような笑みを浮かべた。


「そうでしたの。納得しましたわ。あなたの国のことを調べたのは、この国のお妃さまになっていただくからにほかなりませんわ。何も知らないで迎えるのでは、失礼ではありませんか」

 ほほほ、と口元を手で覆い隠して笑う女性。


 しかしさっきのは理由になっていないような気がした。

 まるで、中身が詰まっているようでいて、実は中身がすっからかん、というような……。


 と、その女性は笑ったまま、何かに気付いたように瞳を瞬かせた。

「そうですわ、ルイリー様。私のこの姿、どう思われますか?」

「どう、とは……?」

 まさかこの姿を褒めろ、といっているのだろうか。いやまさか、と思いながら首を傾げると、女性は再び笑った。


「私、何の種族に見えますか?」

「おいミランダ、それは……」

「いいではないですか、死ぬわけではありませんもの」

 何か物騒な単語が聞こえてきたなと眉をひそめても、女性は相変わらずだ。レインが微妙に動揺しているが、一体何なのかよく分からない。


 とりあえず答えようという結論に達した。

 美しい容姿、室内でもかぶっている帽子ーーーーーーーー。

「魔女、ですか……?」


 ふふ、とかぶせるような笑い声。

「普通はそう見えますわよねえ……でも、そうではありませんのよ」

 そう言って、女性は帽子を脱いだ。


「!」


 反射的に、瑠璃は目を閉じた。

 その女性の髪はすべて、無数の小さな蛇たちでできていたのだ。

 石にされる?


 しかし肩にポンと手を置かれ、大丈夫だ、というレインの声が聞こえた。

 その声に従ってそうっと目を開けてみる。と、

「嫌ですわルイリー様、よく見てくださいな」

 くすくすという嫌な笑い声とともに、ミランダは自分の頭を指し示す。そこに鎮座している蛇たちはみな同様に目を閉じ、眠っていた。


「メデューサ、でしょうか」

「ええそうですわ。大変だったんですのよ、今日はみんな大興奮で、いろんなものを石にしちゃって。やっとのことで眠らせたんですの」

 じゃあなんでこの日にパーティーなんてやるんだと辟易しつつ、瑠璃は媚びたようなミランダの顔を睨み付けそうになる。どうやらさっきの仕返しのつもりらしい。何とも大人げない対応だ。


 しかし瑠璃が口を開くよりも一瞬早く、レインが前へと進み出た。

「ミランダ、花嫁をからかうのは別の機会にしていただきたい。彼女は慣れない環境に慣れようと努力してくれている。その努力をくじいたら、いくらあなたといえども容赦はしない」

 見たことのない冷気を放ちながら遠回りに脅しをかけるレインに、瑠璃は思わず拍子抜けしてしまった。


 その様子にミランダもさすがにひるんだようで、ぎこちない微笑みを浮かべて後ずさる。

「嫌ですわサラマンダ王。あまりにもかわいいので少しからかってみたくなっただけなんですのよ。気を悪くしたのなら謝りますわ。では、また今度」

 そう早口で言って、ミランダはそそくさと逃げて行ってしまった。


 逃げ足だけは速いのね。

 心の中で悪態をつきながらレインの背中を見て礼を言う。

「ありがとう、助かったわ」

 彼もこちらを振り向いて笑った。

「いや、瑠璃が無事ならそれでいい」

 さらっと、たぶん自覚しないでそんなことを言ってのけたレインに一瞬固まる。性格はどうあれ、この吸血鬼は非常に端正な顔立ちをしているので、笑顔なんて不意打ちに見せられると対応に困る。


「無事とか、別にそんな危機感持つような会話じゃなかったと思うけど」

 動揺を隠しながら反論するも、彼はこちらを睨みつけてそれを一蹴した。

「嘘つけ。お前、偽名使ってただろうが」

 そうだった。あの会話は一部始終聞かれているのだから、隠してもどうせ無駄なのだった。


「だって、なんか本名言ったら危ない気がしたんだもの。……考えすぎかしら?」

「いや、その判断は間違っていない。お前をねたむ奴は多いからな」


 それを聞き、そこなのよね、と瑠璃は自分の疑問を打ち明けた。

 顔はすでに苦々しげに歪んでいる。

「何で妬まれなきゃいけないのよ。代々この国の王って、外部から私みたいな女の人を連れてきて花嫁にするんでしょ。だったら嫉妬なんてするだけ無駄じゃない」

「いや、お前が死んだら、花嫁候補はこの国の貴族の娘たちになる」

「何よそれ」

 そういう大事なことは早めに言ってほしい。


「じゃあ私、いつ殺されてもおかしくないってことじゃない。どうするのよ」

「一ヶ月、この国の王妃として過ごせたら、それでお前は王妃確定だ。それまで守る」

「できるの?」

 目を眇めて問うと、レインは深くうなずいた。


「お前は気づいてないかもしれないが、今お前の体には分厚い結界バリアが貼ってある。悪意のある者たちは近づけない」

「え、嘘」

 思わず自分の体を見回すが、それらしきものは全然見えない。


「見えないようにしているんだ」

 さも当然というようなレインの言葉で、それが嘘ではないと知った。

「そう。なら安心ね」

 あっさり肩の力を抜いた瑠璃に、レインは瞳を瞬かせた。


「お前、それで安心なのか?」

「あんたがそこまで言うってことは、きっと大丈夫なんでしょ?言っとくけど、私を殺させたら、この国の子孫まですべて呪ってやるから覚悟しなさいよ」

 不敵に笑うと、レインの口元にも笑みが浮かんだ。


「瑠璃らしいな」

「もう私のこと知ったなんて気にならないでよね。まだ私の性格を知るには十万光年早いわよ」

「光速!?」

 スケール大きすぎだと呆れるレインの手を取って、瑠璃は笑う。音楽が、聞こえてきた。


「踊るんでしょ、行くわよ」

 踊れるのか、というレインの問いはオーケストラにかき消され、瞬く間に宙に溶けた。



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