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ハロウィン・レルムの奇妙な二人  作者:
第一章 少女は吸血鬼の花嫁となる
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舞踏会

「存在理由?」

「うん、存在理由」

 何だそれは。

 わけの分からない友人の言葉を何とか咀嚼しようとするが、無駄だった。仕方なしに聞く。

「勉強道具が存在理由ってどういうことだ?」

「僕が分かるわけないでしょ。瑠璃様にもいろいろあるってことじゃないの?」

 すっぱり一刀両断され、言い方に再びイラつきながらもレインは口を閉ざした。正論というものは面倒だ。

 二人が今いるのは瑠璃のいない応接室で、二人共使用人に髪をセットされていた。

「じゃあ、瑠璃がこの国にまつわる本を読みたいって言っているのは何故だ?」

 質問した瞬間、シュラストの目尻が呆れたように下がる。

「この国のルールを知って馴染もうとしてくれているんだよ。普通に、冷静に考えたらそれが最善の策だしね。まあ、でも、そういうことが瞬時にできる人間っていうのは少ないんだよ。つまり瑠璃様はそういうことができる稀有な存在ってことだ、もっと敬え」

 何で最終的に俺に毒舌吐いてるんだ。

 知らないうちに瑠璃の肩持ち上げすぎだ。

 ふつふつと怒りが沸いてくるが、レインがそれを口にすることはなかった。

 広い心で許したのではもちろんない。隣にいる化け物に怒りというものは通じないのだ。

 言うだけ無駄だ。

「というか、舞踏会は本当に今日でよかったのか?さすがに今日連れてこられて今日貴族たちと顔突き合わせるってのはどうなんだ」

 眉をひそめるが、シュラストはケロリと答えた。

「仕方ないでしょ、ハロウィンの日に行うってきまっちゃってるんだし。それに瑠璃様も承諾してくれたよ」

 曰く、

『私が主役っていうのは悪い気しないし、これから住む国の人たちなんだから、せめて面識はあった方がいいんじゃない?』

 だという。

 それを聞いて、レインの眉間の皺はより一層増えた。

「お前、瑠璃の世界の舞踏会とこの世界の舞踏会が違うって、話さなかったのか?」

 無言で彼は微笑む。

 美しく優しげな笑みだが、皮一枚はがせばそこにいるのは悪魔だ。

「聞かれなかったからね。まあ、瑠璃様が逃げ出さないかどうかの実験だと思ってくれればいいよ」

「人の妻を実験に使うなっ!」

「あれ、あれあれあれ?結婚式は一週間後のはずなのに、もう自分のモノ扱いだなんて、レインも隅におけないねえ」

「……」

 嵌められた。

 今更気づいても遅いのだが、レインはシュラストを思いっきり睨み付ける。

 が、それも一瞬で掻き消えた。

 こういう時には歯向かわない方が得策だということは、レインは経験から知っていた。

 無理すれば、あとでどんなしっぺ返しが来るかわかったものではない。

 言いたいことを胸の奥でかみ殺すと、同時に、二人の髪のセットが終わったようだった。

 先にすっと立ち上がって、シュラストは微笑んだ。

「じゃあそろそろ行こうか。瑠璃様も待っているだろうし」

 その言葉に、違和感を感じた。

「なあお前、いつから瑠璃のこと、瑠璃様なんて呼ぶようになったんだ?」

 俺が気絶する前までは、確か花嫁様とか呼んでいたような気がするのだが。

「ああ、瑠璃様が直々に、『堅苦しいのは嫌いだから』って言ってきたんだよ。一応レインの起きた後だったから、耳には入っていると思うけど」

「無茶言うな」

 あんな華麗にストレートをかまされて気絶したその直後にはっきり意識を保っていられたわけがないだろうが。というか保っていられたらそっちの方が化け物だ。

 そんなふうなレインの非難がましい視線を向けられてもシュラストの表情は全く崩れる気配すらない。

 逆に不気味だ。

「本当に悪魔だな」

「それは褒め言葉かな?」

 ぼそりと呟いた言葉を耳聡く拾われ、レインは苦々しげに息を吐いた。

「あ、心の葛藤終わった?じゃあ行こうよ」

 いちいち人の心を逆なですることに関しては一流の悪魔をブッ飛ばすところを脳内で思い描いて、レインは心を落ち着けた。

 まったく、この身分の差を感じさせない、オブラートを剥がしまくった言い方は何なのだろう。

 これで身分が逆だったら恐ろしいなと考えつつ、レインはシュラストと共に応接室を後にした。




「遅い!」

 開口一番、瑠璃は叫んだ。

 場所は変わって、舞踏会が行われる予定のホールの前。

 そこに仁王立ちした瑠璃は、目の前にいる二人の青年を睨み付けていた。

 二人の額には、うっすらと汗がにじんでいる。

 ……きっと、一回私の部屋に立ち寄ってからここに来たのね。

 けれど、瑠璃を探していた時間を差し引いても、二人は二十分余り遅刻していた。使用人に任せていたらこれほどの時間がかかっていたのだろうと思うと、瑠璃は自分の判断が正しかったと改めて確信した。

「お前、なんでこんなに早いんだ」

 驚愕を通り越して呆れているらしいレインに、瑠璃も呆れた視線を向けた。

「使用人に全部任せちゃうから、そんなことになるんでしょ」

 これには、さしものシュラストも苦笑いした。

 瑠璃は、銀糸で蝶が刺繍された青いドレスに真珠のネックレスをつけて、髪を三つ編みでアレンジしていた。使用人に無理を言って、すべて自分でやらせてもらったものである。

 そのドレスは瑠璃の瞳と同じ色で輝いており、白い肌にくっきりと映えていた。

「改めてみると、やっぱりお前綺麗だな」

 さらりとレインからそんなことを言われて、瑠璃の体が一瞬固まる。

 出した声は、想像以上に固かった。

「……からかってるの?」

「お前、褒め言葉ぐらいは素直に受け取っておけよ。何で嫁に世辞言う必要があるんだ」

 眉をひそめたその発言に、確かに今の態度は失礼すぎたかと思いなおす。

「そうね、悪かったわ。褒められなれてないから」

 途端に、レインの顔が怪訝そうになる。

「何だ、突然素直になって。なんだかそれはそれで調子狂うな」

 どうしろって言うのよ。

 自分も大概だが、目の前の男もあまり変わらないのだと思いだした。

「二人とも、それくらいにしておいたら?瑠璃様も、その恰好、自分でやったなんてすごいね」

「ええ、まあ、あっちの世界には使用人なんていないしね。必然的に自分のことは自分でやることになるし、髪長いからアレンジは何回もやったことあるし」

「まあ、そりゃそうだよね」

 二人の対話を聞いて、レインは眉をひそめた。

「おい、なんで俺と話す時と全然態度が違うんだ」

 瑠璃はあっさりと答える。

「だって、そもそも性格っていうか、話しやすさが違うじゃないの」

 レインは顔をゆがめた。

「お前、そんな態度の奴が話しやすいって本気で思ってるのか?俺は死んでもそんな性格になりたくないぞ」

「性格の問題じゃないわよ、話しやすさの問題。他人にあまり頓着しそうにない人って、自然と話しやすくなるものでしょ」

 それに納得したのか、レインは不思議そうにこちらを見た。

「シュラストの外見に騙されない奴ってあんまりいないんだが、お前はそういうやつらの類らしいな」

「顔ならあなたも似たり寄ったりよ」

「失礼な!」

 二人の会話に腹を抱えて笑いながら、シュラストが割り込んでくる。

「いいコンビだね、二人とも」

 目尻に涙が浮かんでいる。

 そんなに笑う話でもないような気がするけど。

 レインも同じ感想のようだが、もう慣れているのか、普通にスルーしていた。

「それはそうと、瑠璃」

「何?」

 不意に真剣そうな瞳になったので、瑠璃はレインに怪訝そうな瞳を向ける。

「お前、なんで目が蒼いんだ?」

「……」

 からかっているわけではないとその瞳から伝わってきただけに、返事に窮する。

 目を見開いて黙り込んでしまった瑠璃に、レインが言い訳するように頭をかいた。

「あー、話したくないなら話さなくてもいいけど」

「突然変異よ」

 レインの言葉を遮るように、真実が口から出ていた。

 言ってから、しまったというように顔をしかめる。ハーフだからとでも言っておけばよかった。

 しかしそんな嘘はすぐにばれるだろうと言い訳して、そのまま語る。

「生まれつき目が蒼いっていう、病気……みたいなものなの」

 厳密にいうと病気とは少し違うのだが、あまり変わらないので訂正はしなかった。

「ふうん……苦労したんだな、お前も」

「?」

 目が蒼いことからどうやって苦労話になるのかよく分からない。そう思って首を傾げると、レインはそれを正確に読み取ったようで、さらりと答えた。

「人間っていうのは、自分と違うものを嫌うだろ。自分というか、普通の奴らだが」

 正しく言えば人間すべてではなく日本人に多い傾向なのだが、おおむね当たっていたので言葉の続きを待つ。

「多数派を重んじるから、ちょっと自分たちと違うとすぐ苛める。お前たちみたいな年代は特にその傾向が強いよな。学校っていうのは世間から半ば隔離されてるようなところなんだろ?当事者全員がだまってれば広まることもないし、結構苛められたんじゃないのか」

 真剣に語られ、笑い飛ばせなくなった。

「……そうね、大抵の人はみんなそうよ。口には出さなくても『何この人』って思ってることは隠しきれてないし、露骨にからかう人も少なくないわ。でもまあ、大丈夫よ」

「慣れたらだめだぞ、そういうの」

 逃げ道を封じられ、またしても言葉に詰まる。

 次いで、なんでそんなことを言われなければならないのかという怒りがわいてきた。

 どうせ、生まれつき身分の高い人には分からないわ。

 身分が高ければ不自由しないわけでもないし、それ相応の責任が伴うことも分かっていたが、それでも怒りは収まらなかった。

 何も、知らないくせに。

 こいつは苛められたことなどないのだろう。だからそんなことが言えるのだ。そう言ってやろうと怒りに任せて口を開いたとき。

「慣れたって、いいことなんて一つもないからな」

 ぴたりと、出かけた言葉が引っ込んだ。

 それは当事者のような口ぶりだった。

 そして、何も言えない瑠璃の目の前で、レインの顔が慈しむものを見るような色に変わる。

「そういう時は助けを求めろ。幸いにしてお前の一番近い位置には俺がいるからな」

「……一番頼りないわね」

「失礼だなお前!」

 何とか軽口を聞けたが、瑠璃の頭は混乱のさなかにいた。

 自分とはまるで身分の違うレインが、自分と同じような目で、まるで自分も疎外されたことがあるかのように語った。感情移入したという線もなくはないが、なんだか違うような気がする。

 ……なんなのかしら。

 頭が理解に追いつかない。心の中でううん、とうなって考えていると、不意につかみどころのない声がした。

「そろそろ始まるみたいだよ」

 シュラストの声にいざなわれて、自然に体が扉のほうへと向く。

 扉の両側に立っていた男性が、左右の扉をそれぞれ同時に開いた。

 音もなく開いた扉の向こうから、体に染み渡るような音楽が響いていた。



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