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ハロウィン・レルムの奇妙な二人  作者:
第一章 少女は吸血鬼の花嫁となる
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ストレス発散

 瑠璃は疲れていた。

 ベッドに腰掛けながら、何度もため息をつく。膝に乗せられているのはシュラストに頼んでおいたこの国にまつわる本だ。

 ページをめくりながら文字を目で追う。記憶されていくだけで、理解はされていない。する気にもなれなかった。


 あの後、瑠璃は詳しく話を聞いた。それによると、瑠璃は丸一日眠っていたばかりか、時たま呼吸もしていなかったという。本当にぞっとしない話だ。

 この年で無呼吸症候群とか、勘弁してよね……。

 ただでさえ夢遊病で苦しんでいるというのに、全く難儀なことである。

 寝ている時すら安らぎが得られないなど、一体いつ休めばいいというのだろう。


 仕方がないので今日は一日部屋で休むことにして、ちょうどいいので本でも読もうと思っていたのだが、全く内容が頭に入ってこない。頭の引き出しには入っているからいつでも思い出せると思い、機械的にページをめくる。

 しかしそれも限界だ。


「ああもう無理!」

 イライラが募って、瑠璃は本をベッドに放り投げた。

 ストレスだ。ストレスがたまっている。

「--------発散しないと」


 数分後、瑠璃の姿はその場から忽然と消えていた。



 ✡✡✡



「おいそこ! 手え抜いてるんじゃねえ! ちんたら剣振るな! 剣がかわいそうだろうが!」

 城の広い広い裏庭で、怒号を飛ばしている青年がいた。彼の名はディード。『十月三十一日の国ハロウィン・レルム』の第一聖剣部隊隊長だ。

 彼は他人に厳しく、自分にはその十倍厳しい男だった。いつも部下たちに厳しい練習をさせ、自分はその十倍の量の練習をするというとんでもない男である。

 今日も彼の叫び声と剣のかち合う音が響く。


「ちょっといいかしら」

 と、そんな男たちの汗臭い場所に、一人の可憐な美女が現れた。


 部下たちの動きが急に止まったのを見て取り、ディードは怪訝そうな顔をしてそちらを見た。

 眉をひそめる。


 そこにいたのは、どこか妖艶な雰囲気を漂わせた美女だった。騎士が着る服の女版のような服を着ている。

 風にたなびく髪の毛は真っ黒で、花の香りがほんのりと漂う。

 ほっそりとした顔には目や鼻などのパーツがきれいに収まっている。間違いなく、万人が美しいと手を叩いて称賛するであろう美人だ。


 しかし、美人ごときでディードの性分は揺らがない。

「おい、何者だ。ここは女子供が来ていい場所ではないぞ」

 まだ十代と見えるその少女は、いくら大人の雰囲気を漂わせていても所詮彼から見れば子供ガキだった。


 しかし彼女は怒るどころか面白うに笑う。

「あら、そういう対応はここに来てから初めてだわ。本心を言われるのって好きよ」

 好きよ、という言葉に、剣士たちは文脈を無視して顔を赤くした。

 それを見てディードの額に皺が寄る。


「迷ったならだれか案内を使わす。だから練習の邪魔をするな」

 精一杯の甘い対応だった。彼に子供を、しかも女を暴力でどうにかするという趣味はさすがになかった。

 しかし彼女は首を横に振る。


「いいえ、それでは意味がないわ。私は戦いの稽古をつけてもらいに来たのよ。誰でもいいわ、私と戦わせてちょうだい」

 ざわり、と空気が一変した。

 それはそうだ。どこもかしこも細くて、弱々しそうな手足で、何ができるというのか。


 それはディードもそう思った。

「気でも狂ったか。さっさと去れ」

「いいえ、気など狂っていないわ。自分の発言に責任は持つ。どんな怪我だって厭わない。素手で戦ってくれるならだれでもいいわ。言っておくけど自殺願望とかがあるってわけじゃないからね」

 すいっと目を細めてこちらを睨み付けた少女に、ディードは一瞬考える。


 確かに少女は本気だと分かった。ならば遠慮する必要はない。

「セルドア、お前がやれ」

 近くにいた中肉中背の剣士に声をかける。彼はこの中でも一、二番目に強い剣士だった。

「よろしいのですか?」

「構わん」


 気が乗らないふうな部下に一つ頷くと、彼はしぶしぶ前へ出た。こればかりは叱れない。

「よろしくお願いします」

 美しく礼をした少女は、その場に少し足を開いて立った。


 剣士は主に剣を使って戦うので、素手ならば少し威力は収まる。しかしそれだけだ。

 手加減しろよ。

 殺すことだけはないと思うが、女と戦ったことのないセルビアは、加減を知らないはずだ。

 少女はどう出るのか……。


 全員が固唾をのんで見守る中、少女はその唇を開いた。

「私は先制攻撃というものが苦手なの。そちらから攻撃してくださると助かるわ」

 嫌味のようにも聞こえる言葉だが、少女の淡々とした物言いがその雰囲気を消していた。


 虚を突かれたように目を見開いたセルビアだったが、すぐに地を蹴った。

 鮮やかなまでの動きで少女の目の前に辿り着き、左足を軸にして回し蹴りを繰り出す。

 それは見事に少女の腕にヒットし、手加減していたとはいえ少女の体が地面に倒れる。


 蹴りを食らわせた瞬間、セルビアの顔が罪悪感に歪んだ。

 刹那、彼がふっ跳んだ。


「!?」


 少女は倒れる寸前に手をぴんと伸ばし、腕力だけで自分の体を持ち上げた。そして側転の要領で彼の肩に蹴りを繰り出したのだった。

 つまり、蹴った勢いに少女の勢いがプラスされて、セルビアは吹っ飛んだのである。


「私は言ったことへの責任は持つと言ったでしょう。罪悪感なんて感じなくてもいいわ。敵はその隙に付け入るのよ」

 逆立ちの状態からトトンっと地に足をつけると、少女はそう言い放つ。

 その言葉が引き金になったかのように、セルビアは少女に突っ込んでいった。自分にここまでできた以上、手加減する必要などないと思ったのだ。セルビアとて幾多の戦いを切り抜けてきた戦士である。相手の力量は一度攻撃を食らえばわかる。


 少女の堂に真正面から拳を突き入れる。

 少女も掌でそれを受け止めた。と思った瞬間、セルビアの姿が掻き消える。

「!」

 一瞬遅れて上を見上げると、ニヤリと笑ったセルビアは少女の真後ろに直地しようとしていた。

 後ろを振り向こうとするも、一瞬遅い。


 空中でうまく方向転換したのか、セルビアは少女の背中にこぶしをめり込ませた。

 骨が折れない程度の衝撃が彼女を襲う。少女の体が大きく反り返る。

 確かな手ごたえがセルビアに伝わった。

 どさりと少女の体が地に倒れ伏す。


 女にしては上々の戦いぶりだったなと思いながら、セルビアは少女に近づいた。

 と、少女の下半身が消えた。

 瞬間、ぐわあん、という衝撃が顔を走り抜ける。下から伝わったその衝撃に従って顔が上にぐいんと上がる。セルビアが視界の端にとらえたのは、一瞬前まで地にあったはずの少女の両の足だった。


 再び逆立ちの姿になった少女は、手首のばねを起用に使って後方へと飛び退すさる。

 顎を蹴られたセルビアは、舌を噛むような馬鹿なことはしなかったとはいえ戦闘不能に陥っていた。


 素早く彼に歩み寄った少女は、隙のない動きで彼の様子を見る。そしてすっかり気を失ったらしいと見える彼の体から距離をとると、くるりと身を翻してディードのほうを見た。

 その姿にもまるで油断は見られない。


「ごめんなさい、この方は手厚く看病してくださるようにレインに頼んでみるわ」

 凛とした声がその場に響き渡り、その美しさと強さに男たちは唖然とした。

 ディードも顔をしかめるよりほかはない。


「お前、何者だ?」

 さっき少女が出したのは現王の名だった。少女がどういう存在なのか、全くさっぱり分からない。

 その質問に、少女が応えようとした時。


「こらー!! 勝手に何やってんだお前はー!!」

 頭上から怒号が降ってきた。



 ✡✡✡



「こらー!! 勝手に何やってんだお前はー!!」

 瑠璃はその声に機嫌悪そうに上を見上げた。さっきので収まったイライラと頭痛がぶり返した。

 レインに向かって透き通った声を出す。


「やめてよね、頭が痛くなるでしょ」

「んなこと言ってんじゃねえ! お前はこの国の兵士に何やってんだって聞いてんだよ!」

「れっきとした決闘じゃない。相手方の許可もとってあるし、何か問題でも?」

「大ありだ! 倒れてんじゃねえか!」

「もう、ごちゃごちゃうるさいわね。気を失ってるだけよ、これぐらいで死ぬわけないじゃない」


 呆れた視線を向けると、レインは業を煮やしたように窓枠に足をかけた。他の部下の制止を振り切って宙に身を躍らせる。

 くるりと回りながら足首のバネを使って地面に着地すると、瑠璃の髪の毛をむんずとつかむ。

 つやのある髪が見る間にくしゃりと縮んだようになり、少女の動きがピタッと止まった。

 目を見開いて硬直している。それを驚いていると解釈したレインは無理矢理兵士たちのほうに瑠璃の顔を向けさせ、頭を下げさせた。


「すまない。俺の妻が無礼なことをした。そこの兵士は手厚く看病させてもらう。この通りだ」

 そう言って瑠璃の頭を下げさせると、ざわりと兵士たちがどよめく。

「ん? ああ、こいつが俺の妻だってのはまだ知らない奴が多いのか? じゃあ改めて言うが、こいつが俺の妻だ。傍若無人ですまない」

 ぐいぐいと瑠璃の頭を押し付けるレインは気づいていなかった。

 兵士たちのざわめきは瑠璃の正体を知ったからではないということに。


 何しろディードすら驚きに目を瞠っている。部下たちなどは真っ青だ。

「ん?どうした?」

 鈍感すぎるレインは目の前の恐怖に気付いてすらいなかった。


「へえ……そう」


 絶対零度の声が自分の手元から聞こえてきて、レインはぴたりとその場に固まった。

 視線だけを動かすと、そこには頭を下げさせられた格好のままの瑠璃がいた。その髪を容赦なく掴んでいることに、レインは今更ながらに気付く。

 が、もう遅い。


 瑠璃は一瞬で身を起こすと、ぐるんっと体を半回転させてレインの手の甲をバチッと叩いた。

「っ!」

 思わず手を放す。しかしそれで瑠璃の気が済むはずがなかった。


 何を思ったかレインの目の前に立つと、勢いよく頭を下げる。

「え?」

 その行動にレインが面食らった瞬間、瑠璃は頭を下げた状態で手をお腹の前に抱え込み、膝を曲げて地を蹴った。


 少女の体が地上数十センチの場所で一回転すると共に、足がぴいんと伸びる。

 そしてそのかかとが軌跡を描いてレインの脳天に直撃した。

「ごっ!」

 そう聞こえたような気がした瞬間、レインが地面にがくりと膝をついた。


 瑠璃は勢いをレインで殺しすぎたらしい。そのまましりもちをつく格好になり、その下にいるのは当然のごとくレインだった。

「がっ!」

 今度の攻撃でレインは完全に気を失ったらしく、目があらぬ方向を向いている。不気味だ。


「あー、やっぱり慣れてないとうまく着地できないわね。ていうかこれ大丈夫かしら? まあ不死身なんだし大丈夫よね」

 あっけらかんという風な口調で言い、瑠璃は立ち上がった。


 おののいたように兵士たちが後ずさる。が、ディードだけはその技に興味を持った。

「君、いえ、奥様……先ほどは大変な失礼をいたしました。迷惑をかけた身で図々しいとは思うのですが、その技は何というのか教えていただけないでしょうか?」

 その質問に、瑠璃はきょとんとした。


「技? これのこと? 胴回し回転蹴りよ。空手の技ね」

「なるほど、胴回し回転蹴り……カラテというのは?」

「ああ、ここにはないのね。そうよね、西洋に空手の技術はないのよね……。空手は武術の一種よ。主に素手で戦う武術ね」

「なるほど……」


 もっと聞きたかったが、現王にいつまでも倒れられているわけにもいかない。

「あの、奥様」

「ん? 何かしら」

「王は大丈夫だとは思うのですが、あとから政務に響くといけませんので、手当てをした方がよろしいと思います」

 瑠璃はハッと目を見開く。


「そうだわ……政務があるんだった。ごめんなさいここの国民の皆様」

 どこかに向かって手を合わせている瑠璃を見て、仏教など知らない兵士たちは一様に首をひねった。

 しかし瑠璃はそんなのどこ吹く風といった調子で立ち上がり、レインの頬をひっぱたいた。随分と手荒な扱いである。


 バチベチという音が七回ほど続いたあたりで、レインはうっすらと目を開けた。

「う、あ……瑠璃……? え、瑠璃!? ごめんなさいだから蹴らないでもう勘弁してくださいいい!」

 真っ赤な頬になりながら顔をかばうように腕を交差させるレインを、兵士たちはぽかんと見た。

 瑠璃はため息をつく。


「もう怒ってないわよ。これからはきちんと私の話を聞いてくれればそれでいいから。私、ストレス発散したかっただけなの。その相手に生きてる人を選んだのは確かに間違いだったわ、ごめんなさい」

 軽く頭を下げる瑠璃を、レインは茫然と見つめる。

「え、まあ、そうだな……。これからは気を付けろ……?」

「ええ、気を付けるわ」


 何が何だかといった調子のレインに殊勝そうに微笑むと、瑠璃は立ち上がってレインに手を差し伸べた。

「まだ政務が残ってるんでしょ。私も部屋に戻るわ。ほら立って」

 手を掴んでできうる限りの力で引っ張る。レインはすぐに立ち上がった。


「部屋まで送る。それぐらいなら許されるだろう?」

「ええ、まあね。あ、この人も手当てしたほうがいいと思うの」

 そう言って瑠璃が指差した先には、いまだ気を失っているセルビアの姿。

「あ、ああ、そうだな。おい、誰か、彼を医務室へ」


 その声に、我に返ったように数人の兵士たちが動き出す。

 ディードがはっとしたように叫んだ。

「奥様!」

「ん? 私?」

「はい。これからもストレスを発散なさりたいのであれば、いつでもいらっしゃってください。より一層稽古に励みますゆえ」

「え、いいの?」

「はい」

「でも……」


 瑠璃はちらりとレインを見やる。レインはため息をついた。

「分かった。君たちがいいならいいとしよう。だがくれぐれも怪我だけはするなよ。ていうかさせるなよ」

 後半は瑠璃に言った言葉である。

「分かったわ」

 その忠告に聞き分けのいい子供のようにしっかりと頷き、瑠璃はレインと連れ立って部屋へと戻っていった。


 瑠璃の伝説レジェンドがまた一つ増えた瞬間であった。


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