到着
「おい、起きろ。着いたぞ」
みょいーんと頬を引っ張られる感覚に目が覚めた。
目の前に、ヴァンパイアの顔。
バチンッ!
思わず、はたいた。
「ぐわっ!?」
どさ、と、人が地面に倒れる音。
「あら、ごめんなさい」
優雅に口に手を当てて謝る。
と、彼は一瞬で飛び起きた。
「何やってんだお前!俺はお前を起こしただけだというのに!」
「レディの顔を引っ張って起こすような男は平等に朽ち果てればいいのよ」
うふふ、と、全く笑っていない目で彼を見つめる。
「そういうのを平等というのかは大いに疑問だが、確かにそれは俺が悪かった。謝る。すまなかった」
意外に素直な口調の彼に、瑠璃はしばし瞳を瞬かせた。
「そう。分かってくれればそれでいいわ。えーっと、名前なんだっけ?」
「謝ったのにその仕打ち!?レインだ!レイン・サラマンダ!」
「それとこれとは全くもって関係ないと思うけど、まあ今のは私が悪かったわ。ごめんなさい、レイン」
「……意外と素直だな」
「お互い様でしょ?」
そういって微笑み、瑠璃は彼に手を差し出した。
「手伝ってちょうだい」
「……ああ。」
ぐい、と痛いほどに腕を引っ張られる。
一瞬の浮遊感。
次の瞬間には、少女の体はレインの胸元にすっぽりと収まっていた。
意外と引き締まった体だった。ひょろっとしていたから力の弱い方なのかと思っていたが、そこはそれ、男性相応の筋力はあるらしかった。というか、ヴァンパイアに体力求める必要はないか、と思った。
「軽いな、お前」
「『ちゃんと食えよ?』みたいな視線を向けるのやめて。食べてるわよ。太らないだけ」
全世界の女子を敵に回したセリフを吐きながら、瑠璃はレインから離れる。
そして、辺りを見渡す。
「……へえ」
その言葉に反応して、レインはこちらを見た。
「何だ、驚いたのか」
瑠璃は彼のほうを見なかった。
「よく分かったわね、そのとおりよ」
彼は目を見開いて絶句した。「……お前でも驚くのか」
「失礼ね。私にだって感情ぐらいあるわよ。好きで乏しくなったんじゃないし……というか、あれは何」
と、前方を白い指で示す。
そこには、白があった。城があった。
東京タワーに匹敵するくらいの大きな城があった。
「ああ、あれは俺の城だ」
さらりと、何でもないことのように言うレイン。
意味が理解できない。「?それってどういう……」
「お帰りなさいませ、レオン様!」
瑠璃の質問タイムは、何重もの声によって終わりを告げた。告げさせられた。
いつの間にか目の前に、何十人もの召使たちがずらーっと整列していた。右側の列にはメイド。左側の列には執事。
何これ圧巻。
というかさっきの声は寸分違わずそろっていたような気がするのだが、どう少なく見積もっても五十人はいるんじゃないだろうか、この使用人たち。
眩暈を覚えてふらつく。「おい、だいじょうぶか?」という声の持ち主をきっと睨み付けてやった。
「貴方、ここでの自分の立ち位置を、私に教えてくれなかったわよね?」
「は?どういうことだ」
ああ、頭が痛い。
「端的に言うわ」
なるべく冷たく見えるように、彼を睨み付ける。
「貴方、この地域の王だったりするわけ?」
「その通りだが?」
殴った。
「ぐあっ!?」
綺麗な右ストレートが彼の顔面に直撃した。
「レ、レイン様!?」
見事なまでのハモリが耳に響くが、そんなことは今関係ない。
「ふざけるな!!それならそうとさっさと言えこの野郎!」
いつものお嬢様口調をかなぐり捨てて丸めてダストシュートした瑠璃は、そこにいた全員を絶句させた。