魔族
「----り、----るり」
ん……んん……?
「----るり、瑠璃」
んぅ、何……? もう少しだけ……。
「瑠璃、瑠璃!」
眠い、から……やめて。
「瑠璃! 起きろ、瑠璃!」
だから、まだ眠いから、やめてって……。
「瑠璃、起きろって言ってんだろ、目え開けろ、瑠璃!」
やめ……。
「ぐーすか熟睡してんじゃねえ! 瑠璃! 豚になりたくなけりゃ起きろ!」
--------耐えきれなくなった。
「やめてって言ってんでしょうがあっ!!」
気配を感じたところに容赦のない頭突きを食らわせた。
「ぐはっ!」
ゴチッという音と共に至近距離で聞こえた悲鳴。
バタッという音が鳴り、瑠璃の意識は完全に覚醒した。
頭突きをした勢いのままで、上半身を起こす。
目の前に、自分の膝に突っ伏するような形がレインが気絶しているのを見て、瑠璃はなんだか無性にイライラした。
「私を豚にしたいならそう言ってよ。言ってくれれば八つ裂きにしてあげたのに。あ、それとも今殺る? ごめんなさ~い、アイアンメイデン持ってきて~!」
手をメガホンの形にして叫ぶと、レインは思わぬ程俊敏な動きで跳ね起きた。
「いきなり鉄の処女!? レベル高すぎだ! 死にはしねえが半日瀕死の状態で過ごす羽目になるだろうがっ!」
「それを狙ってるんでしょ。私を豚呼ばわりするってことはそういうことをされるっていう覚悟があるってことなんでしょ? 違うの?」
わざと純度百パーセントの瞳で見つめると、レインはその愛らしさに「うっ」っとひるんだ。
しかしもうさすがに慣れてきたのか、素早く自分を取り戻す。
「いや、騙されるか、そんなこと。大体お前、俺に対する尊敬の念とかないのか? おれは王で、お前よりも……」
「立場が上とか言ったらぶっ殺すわよ」
底冷えするような視線を向けて、レインが口を閉じた瞬間に畳みかける。
「あのね、生きてるものっていうのは本来平等でしょうよ。違うの? 大体、あんたの尊敬できるところを見つけられるほど、私は此処に慣れてないんだからね」
「う……まあ、そうか。いや、うん、お前とおれは夫婦だ。すまない。俺の方が上だとか、そんなことは全然なかった、悪かった」
「ええ、わたしだってあなた以上ではないわ。死ぬし、弱い。だからといってあなた以下でもない。対等よ」
「ああ、そうだな。俺とお前は同じところにいるんだよな……」
「いまさら何を言ってるのよ、当たり前でしょうよ」
そんなことを言い合っていた時。
「あの、レイン様? よもや私の存在をお忘れではないでしょうね?」
冷えた声が響いた。
レインの体がびくりと震える。
「あ、ああ、もちろんだ、キョウヤ。忘れていたわけじゃないんだがな、その……瑠璃と話していると何故か周りが見えなくなるというか、配慮ができなくなるという感じになってしまって……」
「ああはい、どうでもいいです」
え、という瑠璃の声が漏れた。
目をぱちくりと瞬かせて、彼女はいつの間にかドアのそばに立っていた青年を見つめる。最初からいたのかもしれないが、少なくとも瑠璃には全く気配を感じることはできなかった。
真っ白で皺ひとつないローブを身にまとい、煙管をその細い手に携えている。灰色のようなくすんだ緑色の髪は足首に到達するほど長く、翡翠のような色合いの瞳は退屈している猫のように細められていた。
「私はレイン様の話を聞きたいのではないのですけど、分かっていただけますよね?」
にっこりと、氷のような微笑み。
こくこくと、レインはその微笑みに一も二もなくうなずく。
刹那、瑠璃は悟った。
私、この人には勝てないわ、と。