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ハロウィン・レルムの奇妙な二人  作者:
第一章 少女は吸血鬼の花嫁となる
18/21

記憶の果て

 気づけば、瑠璃は大草原に寝転がっていた。

 光におおわれたとき何故か疾風が吹き荒れたために再び寝転がってしまったのだ。


 ひゅうううう、と吹く風に前髪を揺らしながら、瑠璃は左右を見渡してため息をついた。

 状況に対応するのは得意なので、もうそこは手慣れたものである。

 とりあえずむくりと起き上がって、一言。


「もう何でもありなのね、この世界!」


 叫び声はただむなしく宙に響くのみだった。

 仕方がないので立ち上がる。


 裾に着いた土をパッパッと払って、ぐるりと辺りを見渡す。

 首を傾げた。

「なんだか、見覚えあるわね……」

 何だっただろうか、何か、ここで何かがあったような……?


 我ながら、なんという曖昧あいまいな記憶力かしら。

 記憶力なら自慢ではなく人一倍あると思っていたのだが。

 おかしいわねと首をひねりつつ歩みだす。


 その間にもなんとか記憶を掘り起こそうと試みるが、無理だった。思い出そうとするたびに頭がずきずきと痛む。

 ……記憶喪失の人が自分から記憶を思い出そうとしないのはこういう弊害があるからなのかしら……まったく、人間のせめてもの防衛反応ってやつなの? 思い出したくないって心の中では思ってるってことなの?

 相当厄介でうざったらしいわね。


 心の中で悪態あくたいをつく。

 そういうことは此処ではない何処かでやってもらいたいわねと無理な要求をしてみる。

 この状況を改善するにはその記憶が必要だと本能が告げているのは間違いないのに、どうやら瑠璃の脳はそうしてくれないらしい。頭に手を突っ込んで思考回路をつなげたくなってきた。

 

「ああ、駄目ね。どうやら私も相当参ってるみたいだわ」

 度重たびかさなるおかしな出来事のせいで安定した精神を保つのが難しくなってきている。一刻も早く帰らないと本格的に精神を病みそうだ。


 そう考えていったん立ち止まり、目頭を押さえる。

 何度か瞬きをして、ばっと前方を睨み付けた。

 絶対帰ってやるわ。

 意地でも帰ってこの事情を説明してもらわないと、私の気が済まないわ。

 そう思いながら、瑠璃は再び歩き出した。


 

 ✡✡✡



 ほどなくして、瑠璃は前方に人がいるのを見つけた。

「え、ちょっと待って、急展開ね」

 本格的にさっきの暗闇の中での出来事が茶番になりつつある。それはいちばん認めたくないのに、と思いながらも、瑠璃はその人影に近づいていった。


 それは二人の少年少女だった。何やら言い争いをしている。


「ちょっと! 人のきょかなく血をすうなんて、あなたどんなしんけいしてるのよ、いろいろうたがうわ! おもにしこうかいろとか!」

「なにい!? そんなむぼうびなかっこうで寝てるのがわるいんだろうが! しょじょの血はぜっぴんなんだよ! あ、そういうことだからおまえの血はうまかった、ありがとう」

「なーにが『そういうことだから』、なのよ! そんなんでおれい言われてもうれしくもなんともないのよ! しょじょだなんて言っちゃってばっかじゃないの!?」

「なにい!? ばかとは何だばかとは! おれは国でいちばんの王なんだぞ!」

「王がくにでいちばんなのはあたりまえでしょ、やっぱりばかじゃないの」

「う!」


 どうやら少年のほうが押され気味だ。少女の言い方は結構ツンツンしていて、鋭利な刃物を思わせる。

 というかあの二人はどこかで見たことがあるような気がする。どこだっただろうか。


「ていうかわたしの血はほかのひとのみたいにちょっとぐらいすわれてもだいじょうぶ、なんてものじゃないのよ」

 そう言う少女の手足はやせ細っていて、服はもうボロボロだった。

 なんだ、あれは。

 あれでは、あれではまるで、十年前の--------。


 動揺のあまり、瑠璃は二人から少し離れたところで立ち往生していたのだが、二人は全く気付かない。

「ん? ひとの血にそんなくべつの仕方、あったか?」

「あるわよ、ほら」

 そう言って、少女は恥じらうことなくワンピースをばっと胸のあたりまで上げた。

 

 その行動に少年のほうが顔を赤くする。

「お、おまえ、なんてかるがるしく--------っ!?」

「っ!?」

 少年と瑠璃は、ほぼ同時に息をのんだ。


 少女のいたいけな体は、傷や痣でびっしりと埋め尽くされていたのだ。

 赤、青、紫、黄色……ところどころについている赤い線や黒っぽい塊はまだ疼いている傷とかさぶただろうか。たばこの跡もある。

 --------虐待。

 疑いようがなかった。

 少年は幼いからか、虐待そのものを知らないようだった。


「な--------」

 そう言って言葉を詰まらせると、少年はなめらかな動作で少女の手をはたいた。

 それにより、再び傷はワンピースの裏に隠れる。

 怪訝そうにする少女に向かって、少年は叫んだ。

「それならそうと、最初っから言え!」

「は?」

 わけがわからないという顔をする少女。それはそうだろう、瑠璃だってわからない。何を言っているのだろう、この少年は。


 しかしそんな二人の当惑をよそに、少年はおもむろに懐から一本の短剣を取り出した。

 少女は冷めた目でそれを見つめる。瑠璃も、知らず知らずのうちに同じような表情を浮かべていた。

 すなわち、軽蔑。

 なにをするのだろう、このひともじぶんをきるのだろうか。まあいいか、そんなひとだとはおもわなかったんだけど、ひとはみかけによらないっていうしね--------そんな、空虚な瞳。


 しかしそんな二人の(少年からすれば一人の)視線を受けても、少年は怯えたりしなかった。

 そして、少年は意外な行動をとった。

「--------っ!」

 すぱっと、自身の腕を切り裂いたのだ。

「はっ!? え、ちょ、何して!」


 これには少女も驚く。

 しかし、少年はそんなことは意に介さず、少女に自分の腕を差し出した。

「これ、のめ!」

「……は?」

「いいからのめ! だまされたとおもって!」

「はい? いやいや、わたしにそんなしゅみなんてな--------」

「ああもうくどくどとうるさい!」

「んん!?」


 少年は、傷口を無理矢理少女の口に押し付けた。

「なめろ! じゃないとずっとこのままだからな!」

 何とも傍若無人なセリフを吐く少年を睨み付けながらも、少女はしぶしぶと傷をなめた。

 その顔が一瞬できょとんとしたものに変わる。


 ……?

 何だろう、と思って見ていると、しばらくして少年が口から手を離した。

「うん、これくらいでいいだろう」

「……いまの、血? すごくあまかったけど」

「ふふん、だろうな。おれの血はとくべつだからな、にんげんにあたえると、いたみなんかはきえる」

「たしかにもうあんまりいたくないけど、ふうん、すごいんだ」

「……おい、もうちょっとなんかいいリアクションしろよ」

「いやよ、めんどくさい」

「め……!? おまえ、しんこうしんのかけらもない女だな!」

「レディにむかってしつれいね。あなたなんかしんこうしたってどうにもならないじゃないのよ。まあ、でもいちおうおれいぐらいは言っとくわ、ありがとう」

「お、おう。分かればいいのだ、分かれば」


 そんな対話を聞きながら、瑠璃は震えていた。

 これは、この出来事は……。

 少女の傷、少年の血。

 眩暈がした。


 それでも何とか踏みとどまって、瑠璃は二人に声をかけようとした。

 が、しかし。

「っ、きゃ--------」

 急に体を、濃い霧が包む。二人の姿がかすんで、見えなくなっていく。


「ちょ、待って--------」

 そんな声は風にかき消される。

 二人の声が聞こえた。


「そういえば、なまえを聞いていなかったな。おれは----だ。いいなまえだろ?」

「そう、ね、まあいいわ。わたしは----よ。おぼえておいて」

「もちろんだとも! おまえもな!」

「ええ、分かったわ」


 名前……?

 肝心のところを聞き取れないまま、瑠璃の意識は再び飛ばされていった。


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